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サニーデイ・サービス 曽我部恵一インタビュー

曽我部恵一が明かす、ストリーミングとの向き合い方 「実験を表現として捉えることが面白い」

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 2004年に自身のレーベル<ROSE RECORDS>を立ち上げるなど、精力的に新たな挑戦を続けてきた曽我部恵一。彼を中心とするバンド、サニーデイ・サービスが、Spotifyのプレイリスト上でアルバム『the CITY』を解体・再構築する新たなプロジェクト「the SEA」を展開している。同プロジェクトでは第1弾として曽我部による「FUCK YOU音頭」を、第2弾として「熱帯低気圧(betcover!! Remix)」、 「甲州街道の十二月(石田彰 Remix)」を配信しており、今後も更新は続く。2017年にはアルバム『Popcorn Ballads』をゲリラ配信し、『the CITY』も3月14日に配信限定でリリースするなど、ストリーミングに対して積極的に取り組み続けるサニーデイ・サービス。そこでリアルサウンドでは今回、『the CITY』リリース直後の曽我部にインタビューを行なった。デジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ氏が、配信限定リリースの意図やストリーミングに対する考え、音楽シーン全体に至るまでじっくり聞く。(編集部)

「『the CITY』で“自分でも良さが分からない”ものまで辿り着けた」

ーーまず、『the CITY』がApple MusicとSpotifyの配信限定リリースに至るまでの経緯を教えてください。

曽我部恵一(以下、曽我部):『the CITY』はどう出そうか事前に決めないで制作を進めてきました。最後の最後で「フィジカルなしでいいか」と決めたのがリリースまでの経緯です。配信という選択肢が存在することは、90年代、2000年代前半と比べて圧倒的に新しいことができる余地が生まれやすくなりましたね。

ーー配信限定のリリースはリスナーやファンにとって敷居が高くなるとは思われませんでした?

曽我部:どうでしょう? 『Popcorn Ballads』(2017年発売のアルバム)の時、僕たちとしてはむしろ敷居が低いと考えてApple MusicとSpotifyの配信限定でリリースしたんですね。CDの場合、「これが作品です」みたいな感じがでちゃうじゃないですか。僕たちも勝負作としての音楽はCDでも出したいし、あらゆるパッケージで出したい。逆に、ネットで流布するものはフローとして流れていくような自由が感じられます。『the CITY』も自分たちから敷居を下げてみたつもりだから、むしろ僕は質問とは逆をイメージしていました。

 でも、『Popcorn Ballads』を配信のみでリリースした時、環境的に聴けない人が沢山いることに気づかされました。やっぱり僕たちの音楽への関心が高い人たちは、CDをお店で買って聴く人もまだまだ多いんです。だから、ずっとサニーデイ・サービスを聴き続けてくれたファンの中でも、少数派にしか届かなかったという印象はありました。そう感じたにもかかわらず、今作でも「フィジカルも一緒に出そう」とは考えなかった。それは、『Popcorn Ballads』でちゃんとしたアルバムを配信限定でリリースすることを初めて経験して、面白みを感じたから。前作では分数も曲順も、「配信で聴くならこう聴くだろう」というCDの枠にはまらない作り方を初めてしたんですが、今回は曲数や曲順に関しては、配信前提ということは考えずに制作していきました。

ーー配信というアプローチに注目しだしたのは何がきっかけでしたか?

曽我部:カニエ・ウェストが『The Life of Pablo』(2016年)を配信で出して、フランク・オーシャンの『Blonde』(2016年)というアルバムが配信リリースされたのを知って、「今はこうなっているんだな」と思った時ですね。フランク・オーシャンを聴いた時、「俺の作品は売り物じゃない」というような強いアティチュードが感じられたんです。そのメッセージが「いいな!」と。それで自分もやってみたいなと思ったのがきっかけですね。

ーーでは、『Popcorn Ballads』と『the CITY』は現代の音楽ビジネスに対するアンチテーゼ的な位置付けなのですか?

曽我部:作品を通して感じてきたのは、サニーデイ・サービスにちょっと興味がある人や、パッケージにお金を払ってまで聴くことがないものの音楽が好きな人、サニーデイ・サービスを知っているけれど聴いたことがない若い人たちが、つまみ食いするように聴いてくれて、作品や僕らに興味を持ってもらう新しい聴き方が生まれつつあるということ。「音楽は売り物じゃない」というメッセージは、決してアンチ資本主義的な意味だけじゃないはずで、“CD一枚3000円”という仕組みをちょっと崩して考えてみよう、というのもあるんじゃないかな。

ーー新しい聴き方の過渡期にリスナーが立っている。

曽我部:長い間、日本は1枚3000円のCDアルバムを買って音楽を聴くということが基本だったじゃないですか。最近は、そうじゃない聴き方をしてくれる人が世の中に沢山増えてきた。それは僕たちアーティストに大きな勇気を与えてくれるんです。日本の音楽シーンのフォーマットからアーティストが一度開放されるのはとても面白い。アルバム一枚が70分じゃなくても良くなる。CDショップの売り場から開放された今だから、もっと変化が生まれるはずです。

ーー配信は新しい音楽との出会いとよくいわれますが、躊躇しがちな作品やアーティストにも踏み込みやすくなったということですね。

曽我部:この前、ルー・リードを聴こうと思ってApple Musicで検索したら『Metal Machine Music』(邦題:無限大の幻覚)がバッと出てきた。あれって、ルー・リードのファンの間では“ハードルが高い”レコードとして有名な作品。それがトップに出てきた時に、「あれは2枚組だからお金を出して買うほどじゃないけれど、ちょっとルー・リードのノイズミュージックをつまみ食いしてみるか」的な聴き方もストリーミングだからできているんだなと。音楽の聴き方に新しい可能性を僕は感じました。「音楽をフィジカルで買わなくてもいい」という選択肢が提示されることで、音楽やアーティストの捉え方にも変化が出てくるかもしれない。いろいろな可能性が、聴き方のバランスを良い方向に向かわせつつある感触を感じています。

ーーアルバム形式でリリースする価値は今後変わると思いますか?

曽我部:僕はアルバムというのは大好きなフォーマットで、そのアーティストの真価が問われる形式だと思っています。長編小説に例えるなら、読者が作家の物語にしっかり対峙することができれば、それは良い作品だと思っていて、アルバムもそれと同じなんです。だから、アルバムは無くなってほしくない。フランク・オーシャンやカニエ・ウェストを聴くと、自分が咀嚼できないであろうアーティストに向かい合いたいという気持ちが強まってくるんですね。100%は分からないけど、何か惹きつけられるものを感じたし、アーティストの人生の塊が目の前に来た感触が味わえた。そうした気分になると、「僕は生きてるな」と感じられるし、新しい音楽を作りたい気分になったり、新しいことを始めたいという思いが生まれる。そうさせるのが僕にとってのアルバムの価値。良いアルバムは年月が経っても、人が集まる凄みというか、吸引力みたいなオーラを放っているんだと思う。だから、「楽しかった」「泣けました」「感動した」みたいな感想じゃなくても全然良くて。「全く分からない」でも大丈夫なんだよ、と言いたいですね。

ーー「全くわからない」という評価を曽我部さんはどう受け止めるのですか?

曽我部:僕は、『the CITY』で“自分でも良さが分からない”ものまで辿り着けたと思っているんです。だから、『the CITY』の曲を通勤時に聴いて元気がでると言われても、正直僕にはよくわからない。でもそれが一番うれしい。「これいいでしょ、感動しますよね」と言って、作品を提示して泣いてもらうのではないやり方をやっていると思っていますから。

      

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