岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』“3時間の長尺”から伝わる意志

岩井俊二が長尺で描きたかったもの
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 3時間である。映画としては、間違いなく、長い。なぜ映画は90〜120分ぐらいの作品が多いのか、映画館の編成都合(回転率)や人間の集中力の問題など諸説あるが、具体的な理由はともかく、映画は娯楽のひとつに過ぎず、デートなり家族サービスなりといった実際の用途を考えれば、2時間以内というのは妥当なセンなのだろう。映画を観るためだけに街へ繰り出す人は少ないだろうし、買い物をしたり外食したりという時間のことも考えると、やはり長すぎる作品は選択肢から外されるリスクがあるわけだ。岩井俊二というブランドをもってしても、製作サイドは覚悟が必要な尺だろう。つまり、自分をめがけてやって来る者を求めているのが、この『リップヴァンウィンクルの花嫁』とも言えるのだ。

 長い作品ではあるが、まったく退屈はしない(と思う)。物語の展開が予想外に転がっていくため、ほぼ一定の緊張感があり、ボンヤリとしている暇はない。時折訪れる、ゆったりとしたシークエンスも、美しい映像や、自分に問いかけられているようなセリフで、飽きさせない。

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 また、この3時間が、おおむね1時間ごとに彩りを変えるということも、見続けていられる大きな理由だろう。

 最初の1時間は、2016年のリアリティ。生きづらさというとおおげさだが、日常的な些末な事象(諸事情により、結婚式を2度やった私は、結婚式の準備シーンなど、本当に「ある! ある! 」でした…)とそれに対して(恐らく誰もが)何となく感じる疑問を丁寧に拾いながら、コミュニケーション齟齬によって、脆くも破たんしていく人間関係を描く。

 中盤は、現代のファンタジー。ひょっとしたらこんなことあるかもしれない、本当にあったらいいなと思わせる素敵なモラトリアムの時間。皆川七海(黒木華)と里中真白(Cocco)が楽しそうにしている空間を永遠に覗いていたいと思わせる。

 そして最後は、普遍的な愛の話。人を想うって素敵やんということを改めて気づかせてくれる。(どうでもいいのですが、女性はどうだか知りませんが、最近、精通前に感じたあの恋心こそ、本当の愛ではないかと考えていたのですが、そう単純なことでもないなと気づかせてくれました)

 キャスティングも素晴らしくハマっている。主演の黒木華は言うに及ばず、個人的には、得体のしれない便利屋の安室行舛(あむろ ゆきます)(飄々としながら、ソコが深いのか浅いのか、善人か悪人か、結局よくわからず、でも現実は、真っ白な善人も真っ黒な悪人もいないわけで)を演じた綾野剛、AV女優のマネージャー恒吉冴子(もしかしたら、冴子自身も元AV女優でいろいろ苦労したのかなとか、演者本人の経歴もオーバーラップし、深みを感じさせられます)役の夏目ナナ、そして文字通り体当たりの演技を見せてくれる里中珠代役のりりィが素敵で。

 とはいえ、無礼を承知で言えば、綾野剛がいなければ、いや、いたとしても、かなり地味なキャスティングであることは否めないだろう。しかし、それでも、この布陣で臨んだことは、3時間の尺とともに、ある種の決意を感じざるを得ない。例えば、昨今のひとつのトレンドである「人気の少女漫画を原作に、若手俳優をキャスティングし、ターゲットを絞って、低予算で制作する」といった方程式とは、180°異なっているからだ。(むろん、どちらが正しいとか偉いとかいうわけではない)

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