>  > 『アメリカン・ドリーマー』に見る監督の才気

ハリウッド次世代の旗手が描く、『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』の底知れぬ凄み

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牛津厚信
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 僕らはJ・C・チャンダー監督という途方もない才能に対し正当な評価を下すべき重要な時期に差し掛かっている。弱冠41歳。手掛けた長編映画もまだ3本に過ぎない。しかしどうだろう。彼は一作ごとに確実に観客の心を射抜き、ハリウッド次世代の旗手としての階段をひとつ、またひとつと昇ってきた。とりわけ最新作『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』は、巨匠の風格さえ漂う重厚作に仕上がっている。

次世代の旗手、チャンダー監督の軌跡

 まずは彼の監督作を簡単に振り返っておこう。一作目の『マージン・コール』(2011年)は世界中がその波に飲み込まれた金融危機の、最初の着火点とも言うべき大手投資銀行を舞台にした緊迫感みなぎる金融ドラマ(日本では劇場公開されず、DVDスルー)。とりわけケビン・スペイシー、ザッカリー・クイント、スタンリー・トゥッチ、ポール・ベタニー、デミ・ムーア、ジェレミー・アイアンズという錚々たる顔ぶれを、新人監督のチャンダーが見事なまでに堂々と采配してみせた点は信じ難いものがあった。

 二作目ではさらに衝撃が増した。『オール・イズ・ロスト〜最後の手紙〜』(2013年)でチャンダーは前回のオールスター・キャストから一転して、たったひとりの登場人物が大海原で遭難する物語を紡いでみせた。招聘したのは映画界のレジェンド、ロバート・レッドフォード。具体的な名前のない、クレジットでもただ「Our Man」とだけ記された役どころを、セリフらしいセリフも口にすることなく、ずぶ濡れになりながら演じきっている。奇しくも『ゼロ・グラビティ』と同じ年に、混沌を生き抜こうともがく“もうひとつの”サバイバル映画が誕生したことに、ある種の時代性を感じずにいられない。

 そうやって流れは三作目の『アメリカン・ドリーマー』へと受け継がれていく。舞台は1981年、ニューヨーク。財政緊縮に伴い警察官の数が減らされ、統計学的に見ても犯罪発生率が急上昇したと言われるこの年、ひとりの移民の男アベル(演じるのは『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』のオスカー・アイザック)が生き馬の目を抜くオイル・ビジネスで攻めの一手を打とうと奔走する。だがそこに次々とトラブルが巻き起こり、アベルは敗北寸前の瀬戸際まで追い詰められていく――。

白黒つかないグレーゾーンでもがく主人公

 原題は”A Most Violent Year”。そのままの意味で受け取るといかにも血まみれの抗争に満ちた映画をイメージしがちだが、実際のところ劇中にはギャング抗争はおろか、殺し合いの場面すら出てこない。代わりに刻まれるのは一人の男の苦悩と、決断と、行動力の物語だ。アメリカン・ドリームを生み出す巨大なこの街で、彼はひと昔前の男達が繰り広げてきたような暴力的なやり方ではなく、彼が信じるクリーンな方法で事業を成功させたいと切望する。果たしてその理想を貫くことは可能なのか。そこで生じる代償とは何なのか。

 本編を見ながら思わず唸ったのは、この映画が持つ怪物性だ。チャンダーは1981年という時代が放つ“凄み”を見事なまでに解き放っている。もちろん本作は巨額を投じたスタジオ映画などではないので、時代を再現するといっても限界がある。しかしカメラのフレームで切り取られたそのワイドな空間には、当時のファッション、建築、ハイウェイ、摩天楼が生々しく息づき、さらに有象無象がひしめき合う様子、さらには少し気を緩めただけで確実に足元をすくわれる油断のならない空気感が濃厚なまでに活写されている。ひとつの舞台、ひとつの状況にとどまりがちだった過去の二作からすれば、明らかな作風の進化と言っていい。

 そしてチャンダーの書くシナリオは、登場人物が決して説明的なセリフを口にしないのが特徴的だ。そのため僕らは身体全体をアンテナのようにして感覚を研ぎ澄まし、主人公の置かれた状況や動線、またはそこに描かれていないバックグラウンドを想像しながら、物語がいまどんな流れの中にあるのか理解に努めなければならない。観客を常にスリリングな状況へと巻き込んでいくこの描き方。これこそチャンダー作品が支持を集めるひとつの要因だろう。

     
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