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SMAPが築き上げたジャニーズのセオリー メンバーの個性と活躍を振り返る

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佐藤結衣
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(C)タナカケンイチ

 突然飛び込んできた「SMAP解散か!?」の文字。まさに日本中に激震が走り、連日の続報にも注目が集まっている。ファンはもちろんのこと、多くの芸能人や著名人もSNSなどを通じて存続希望の声を上げ、さらに海外のメディアにも取り上げられているのだ。今回の騒動を通じてSMAPが、紛れも無く国民的アイドルグループであること、そしてその影響力の大きさを感じた。

 発端は、SMAPをこれほどの存在に育て上げたと言われているチーフマネージャーがジャニーズ事務所を退社したことだ。それを受けて、中居正広、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の4人も独立を決心し、木村拓哉だけが事務所を残る方向で話し合いがなされていると報じられている。育ての親であるマネージャーか、それとも生みの親である事務所か。恩義を感じる2者の間で、メンバーが揺れ動いているのではないかと予想される。

 振り返れば、SMAPの歩みはジャニーズアイドルの開拓史そのものだといっても過言ではない。アイドル全盛期に陰りが見えた1988年に結成されたSMAP。歌番組が減り、アイドルとしての活躍の場が少なくなっていく中で、CDデビューしてもなかなかヒットに恵まれない不遇の時期もあった。そんな中で、チーフマネージャーが見出したのが、バラエティ番組への進出だった。今でこそ、アイドルがコントやトークで笑わせるという場面は当たり前になったが、当時はとても斬新だったのだ。

 そして、テレビでの人気が爆発し、1994年に『Hey Hey おおきに毎度あり』で初のオリコン1位を獲得。これまでのジャニーズアイドルの概念にとらわれず、1人ひとりが個性を磨き、その経験をグループに還元していくという流れを作ったSMAP。今ではジャニーズアイドルのセオリーとなっている。

 ドラマで次々と主演を果たし、アイドルでありながら本格俳優としての道を突き進んだ木村拓哉。出演する作品がすべてヒット作となり、髪型や身につけているものが全て大流行。日本でこれほど長い期間、イケメンの代表格として君臨した人はいまだかつていないのではないだろうか。

 MCという新たな分野で存在感を増していった中居正広。いつしか大物芸能人と呼ばれる人にも一目置かれるようになり、今では日本屈指の名司会者に成長。私服がダサいなどジャニーズらしからぬ自虐キャラを使いこなし、親近感のあるヤンキー口調も視聴者との距離をグッと縮めた。

 また、それまでジャニーズには「かわいくてカッコいい」という少年的な魅力が中心だったが、ワイン通といった大人の魅力を加えることに成功したのが稲垣吾郎だ。明るくて元気なだけではなく、知的な香りのするアイドルという立ち位置を見出したのも、稲垣の功績に他ならない。

 さらに、木村と並んでベストジーニスト賞で殿堂入りするなど、キラキラのアイドル衣装だけではなくファッションへの強いこだわりを見せた草なぎ剛。全編韓国語の映画に出演するなど、語学を学び活躍の場を海外に広げるという道を見出したのも、新たな取り組みだった。

 そして、グループ結成当時11歳だった香取慎吾は、持ち前の明るさとバイタリティで次々と新しいことに挑戦していった。「慎吾ママ」から「孫悟空」や「両津勘吉」などの実写化まで、さまざまなキャラクターを演じた。また自身のアート作品を披露するなど、多方面で才能を開花させてきた。

     
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