きのこ帝国、赤い公園、tricot……女性ボーカル・バンドの“浮つかない”スタンスを考える

 さらに驚いたのはマイナーメロディのエレジーに乗せて、女の情念すら感じさせる歌を聴かせる「スカルプチャー」。そして”しあわせ”になんてなるつもりはないのに、誰かに惹かれてしまう淡い思いが、一言一言の発語の丁寧さと、きのこ帝国ならではのあのスローなタイム感でリリカルに描かれる「ハッカ」、かと思えばスタジオライブのように粗い音像の渦中に投げ込まれる「YOUTHFUL ANGER」では、突き放すように歌そのものが疾走。そしてラストの「ひとひら」。初期からの特徴であるシューゲイズサウンドの残響がこだまする中、凛とした声でひとひらの花を生命になぞらえて燃やす、灯火になると歌うこの曲は、初期から続く音楽性もすべて包括し、かつ今なお変化していくきのこ帝国のスタンダードになりそうな予感もある。

 自分が大切にしたい思いを時代やトレンドに惑わされることなく、しかし既視感とも無縁なサウンドに乗せて歌うことをソングライター、アレンジャーとしても冷静に判断してきた佐藤千亜妃。自身のボーカル・ディレクションに対しても、最も思いが伝わる温度を判断しているのだと思う。透明なのに温かく、凛としているかと思えば妖艶でもあるという、彼女の声そのものも、きのこ帝国の独自性なのだ。冒頭で触れたRADWIMPSの「胎盤」ツアーでは、いきものがかりとLOVE PSYCHEDELICOが女性ボーカル・バンドとして競演することからも、RADWIMPSがさまざまな価値観を持ったポップと化学反応を体現しようとしていることが窺える。この対バンもきのこ帝国のポピュラリティを証明する機会になったんじゃないだろうか。

 女性ボーカル・バンドならではの時代感の表現で言えば、きのこ帝国と同士的なイベント「Telepathy Overdrive」(きのこ帝国の楽曲名でもあり、当イベントのために書かれた曲でもある)で競演した赤い公園。ソングライターの津野米咲が作詞も手がけるが、それをある種、女優的に表現する佐藤千晶の表現力は、11月25日リリースの新曲「KOIKI」でも炸裂。J-POPからスクリーモ的絶叫まで、曲が求める変幻自在さを歌でけん引してきた彼女の演者としての破壊力はまだまだ進化中だ。そして、tricotもまた同イベントにも出演したが、「簡単には踊らせないビート」と対照を成す、中嶋イッキュウの浮遊感と透明感に満ちた歌も、10年代の女性ボーカルならではのバランス感覚。新曲「ポークジンジャー」では、さらに誰にも真似できそうにない独自の譜割りで驚かせてくれる。

 今回挙げた女性ボーカル、そして彼女たちがメインソングライターの、ある種“浮つかない”バンドが広いフィールドでどんな反響を起こすのか?引き続き注目したい。

■石角友香
フリーの音楽ライター、編集者。ぴあ関西版・音楽担当を経てフリーに。現在は「Skream!」「NEXUS」「EMTG music」「ナタリー」などで執筆。音楽以外にも著名人のテーマ切りインタビューの編集や取材も行う。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「音楽シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる