つんく♂が音楽家として築いてきたものーーこれまでの功績と今後への期待

プロデューサーとしてのつんく♂

 ロックバンドのメンバーがプロデューサーに転向することはよくあることだが、その多くは楽器プレイヤーであり、ボーカリストがなることはあまりない。企画性を帯びた単発プロデュースはあっても、長きに渡り多くの楽曲を世に送り出してきたことは、世界的に見ても稀有である。そしてつんく♂は、理論に長けた音楽家気質でも、楽器演奏に優れた演奏家気質でもないという異質の存在でもある。

 そんな彼は「ハロー!プロジェクトは自分の分身である」といった考え方を持っている。自分が出来ないことをメンバーに託す形であり、決して裏方ではなく、あくまで自分の音楽家としての延長にあるのが、プロデュースという手法なのだ。ロックバンド形態では表現しづらかった音楽はジャンル無双を呼び起こし、男泣きの多かった歌詞は乙女の恋愛日記さながらの作家性をも開花させた。また、つんく♂は作詞作曲といった制作面だけでなく、いちボーカリストとしてのアドバイス、教えをメンバーに伝授することにも尽力している。先に述べたような歌唱法、リズム論、それを仮歌などで自ら歌うことによって継承するというスタイルは、プロデューサーと歌手というよりも、師弟とも呼ぶべき関係性を生み出した。楽曲リリースごとに綴られるライナーノーツでのメンバー1人1人に向けられる言葉からは、親心に似た父性を感じるのではないだろうか。

つんく♂ / Mr. Moonlight~愛のビッグバンド~(2003.06 Live at SHIBUYA-AX)

 つんく♂がメンバーたちに伝えたのは、歌唱法だけではないだろう。たとえば、マイクの持ち方だ。口角に対して直角に近い角度でマイクを構え、引き寄せるように口元に持ってくる。その位置がブレないよう、柄の部分を挟むように小指で下から支える。“氷室持ち”と呼ばれた、BOØWY時代の氷室京介によって広められ、その構えたシルエットはもとより、声量よりも細かいニュアンスや声の艶をマイクに乗せる方法として、ロックボーカリストの持ち方のスタンダードになった。つんく♂はそれをさらに完全に固定化することによって、激しいステージアクションでもブレない持ち方を確立している。デビュー当時から現在に至るまで、徹底して左手でマイクを握っているのである。これはクセによるところもあるが、左手でマイクを持つ歌手は意外と少ないのだ。だが、ハロー!プロジェクトは全グループ全員の左手がマイクスタンドのように固定化されている。そして、どんな激しいダンスを踊ろうが、それがブレることはない。色んな面で、ハロー!プロジェクトには“つんく♂イズム”が投影され、今なお多くのメンバーによって継承されているのである。

 ハロプロのように多くのグループを抱え、かつリリースサイクルの早い中では、楽曲を量産するスピードも重要である。つんく♂は「数時間で1曲必ず完成させる」といった自分への目標を課しているという。限られた時間、制約の多い中で、きっちり仕上げることが出来るのがプロたる者。アマチュアほど、制作途中でボツにしてしまうことが多い傾向にあるが、本来、曲の善し悪しは聴き手が決めるものだ。何が何でも完成させるという気概と、そこに至る過程こそが自分の経験と自信に繋がるのである。今は一人で何でも出来てしまう恵まれた環境もあり、機材の発展により、「高音質=良い音楽」のような曲解も見受けられる。作曲する時間より、サウンドプロダクツやトラックダウンにこだわりすぎてしまうクリエイターの卵たちも少なくない。たしかに、現在のシーンにおいては、レコード制作会社が効率化を図り、作曲と同時にアレンジとトラックをまとめて重視する楽曲コンペが多いことも事実だ。だが、音楽を作り出すこと、作品を残す意義とは、本来そのようなものだったろうか。つんく♂のスタイルは、作曲者やプロデューサーとしての在り方を考えさせられるところでもある。

「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。皆さんと一緒です。こんな私だから出来る事。こんな私にしか出来ない事。そんな事をこれから考えながら生きていこうと思います」

 先述の祝辞でこのように述べたつんく♂は、著書『一番になる人』(2008年 サンマーク出版)では、「僕のような凡人、天才ではない人間はそのノウハウを研究し、コツコツとやっていくしかないのです」と綴っている。彼ならきっと、声を失ったことを乗り越え、別の感性を研ぎ澄ましていくのではないだろうか。

 ハロー!プロジェクトの節目や発表のときは、プロデューサーとして、必ず我々の前に登場してきたつんく♂。そこには、賛否両論が起りやすいファンの声を、たとえ否ですらも引き受けようという覚悟があったようにも思う。また、つんく♂がそうしてきたのは、ファンとの間にも信頼関係があったからこそではないか。

 「どもー、つんく♂でーす」と予告なく登場し、コンサート会場が戦々恐々とした雰囲気に包まれる。そんな光景もまた、ハロー!プロジェクトの醍醐味であり、名プロデューサーならではの粋な演出だ。この先も新たな“つんく♂イズム”で、我々をさらに驚かせ続けてくれることを期待したい。

つんく♂ / なんでやねん心配せんでもええ(Acoustic Version 2003.06 Live at SHIBUYA-AX)

■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログtwitter

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