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活動歴30年の現役ミュージシャンがレポート

音楽シーンとタトゥー文化はどう関わってきたか 専門家に聞いてみた

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 現在、海外はもちろん、日本でもタトゥーを入れているミュージシャンは少なくない。彼らの影響もあり、ファッションの一部として気軽にタトゥーを入れる一般人も増えた。音楽シーンではもはや当たり前のように浸透しているタトゥー文化は、どのように音楽文化と関わりを持ってきたのか。

 東京高円寺にあるタトゥーショップTOKYO HARD CORE TATTOOのオーナーKATSUTA氏協力の元、近年の音楽シーンとタトゥーの関係について、取材と調査をした。

タトゥーを入れ始めたミュージシャンたち

 刺青文化の歴史は紀元前にも遡り、日本にもまた長い歴史があるが、本稿ではロック以降のポップミュージックとの関わりについて記したい。

 ロックシーンの中でタトゥー文化が盛り上がりを見せたのは、ロックが世界的に普及した1960年代頃から。イギリスのヘヴィメタルミュージシャン、オジー・オズボーンは1960年代半ば、17歳頃に微罪により逮捕され収監された際に、刑務所内にて小さなニコちゃんマークのタトゥーを入れ、それをきっかけに多数のタトゥーを入れ始めている。また、イギリスのサイケデリックロックバンド、ホークウインドのデイヴ・ブロックや、アメリカのロックバンド、オールマン・ブラザーズ・バンドのグレッグ・オールマンなども1969年〜1970年に入れている。また、女性ではジャニス・ジョプリンが早くからタトゥーを入れていた。彼女は1970年に27歳で亡くなっているので、やはり60年代に入れたようだ。

 一方、日本では70年代後半から80年代にかけてタトゥーを入れるミュージシャンが増加し始めた。有名ミュージシャンではARBのドラムのキースが70年代後半から80年頃に入れている。その後、アンダーグラウンドシーンでGAUZEのドラムだったヒロがイギリスで入れて来たのを初め、LIP CREAMのジャジャが横須賀で入れるなど、ハードコアパンクシーンにタトゥー文化が広まった。ロカビリーバンドのブラックキャッツもこの頃にエド・ハーディーに入れてもらっている。KATSUTA氏もこの頃ハワイで最初のタトゥーを入れている。

 女性では80年代に原宿にあるショップ「ピンクドラゴン」の社長がエド・ハーディー(セイラ・ジェリーの弟子で、多くの海外ミュージシャンにタトゥーを入れている有名タトゥーアーティスト)を呼んだ際に、アン・ルイスがタトゥーを入れている。

 KATSUTA氏によると、当時はまだ西洋風のタトゥーをやっているショップが横須賀に一件あっただけなので、ほとんどの場合は和彫の彫師にドクロなどのワンポイントのデザインを持ち込み「こんなもの彫れるか!」と怒られながらも、なんとか入れてもらっていたそうだ。それ以外だと、海外で入れてくるしか方法が無かったとのこと。その後、西洋のタトゥーと日本の刺青が融合し始め、独自の手法が生み出されていった。

 現在の海外の女性ミュージシャンでは、レディー・ガガやアヴリル・ラヴィーンといったポップスターがタトゥーを入れている。彼女たちのように影響力の強いミュージシャンがタトゥーを入れていることで、最近は一般の若い女性がファッションの一部としてタトゥーを入れるケースも見受けられる。そういった場合、耳の後ろや耳たぶ、手首等の見える場所にアクセサリー感覚で入れることが多いようだ。

     
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