新著『HOSONO百景』インタビュー(後編)
細野晴臣が“音楽の謎”を語る「説明できない衝撃を受けると、やってみたいと思う」
「エディ・コクランの『サマータイム・ブルース』を聴くと、子供の頃に受けた衝撃が未だにある」
――自分の中に眠っているもの。
細野:ええ。もちろん、さっき言った「8割方だれでもわかるようなパターン」があるんですけど、残りの未知の部分っていうのがあるんですよ。それを探りだすのが楽しい作業なんですね。僕の知り合いの精神科医で、亡くなられた加藤清さんという面白い先生がおっしゃってたのは、人間が使ってない未知の脳の領域に手が届くようなものをアートというんだ、と。届きそうで手が届かないところにあるんですよ。遠いところじゃなくて近くなんだけど、まだ届かないところに広げていくのがアートなんだと。
――実現可能なことしか人間は空想しないと言いますね。
細野:うんうん。常にそういう、感覚の拡張っていうのかな…。
――自分の中にないものというより、自分の中にあるものをいかに引き出していくか。
細野:そうそう。その手がかりとか取っ掛かりを探すのが、なかなか独特の面白い作業で。それを「夢を思い出したりするような気持ち」と言ってるんです。
――ああ、その引き出すきっかけとなるのが、どこか見知らぬ国の音楽だったり、忘れられた昔の音楽だったり。その刺激によって、自分の中のなにかが掘り出される。
細野:そういうこともあります。いい音楽を聴けば聴くほど、手がかりが増えていく。だから音楽を聴くのがまず大事なことで。
――細野さんの歳になると、自分のよく知ってるものしか聞かないって人も多そうですが、それじゃダメってことですね。
細野:もちろん自分の好きなものを聴くのが一番ですよ。いっぱい音楽あるけど、優秀な音楽は稀ですから。
――でも(本書にもそういう記述がたびたび出てきますが)ヘヴィ・メタルはお嫌いみたいですね(笑)。
細野 でもね、最近ちょっと興味が出てきた(笑)。
――ええっ、そうなんですか?
細野:ていうのは、50'sのロカビリーをまた聞き出してて。昔もよく聞いていて飽き飽きしてるはずが、改めてすげえなと思いだして。ロカビリーはヘビメタの原点ですから。
――あれこそパターン通りの音楽って気がしますけど。
細野:そうなんです。どれも同じようなものなんですけど、なかに時々へんてこりんなものがあるんですよ。その音の直撃感というか、ほかと違う音のエネルギーっていうのかな。たとえばエディ・コクランの「サマータイム・ブルース」って曲を聴くと、子供の頃に受けた衝撃が、未だにあるんですよ。カッコイイ!と思うんです。思うだけで説明はできないんだけど、その感覚を大事にしたい。説明できちゃったらやらなくてもいいんだから(笑)。説明できない衝撃を受けたんで、やってみたいって思うんですよ。
――それが残りの2割であると。
細野:そうです。
――そういえばレッド・ツェッペリンのロバート・プラントは有名なロカビリー・マニアですからね。そこでメタルへのご興味に結びつきますね。
細野:そうです。関係あるんですよ。たとえば50'sのジョニー・バーネットって人がいるんですけど、この人はヤードバーズがやっていた「Train Kept a Rollin」って曲のオリジナルをやってるんですね。僕はヤードバーズでこの曲を知ったんだけど、つい最近までそのことを知らなくて、たまたま聞いて衝撃を受けた。そうやって70年代のロック・バンドがーービートルズも含めてねーーみんな60年代50年代の音楽を引っ張りだしてきてる。そういう意味では同じ仲間なんですよね、やってることは。
――子供のころに受けた衝撃はなんだったのか考えてみるのは、原点回帰というと安直な表現ですが、必要なことかもしれません。
細野:うん。音楽っていうのは謎だらけだ、ってことをまず思ってないとね。全部わかっちゃったよ、と思った時もあるんですよ。
――わかります。
細野:もう飽き飽きだ、なんて思ったこともあるんですけど(笑)。でもそうじゃなかったんですね。音楽は汲めども尽きぬ泉のようなものなんです。
(取材・文=小野島 大)
■リリース情報
『HOSONO百景』(河出書房新社)
発売:3月25日
価格:1,836円