ダイノジ大谷ノブ彦『俺のROCKLIFE』インタビュー(前編)
ダイノジ大谷がロックを語り続ける理由「こっちだっていい曲だ、バカヤローって足掻きたい」
お笑い芸人として数多くの番組・舞台に出演しつつ、ロックを軸としたポップ・ミュージックへの造詣の深さで活動の場を広げる、ダイノジの大谷ノブ彦氏。最近では人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』(水曜・第一部)のパーソナリティとして、音楽の”評論芸”やインタビューにも力を注ぐ大谷氏が、洋楽専門誌『クロスビート』誌の連載コラムをまとめた書籍『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCKLIFE』を上梓した。音楽のジャンル・嗜好が細分化する今、大谷氏が情熱的にロックを語り続ける理由とは何か。インタビュー前編では、自身のリスナー遍歴を踏まえた音楽シーン分析、音楽評論に対する考えを大いに語った。
――今回の著書『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCKLIFE』は『クロスビート』の連載コラムが元になっていますが、連載中はどんなことを意識して執筆していましたか。
大谷ノブ彦(以下、大谷):基本的に、音楽そのものの評論とか批評は自分にはできないので、これまでの体験を通して、好きな音楽について語るだけなんですよね。ただ、読者がそこで紹介しているアーティストやエピソードを知らなくて、その音楽を聞いたことがなくても、本を読み終わったらなんとなく聴いてみたいな、と思える感じは目指しています。何を聴いていいかわからない人たちに、専門用語以外の言葉を使って、良い音楽をわかりやすくシェアするということですね。さらに、この本が音楽の評論とか批評の入り口になれば、なお嬉しいです。
――『ロッキング・オン』などでは昔から体験談を交えた批評文を投稿するコーナーがありますが、大谷さんの文章はそのようなタイプの音楽ガイドとしても成立しているように思います。
大谷:実は僕、過去に3回くらいロッキング・オンに載っているんですよね。エレファントカシマシについて書いて。山崎洋一郎さん、兵庫慎司さん、鹿野淳さんなどが中心となって執筆していた時代はかなり読みました。
――投稿コーナーに代表されるような「音楽を語る」文化は脈々とブログなどでも続き、最近は個人が発信する時代になってきました。
大谷:その中で、個人の感想と作品のクオリティのバランスが崩れてきている気はしますね。良い作品でも、なかなか素直に受け入れられる環境がないというか。たとえば、先日ラジオで対談した銀杏BOYZの新しいアルバム『光のなかに立っていてね』のラストには、「僕たちは世界を変えられない」という曲があって、そのイントロがスーパーで流れている音楽なんですよ。また、MGMTの「kids」という曲は、カラオケのトラックを流して、3流ポップスのパロディをやったら、バンドの代表曲になっているんですね。音楽って、そういうふうにある意味ではチープな表現をクールなものとして解釈することもできて、それはとても素敵なことだと思うんです。ただ、そういう感覚を今の中学生の男の子とかに言葉で伝えるのはすごく難しい。個人の発信が増えた分、そういった文脈の深い作品が正当に評価されにくくなっていて、表層的にわかりやすいものが受けやすくなっているというか。
――大谷さん自身は、音楽に詳しくどっぷりハマっている人というより、音楽にハマりかけている人に語りかけようとしていると?
大谷:そうですね。僕は何度かフェスにDJとして出させてもらっていて、そこでもそういったアプローチを心がけています。邦楽のDJブースって昔と違っていろんな曲がかからないんですよ。盛り上がる曲が決まっていて、リスナーも知っている曲で盛り上がりたいという人が多い。DJはそのためのツールみたいになっていて、同じ曲を何回もかける傾向になっていく。ハイスタの「Stay Gold」何回かかるんだ?みたいな(笑)。だから、「Stay Gold」をかけるにしても、違う聴かせ方できないかとか、今のアークティック・モンキーズとかをどうやって入れて、「いいじゃん」って思わせるかっていうことを考えている。でも、終わったあとは結局、Twitterで「やばかった Stay Gold」とかしか書かれないんですよ。アクモンかけたってことはだれも評価してくれない。でも、そこは足掻きたい。「こっちだっていい曲だ、バカヤロー」って言いたい。