>  > KOHEI JAPANのベスト盤に見る「ブレなさ」

最新発言で振り返る、KOHEI JAPANのソロ活動15年

「まず自分が楽しめなくちゃ」ソロ15周年のKOHEI JAPAN、そのブレない歩みとは?

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ソロ15周年目でベスト盤をリリースするKOHEI JAPAN

 国内ヒップホップの黎明期である1994年にヒップホップ・グループMELLOW YELLOWのメンバーとしてデビューしてから早20年。『食わず嫌い』『V.S.O.P. Part II』といったクラシックを残し、21世紀の幕開け前にはソロ・アルバム『The Adventures of KOHEI JAPAN』をリリースし、グループを成功へと導いた後は、ソロ活動にも本腰を入れたKOHEI JAPAN。Mummy-D(RHYMESTER)の実弟としても知られる彼だが、それ以上に彼はいくつもの“顔”を使い分けながら、今日まで歩んできた。

 一聴すれば誰もがわかる特徴的な声、ユーモアかつ技巧に満ちたリリック、自らトラックを手掛ける確かな手腕、そして下世話な下ネタすら神々しく感じさせる小粋なフロウ。その特徴的すぎる声は、ハードコアの印象が強かった黎明期の日本語ラップ・シーンにおいて時に揶揄されることもあったが、当の本人は“KOHEI JAPAN”のアイデンティティを貫き通してきた。

 03年にはセカンド・アルバム『Funky 4 U』を発表。この頃には「MELLOW YELLOWのKOHEI JAPAN」でもなければ、「Mummy-Dの弟のKOHEI JAPAN」という冠もまったく不必要となった。そして全国的にKOHEI JAPANの名を知らしめたのは、サード・アルバム『Family』であることは間違いないだろう。“家族愛を歌うラッパー”として朝日新聞や産経新聞で紹介され、果てには故・筑紫哲也がキャスターを務めていた時代の『NEWS 23』(TBS)にて特集を組まれるなど、彼の名は一気にお茶の間へと浸透し、“ラッパー”という職業への偏見を見直すきっかけもつくった。しかし、当の本人は「制作に本腰を入れたオレ、坂間広平(※KOHEI JAPANの本名)。今夜作っちゃおうかなあ……。ひとまずシコってから考えよう」と、そのアイデンティティが瓦解することはなかった。

 『Family』が好結果を生んだことは、KOHEI JAPANにとってひとつの契機を迎えることになったが、“お父さんラッパー”という認識を持たれることは、彼にとって一種の足枷になったと当時の取材で語っている。それを払拭すべくリリースしたのが、『Family』からおよそ3年の歳月を経て届けられた4作目『大人チャレンジ』(2010年)だ。家族や子供を愛するお父さん感ある言葉選びとは裏腹に、そこに潜むKOHEI JAPANとしての“挑戦”は、彼自身の活動にも大きな影響を及ぼすことになった。ここからはKOHEI JAPANの言葉を引用しながら原稿を進めていこう。

「結婚して子供が産まれたのはターニングポイントになったかな。そもそも独身のままだったら『Family』なんてタイトルのアルバムを作らなかっただろうし、きっと『おっぱい漫遊記』ってアルバムになってたと思う」

 KOHEI JAPAN、かく語りき(「おっぱい漫遊記」はそれはそれで聴いてみたい気もするが)。そして彼は、『大人チャレンジ』を完成させたことで、「こういった曲は俺じゃない」という自分自身を狭めていた自己認識を解放するきっかけを手にした。それが、翌年にリリースされた“K.J.”名義での『K.J. with...』だ。『大人チャレンジ』にも収録されていた『あの頃に戻れない with MAY'S』や『指輪~You are my life with MIHIRO~マイロ~』などの楽曲に加え、『キライになれない with 紗羅マリー』、『近づきたくて with YU-A』といったKOHEI JAPANの活動とは違う側面を打ち出し、ダウンロード実績は60万ユニットを超え、大掛かりなプロジェクトとなった(YouTubeでの再生回数は累計で1,000万PV以上)。

 これを機に(以前からも活発ではあったが)作家としてのスキルも存分に発揮し始め、BENIが一昨年にリリースしたドラマ『本日は大安なり』(NHK)の主題歌『永遠』を彼女と共に共作し、“B-BOY”に“お父さんラッパー”、そして“ソウルフルな男前作家”としての肩書きも構えるようになった。しかし、当の本人は「リリックを書いている。さぁ、あと16小節。完成したら軽く部屋でレコーディング。がんばったご褒美にシコって寝る予定」と、アイデンティティにはなんら変化が訪れていない様子であった。

 2014年、KOHEI JAPANはソロ活動15年の節目を迎えた。そのタイミングでリリースされるのが、初のベスト・アルバム「コーヘイジャパンはかく語りき」だ。まさに、いくつもの顔を見せてきたKOHEI JAPANの集大成と言える3枚組である。

「じつは、ベスト盤なんか作りたくなかったんだ。むしろ、未発表曲と新曲、アナログのみの過去の音源だけでアルバムをリリースしたい、って提案したんだけど、そこは大人の事情でね。でも、リリースするからには、よくあるつまらないベスト盤にはしたくなかったんで、かなりレコード会社のスタッフとはぶつかった。最終的に俺のわがままを聞いてもらって、3枚組というボリュームで着地できたんだ」

 これまでに述べてきたあらゆるKOHEI JAPANの様々な表情はもちろん、ソロ活動の輝かしい歴史が今作には詰まっている。その歴史の証明に加え、DJ WATARAIがプロデュースを担い、RHYMESTERを起用した新曲『天気晴朗ナレドモ波高シ』をはじめ、『コーヘイジャパンの夢は夜ひらく』や『エイリアンズ』『マグネティックラブ』といった新録や未発表曲も収録。彼が“3枚組”でリリースしたい気持ちが非常に伝わるほど、練りに練られたベスト・アルバムなのだ。

     
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