戦略的な仮眠って何? 高級車のシート技術を採用した、トヨタの仮眠ツール「TOTONE」を体験してみた

AI時代における生産性向上やウェルビーイングの実現において、「休息をいかに経営資源として捉えるか」が重要な鍵を握っている。GoogleやNASAといった海外企業では、パフォーマンス向上の施策として「パワーナップ(戦略的短時間仮眠)」の導入が進む一方、日本国内では「勤務中の仮眠=サボり」というネガティブなイメージが依然として根強い。
こうしたなか、仮眠がもたらす生産性やウェルビーイングへの効果を体験できるイベント「Power Nap Culture Lab 大阪」が、グラングリーン大阪南館の「SLOW AND STEADY」内にて10月29日まで開催される。
8月27日のメディアデーでは、イベントの開催背景や疲労回復の重要性が説明されるとともに、トヨタ自動車が開発した仮眠ツール「TOTONE」の実機も体験してきたので、その模様をお伝えしたい。
働き盛りの8割が「疲れている」 積極的な休養の重要性
冒頭では、ウイングアークNEXの小川創之氏がイベント開催の背景を説明した。

現在、睡眠不足は日本人が抱える深刻な社会課題の一つとなっている。しかしこの問題は、個人が努力して解決すべきものというよりも、むしろ社会構造そのものに原因があるのではないか。そのような問題意識が、本イベントの出発点になっているという。

「既存の社会構造に対してアプローチ策を検討していくなかで、都市で働く方々が、いつでも気軽に疲れをリフレッシュできる『回復インフラ』があれば、睡眠不足という問題の解決につながるのではないかと考えたのです」(小川氏)
その具体的な手段として取り組んでいるのが「仮眠」だ。今回の実証実験では、15〜20分ほどの短時間睡眠で心身をリフレッシュする「仮眠スポット」を会場内に複数設置。
体験者のリアルな感想や睡眠前後の生体データなどを収集・分析することで、短時間仮眠がもたらす具体的な変化や効果を検証していく試みになっている。次いで、大阪公立大学 健康科学イノベーションセンター 特任教授の水野敬氏が、社会における「回復不足」の構造や疲労回復について解説した。
そもそも疲労とは、過度な身体的・精神的負荷や疾病によって、心身の活動力や能率が低下した状態を指す。日々の生活で慢性疲労や睡眠負債が蓄積されれば、当然ながら本来のパフォーマンスは発揮できなくなるというわけだ。加えて、「痛み」「発熱」と並んで、疲労は「3大生体アラーム」の一つとされる。痛みがあれば痛み止めを飲み、熱があれば解熱剤を飲むように、疲労もまた「休め」という身体からのサインだと言えるだろう。
先述のように、日本人の睡眠時間は世界的に見ても短く、睡眠不足は深刻な社会課題となっている。十分な睡眠を取ることが理想であるものの、現実には仕事や生活に追われ、思うように時間を取れないケースも少なくない。だからこそ、限られた仕事のスキマ時間や余暇をどう活用し、効率的に心身を回復させるかが肝になる。疲労科学と脳科学を専門とする水野氏は、「働く人々の疲労回復には積極的な休養が不可欠」だと指摘する。
実際、現代は「疲労の慢性化」が浮き彫りになっている
日本リカバリー協会が毎年実施する全国10万人規模の調査によると、実に8割以上の人が「疲れている」と回答している。特にコロナ禍以降、疲労を訴える人は増加傾向にあり、なかでも働き盛りの20〜40代に至っては8割以上が疲労感を抱えているという。ここで注意すべきは、疲労の慢性化がさまざまな疾病の発症リスクを高める可能性があるという点だ。

健康と病気の間には、明確な診断には至らないものの心身に不調が現れる「未病」という段階が存在する。疲労とはまさにこの未病を象徴する身近なサインなのだ。
「病気になってから対処するのではなく、その前段階である慢性的な疲労を取るために、日常生活の中で積極的に回復する機会を設けること。これが、疲労科学の観点から見ても非常に重要なアプローチだと言えます」(水野氏)
しかし、疲労のサインを軽視し、無理に仕事を続けていると、慢性疲労が常態化してしまう。実際、健康問題に起因する生産性低下の要因に関しても、肩こりや腰痛と並んで疲労が大きな割合を占めているという。
つまり、疲労の軽減や睡眠のケアは、単なる個人の健康管理にとどまらず、企業の生産性向上や健康経営を考える上で本質的なテーマだと言えるのだ。
慢性疲労は「頑張る」と「休む」の切り替えができなくなってしまう
さらに、疲労を考える上で不可欠なのが「自律神経」である。自律神経は人間の身体に張り巡らされたネットワークで、心臓や消化器など、さまざまな臓器の働きをコントロールしている。自律神経には、緊張や活動を司る「交感神経」と、休息や睡眠時に働く「副交感神経」がある。
人間の身体は、この両者をシーソーのように切り替えながら活動と休息のバランスを保っているのだ。ところが、疲労が蓄積するとこのバランスが崩れていく。「疲労が浅い初期の『急性疲労』の段階では、安静にしていても交感神経が優位になりがちです。これが解消されないまま、『慢性疲労』へ移行すると、自律神経の機能そのものが低下してしまう。すると、活動したい時に交感神経が上がらず、休みたい時にも副交感神経が働かないという、オン・オフの切り替えが効かない状態に陥ってしまうのです。
そのため、『その日の疲労を翌日に持ち越さないこと』が重要です。仕事終わりにいかに自律神経のバランスを整え、翌朝までにリセットできるか。それが疲労を根本から解消するうえで不可欠となります」こうしたなか、翌日に疲労を残さずパフォーマンスを維持するために、仮眠は能動的に「積極的な休養」を取るための有効な手段となる。その効果についてはすでに多くの科学的エビデンスが存在しており、仮眠によって疲労感が軽減されることが実証されつつあるそうだ。
水野氏は、「疲労そのものは決して“悪者”ではなく、疲れるまで作業に打ち込むことは、十分にパフォーマンスを発揮して成果を出した証でもある」と話した。大切なのは、疲労を「蓄積させない」こと。疲れを感じたら早めに回復させ、慢性化を防ぐためにも、勤務時間内に「パワーナップ(戦略的仮眠)」を積極的に取り入れることが必要なのではないだろうか。
なぜ自動車メーカーが睡眠事業へ?睡眠不足を解消する「戦略的仮眠」

そうしたパワーナップの実践を見据えて開発されたのが、トヨタ自動車の新規事業による戦略的仮眠ツール「TOTONE(トトネ)」である。自動車開発で培った技術や知見をモビリティ以外の領域へ展開し、社会課題の解決を目指す取り組みの一環で着目したのが「睡眠不足」の解消だった。
一見すると、自動車メーカーが睡眠事業に取り組むことに意外性を覚えるかもしれないが、睡眠と自動車の間には非常に深い関係がある。わかりやすい代表例が居眠り運転の問題だ。

睡眠不足で脳の機能が低下した状態では、集中力や判断力が落ち、運転中の事故につながるリスクが高まる。逆を言えば、十分な睡眠で脳を健全な状態に整えることは、運転時の安全性を高めることにもつながるのだ。
トヨタ自動車が“睡眠”そのものに目を向けるようになったきっかけについて、TOTONEプロジェクトオーナー 金子敬氏は次のように説明した。

「トヨタ自動車は長年、「ドライバーの居眠りをどのように防ぐか」「万が一眠ってしまっても、事故を起こす前にどう安全を確保するのか」というテーマに向き合ってきました。例えば、衝突被害を軽減する自動ブレーキや、車線からの逸脱を防ぐ技術など、事故や被害を最小限に抑えるための技術を開発してきたわけです。
しかし、事故が起きる手前で対処するのではなく、ドライバーが十分に休息し、常に良いコンディションでいられる状態をつくることが、根本的な解決につながると考えました」(金子氏)
TOTONEは先行して、グループ内の工場から導入がスタートしているそうだ。特に夜勤の現場では、眠気と戦いながら徹夜で作業をこなすことは生産性や安全性の観点からも避けなければならない。そこで、作業に入る前に蓄積した脳疲労を解消し、コンディションをリセットする目的でTOTONEが活用されているとのこと。
さらに現在では、整備士やエンジニアなど長時間の集中作業を求められる現場へと活用領域が広がっている。このように、導入事例が増えているのは、「パワーナップが、脳疲労を軽減して集中力やパフォーマンスを高めるだけでなく、ストレス軽減にも寄与することが分かってきた」からだと金子氏は説明した。
今後は、医療従事者やタクシードライバーなど、深刻な睡眠問題に直面している現場へ展開していきたいそうだ。

試しに筆者も、実際にTOTONEを体験してみた。近未来的なカプセル型のデザインが印象的で、内部に入ると周囲からの目線や雑音を気にせずプライベートな空間に没入できる。今回は「15分仮眠コース」を選択し、束の間の休息を取ることにした。
体験中は入眠を促すBGMが流れ、リラックスできる空間が徹底されていた。さらにシート自体も、同社のヴェルファイアやアルファードで培われたシート技術をベースに睡眠へ最適化。シートヒーターによる温熱効果も加わり、短時間でも心地よい眠りを得られる設計となっていた。
気づけば、あっという間に体験が終了。パワーナップを実践することで、個人や企業のパフォーマンス向上につながる可能性を実感できたことは、大きな気づきとなった。今後、戦略的仮眠が日本に根付くかどうか、動向に注目していきたいところだ。






















