ワールドカップ2026で全48チームが使える「FIFA AI Pro」の意義とは

ついに開幕した「FIFAワールドカップ2026」。史上初となる48チーム参加の今大会は、競技規模だけでなくその準備や戦い方の面でも新たな時代の幕開けになるかもしれない。FIFAとLenovoはAIを活用した分析支援システム「FIFA AI Pro」を全出場国向けに提供している。全48チームが同じAI基盤を活用できる環境が整った今、ワールドカップはどう変わるのだろうか。
サッカーは選手だけでなく「知識」も進化してきた
ワールドカップが近づくと、人々の関心はスター選手へ向かう。どのエースが大会を支配するのか。どの若手が世界に名を知らしめるのか。誰が決勝戦で歴史に残るゴールを決めるのか。もちろん、それこそがワールドカップ最大の魅力である。
だが、サッカーの歴史は優れた選手だけによって作られてきたわけではない。1970年代、オランダ代表は「トータルフットボール」と呼ばれる革新的な戦術で世界を驚かせた。選手がポジションを固定せず、流動的に役割を入れ替えるその発想は、当時のサッカー観を大きく変えた。その後も競技は進化を続ける。組織的なプレッシング、ポゼッションサッカー、高強度のトランジション。時代ごとに新しいアイデアが生まれ、それをいち早く取り入れたチームが優位に立ってきた。そして現在、世界のトップレベルではさらに興味深い変化が起きている。
サイドバックが中盤へ入り、ウイングが中央へ絞り、センターバックがゲームメーカーの役割を担う。試合中にフォーメーションそのものが何度も変形する「ポジションレス化」が進んでいるのだ。現代サッカーは、もはや4-4-2や4-3-3といった数字だけでは語れない。両チーム合わせて選手22人がどこに立ち、どのようなスペースを生み出し、どのような優位性を作るのか。その複雑な動きを理解するために、データ分析は欠かせない存在となった。
走行距離やスプリント回数だけではない。パスコース、ポジショニング、ボール保持時の選手間距離まで分析対象となる。サッカーは身体能力の競争であると同時に、情報処理の競争にもなっている。そう考えると、2026年ワールドカップで導入された「FIFA AI Pro」も、突然現れた存在ではない。むしろサッカーが長年続けてきた「より多くを知り、より良い判断をするための進化」の延長線上にある。
AIは監督の代わりではなく、優秀な分析スタッフとなるのか
では、今回のAIシステムは具体的に何をするのだろうか。前述したFIFAとLenovoの「FIFA AI Pro」は膨大な試合データや映像情報を活用し、チームの分析業務を支援するシステムだ。例えば、どの選手がビルドアップの起点になっているのか。どのエリアからチャンスが生まれているのか。セットプレーではどのような動きが繰り返されているのか。「FIFA AI Pro」は膨大なデータの中から分析に役立つ情報を抽出する。
従来であれば、アナリストが何時間も映像を見返し、レポートを作成していた。もちろん現在でも多くの分析スタッフが活躍しているが、AIはその作業を大幅に効率化できる可能性を持つ。重要なのはAIが監督に代わって戦術を決めるわけではないということだ。AIは答えを出さず、行うのは整理である。膨大なノイズを削ぎ落とし、監督が『決断』するための純度の高いインサイト(洞察)をだす存在だ。
それを試合後の振り返りや次戦の準備において情報をどう解釈し、どんな戦術に落とし込むのかは、依然として監督やコーチの仕事となる。AIは監督の代役ではなく、より優秀な分析スタッフをチームに加えるような存在と言った方が近いだろう。
本当に興味深いのは「全48チーム」が使えることだ
今回の取り組みで最も注目すべきなのはAIの性能ではない。全出場国が同じ基盤を利用できる点にある。これまで高度な分析体制は豊富な資金と人材を持つ強豪国の強みだった。アナリストを多数抱え、膨大な映像を精査し、相手の特徴を細かく分析する。そうした準備の質もまた、国際大会における競争力の一部だった。
一方で、多くの国にとって、それは簡単なことではない。優秀な分析スタッフを確保し続けるにはコストがかかる。分析のための時間も必要になる。だからこそ今回の構想は意義がある。AIによって分析業務の一部が効率化されれば、これまで大きな人的リソースを必要としていた作業を、より少ない人数で行えるようになるからだ。言い換えれば、分析力の民主化といえるかもしれない。ワールドカップには毎回、強豪国を苦しめるダークホースが現れる。戦力差そのものを埋めることはできなくても相手を深く理解し、自分たちの強みを最大限に生かす準備ができれば、勝負の可能性は確実に広がる。
AIが広がるほど、人間の価値は高まる
もっとも、全48チームが同じAIを持ったとしても、全48チームが同じ強さになるわけではない。むしろ本当の勝負はそこから始まる。同じデータを見ても、注目するポイントは監督によって違う。同じ分析結果を受け取っても、どの情報を重視するかはチームによって違う。そして同じ戦術を選んだとしても、それを選手たちに理解させ、ピッチ上で実行させる能力には差がある。
サッカーの歴史を振り返ればそれは明らかだ。トータルフットボールもゲーゲンプレスも理論だけで成功したわけではない。優れた指導者がいて、それを体現できる選手たちがいて、初めて世界を変える戦術になった。AIもまた同じだろう。優れた分析を提供することはできるが、ゴールを決めることはできないし、試合の流れを読むこともできない。勿論、ロッカールームで選手を鼓舞することもできない。
AIは人間の判断を助けることはできても、人間に代わって勝利をつかむことはない。むしろAIが広く普及し、より多くのチームが高度な分析を活用できるようになるほど、最後に差を生むのは人間の創造力や決断力になるのではないだろうか。2026年ワールドカップは「FIFA AI Pro」がどのような展開をみせるのか、注目したいものだ。



























