AI音楽で作詞家の時代が来るか IngaRoseから想像するポップミュージックの地殻変動
4月17日、存在しないシンガーの楽曲がiTunes USおよびグローバルチャートで1位を獲得した。IngaRose「Celebrate Me」。オリジナルの歌詞をもとに音楽生成AI「Suno(スーノ)」で生成した楽曲である。
まず前提として、iTunesのダウンロードチャートはユニバーサル ミュージック グループのマイケル・ナッシュ氏が「0.99ドルの商品を2500ユニット購入するだけで1位が取れる」と指摘したように、規模自体は限定的だ(※1)。しかし、影響は無視できない。
Forbesの報道によれば、「Celebrate Me」を使用した動画はTikTokで約30万本に達し、歌詞をポジティブなメッセージとして引用する動画が爆発的に拡散された(※2)。
IngaRoseはAIによって生成された架空のアーティストだが、TikTokで24万人以上のフォロワーと140万件以上の「いいね」、Instagramで25万1千人のフォロワー、YouTubeで9万人以上のチャンネル登録者、Spotifyでは月間リスナー94万2千人以上を獲得している。やはり、音楽シーンにおいても見過ごせない存在と言える。
音楽的に言えば、「Celebrate Me」の音質は悪い。特にSunoで生成した音にありがちなボーカルトラックのノイズが目立つ。しかし、そういったサウンド面の難点があるにもかかわらず、共鳴する人は多い。この現象をどう見るか。AIを使って音楽を作る日本のクリエイターたちに話を聞いてみたい。
菊地成孔主宰「新音楽制作工房」所属のビートメイカー・Hizuru Saitoはこう語る。
「『Celebrate Me』は、自己肯定の歌詞が受け入れられたのだと思います。アーティストの匿名性やパーソナリティの薄さゆえに、直接的な“応援歌”として機能している。実体のあるアーティストだと自己弁護に聞こえる可能性もあるので、その点は生成AI音楽ならではですね」
サウンドについてもこう続ける。
「確かに音質がいいとは言えず、生成AIのいわゆる『ポン出し』(生成したままの無編集音源)かもしれません。マスタリング(最終的な音調整)もしていないのでは。ですが、曲調と相まってオールディーズのような懐かしさがある。結果的にそこが効いている可能性はあります」
2000人規模のAIクリエイターのコミュニティを運営するRelaxbeatslabも「歌詞を伝えるための手段として、AIを使っているんじゃないかと音を聴いて感じました」と同様の見方を示した。
自身のコミュニティで音楽を主軸に活動しているメンバーのうち、作詞目的でAIを使用する層は7~8割を占めるという。
今後については「作詞に特化した人が、感情を揺さぶる歌詞を作る。たとえ素人が作ったとしても、Sunoで音楽にすれば一定レベルの水準に仕上がって受け入れられる。よく言えばフラットな時代、悪く言えば混沌とした時代」とコメントした。
このIngaRose「Celebrate Me」が示しているのは、AIを用いることで作詞家が作曲家やアレンジャーに頼らずに単身で"音楽"をチャートに送り込めるという事実だ。
IngaRoseのプロフィールには「人間が書いた歌詞であり、実話に基づいたストーリーです。『Suno』で生成したステムとアレンジを使っています。これらの曲を歌いたいシンガー、または作詞家を探している方は連絡を」とある。
IngaRoseの名義を用いて楽曲を発表している人物は、自らを「作詞家」だと位置づけているようだ。そして音楽を自ら操作することなく、人々の琴線に触れる楽曲を生み出している。しかも4カ月で106曲というペースで。
この流れの嚆矢は昨年BillboardのラジオエアプレイチャートにAI楽曲として初めて入り、話題となったAIシンガーのXania Monet(ザニア・モネ)だと見なすべきだろう。そのプロデューサーはミシシッピ州出身の31歳、テリシャ・"ニッキ"・ジョーンズ。最終的に300万ドルの契約を勝ち取った彼女の肩書きも「詩人」だった。
「シンガーソングライター」という言葉が定着して久しいが、その陰に「作詞家」の不遇があったことを思い出してほしい。なかにし礼や阿久悠といった昭和の名作詞家の時代から現代へと移るにつれ、作詞は主にラッパーやシンガーといったプレイヤーの領域となっていった。そして現在、言葉だけを武器にする人間が音楽を生み出す道は限られている。
だが、その構図が崩れつつある。現在、AI音楽の使用パターンは大きく三つだ。
まずは「クリエイター型」。MVやSNS動画のためのBGMを調達する感覚でSunoを使う、AI音楽を目的ではなく手段とするタイプだ。ただ、このなかには高い音楽センスを持った人間もいる。RelaxBeatsLabもそのひとり。
次に「プロデューサー型」。アレンジのアイデアや、サンプリングソースとして編集込みで使用するタイプだ。既にヒップホップのビートメイカーの多数がSunoなどで得た素材から製作しているとされるが、AIを楽器として使いこなす側の発想である。Hizuru Saitoはこの使用パターンに属する。
そして、IngaRoseやXania Monetが体現する「作詞家型」。音楽的な素養がなかったとしても言葉の強度だけで勝負できるグループだ。Sunoの有料ユーザーはすでに200万人を超え、年間で約25億曲が生成されている(※3)。この莫大な規模だと、ヒットは偶然ではなく統計的に出現する。
IngaRoseはその一例にすぎない。江戸時代、楽器を持たない町人が言葉だけで“歌”を詠んだように、生成AIはポップスを民主化し、作詞家を再びチャートの中心に呼び戻そうとしている。
いわば「作詞家の逆襲」である。歴史を見ても、聖書の詩篇を筆頭に旋律を忘れられた古えの歌は数多い。それを考えれば、楽曲の要素で最も強度を持つのはリリックなのである。
意味とリズムを備えた強い言葉さえあれば、音は後から生成できる。音楽的な教養や演奏技術を持たずともポップチャートにアクセスできる。AI時代、ポップミュージックの旗手は、書き手からも次々登場することになるのではないか。
※1:https://musically.com/2026/04/20/ingarose-is-a-hit-as-siqa-launches-ai-music-intelligence-report/
※2:https://forbesjapan.com/articles/detail/96022
※3:https://finance.yahoo.com/news/ai-music-generator-suno-hits-172202024.html