クリプトン・佐々木渉とLAMが語り合う「初音ミク像の再定義」 『V6』開発&イラスト制作秘話から、初音ミクに宿った“主体性”の正体に迫る
クリプトン佐々木氏が初めて明かす、19年間の「初音ミクのイラスト」史
ーーそんな試行錯誤の末生まれた『初音ミクV6』ですが、改めてここからはビジュアルを担当したLAMさんの起用経緯についても教えてください。
佐々木:LAMさんにお願いする案自体は、実はもうずっと昔からあったんです。一番最初に初音ミクのパッケージイラストを担当したKEIさんとは、当初気軽に楽しく初音ミクを未来あるバーチャルシンガーとして、「みんなに喜ばれたり親しまれるといいね」とかなりオープンマインドにビジュアルを作らせていただきました。でもご存知の通り、リリースから約半年の間にニコニコ動画でいろんな化学反応があって、hukeさんやredjuiceさんが描かれた「ブラック☆ロックシューター」や「ワールドイズマイン」みたいな曲が出てきて。ともすればちょっと間の抜けたカワイイ声の子が、気づけば日本のネットカルチャーを代表する曲やビジュアルを背負う存在になったんですけど。
当時、KEIさんとも一度話したんですよ。「これはさすがに想定外だよね」って。当時の自分には、先程挙げたような曲のビジュアルのミクはやや行き過ぎたものにも思えたんですけど、みんなはこれを求めてたのか、野生のクールジャパンじゃんと(笑)。リリース当初はアイドルやバーチャルシンガーをプロデュースする男性ファンの世界を想定していた中、『ワールドイズマイン』等で女性ファンの勢いも目に見えて増え、その後『悪ノ大罪シリーズ』のようなドレッシーな世界線のバーチャルシンガーに、10代や子どもたちからも絶大な支持が集まって。よく「初音ミクのブレイクは想定外でしたか?」と訊かれますが、一番の想定外はそこでしたね。初音ミクがクール系のビジュアルをまとってアップデートされるとは思っていなかった。
その頃から、redjuiceさん達への憧れ故に、フラットで色付けのされてない初音ミクをきちんと作らないといけない、と悩み始めたんです。それゆえに、これまでは公式イラストにいわゆるアーティスティックな要素を入れる難しさをすごく感じていました。その点、『初音ミクV3』以降のイラストを担当していただいたiXimaさんの魅力は“有機物のように無機物を描ける”点だと考えているんです。なので当時の初音ミク像として、無機的なニュアンスをキープしつつも、パッと見は可愛らしい女の子を描いていただいていました。僕的にはいわば建造物のように、初音ミクを“組み立ててもらう”感覚だったんです。福笑いというか、パーツごとに分かれたものをポコポコっと組み合わせる感じというか。なので当時iXimaさんにも、「イラストレーター的なシズル感を出してください」みたいな話は一度もしたことがなかった気がしますね。音楽機材の記号とか、素材とか透明度とか光の反射の話ばっかり。そこに初音ミクらしい顔の表情を最後に載せてもらってフィニッシュ、といったような作り方でした。
そんな変遷の中で、HoneyWorksさんのようなイラストと音楽を含めた人気のある作品や、Rellaさんのような空間性と美麗さ、寺田てらさんのような目力とデフォルメ感の印象的な作品のように、様々な解釈の初音ミクのイラストが生まれ、どんどん拡がりました。その反面、僕らは手前でその生態系を眺めるような、水族館に展示される生き物を見るような感覚が強かったんです。やっぱり、より強いバランスのもの、みなさんに「これだ」と思ってもらえるものもどこかで取り入れるべきだ、と。そう考えていた中で、LAMさんのような「有機質と無機質」、「カッコイイと可愛い」、「光と影の属性」を跨ぐような分解力のあるイラストレーターさんを待っていた節もあるかもしれません。
ーー言葉をお借りするなら、“アーティスティックな要素”を持つ初音ミクもどこかのタイミングで生み出したかった、と。
佐々木:NTは引き続きiXimaさんである中で、AI時代の新しい系譜でのアップデートとして、そのような解釈の「一味違う」初音ミクを生み出したかったのです。ただ難しいのは、例えばredjuiceさんのような、すでに明確な初音ミク像のある方を公式イラストに据えると、イラストレーターさんの持つエネルギー的な側面が他の方を委縮させる恐れがある、とも考えたんです。二次創作の拡がりにブレーキがかかるかもしれない、と。
あと、もう一つ原体験的な部分でいくと、2007年に初音ミクを作っている際に『ペルソナ』シリーズの副島(成記)さん的なテイストをバーチャルシンガーへ取り入れたいとも考えていたんです。まぁ、アイギス(『ペルソナ』のキャラクター)からの影響なのかな。そこもひとつ、LAMさんをピックした理由ですね。LAMさんが副島さんに憧れてアトラス社(『ペルソナ』制作元)に入られたというお話は知っていたので。LAMさんの存在を知って以降、いつかお力添えをいただきたいと考えていた中で、一度知人を介してお話ししたんですが、目線や意図を擦り合わせる圧倒的な認知力と言語化力があり、コミュニケーションが非常にスムーズで。分析的というか、感情や直感でなくメタな視点や物事の組み立て感があるというか。その点でもお願いできそうだと確信を得て、今回の依頼へ辿り着いた形でした。
KEIさんから現在に至るイラストの変遷については、これまで触れてこなかった部分なので。今回初めてお話しさせていただきました。
ーーいかがですか、LAMさん。この佐々木さんの一連のお話を聞いて。
LAM:オファーをいただいた際にその経緯も大なり小なり伺ってたんですが、改めて率直に嬉しいですね。KEIさんからiXimaさんという、初音ミクの公式イラストレーターの潮流に自分を挙げていただいたことも大変光栄でしたし、何より驚きました。
ーー依頼を受けた時はやはりびっくりされましたよね。
LAM:ミクに関するお仕事をいただく機会はこれまでも多くありましたが、初音ミクは僕にとってすごく特別な存在なんです。きっと僕だけでなくクリエイター、ファンの皆さんにとってもすごく大きな存在で。V6の依頼をいただいた際、最初はピンときていなかったのですが、いろいろお話を伺う中で「これはとんでもないことだぞ」と徐々に実感が湧いたというか。初音ミクっていろんな派生の姿が存在する中で、公式……という言い方も少し変かもしれませんが、“最新の初音ミク”を任せたいとおっしゃっていただけてるんだ、と。ただ同時に、佐々木さんの想いを伺う内にちょっとずつ納得感も芽生えたというか、おこがましいですけど「これは自分がやるべき仕事だな」と思えたというか。そんな気持ちの変遷もあったファーストコンタクトでしたね。
ーー元々、LAMさんご自身もカルチャー黎明期からのボカロリスナーだと伺っています。
LAM:それこそ僕が高校生ぐらいの頃に、ニコニコ動画で初音ミクが流行り始めたのを目の当たりにした世代なんです。当時は高校生なりにいつかクリエイティブな仕事をしたい、クリエイターとして何かできたら、とぼんやり未来を想像していて。そんな一若者の頃に触れた初音ミクというコンテンツは本当に衝撃でしたし、機械音声の文化自体もMEIKOやKAITOという先人がいたものの、やっぱり入口はミクだったんですよ。「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」や「メルト」といった曲をもう浴びに浴びた世代だったので、ミクとの付き合いも本当に長くなりますね。自分がクリエイターを志すにあたっても、すごく影響を受けた存在です。
ーー別のインタビューでも、初音ミクのことを「ミューズ」だとおっしゃっていたのが印象的でした。
LAM:この言葉は、前に他のクリエイターの方が仰っていた言葉の受け売りで、素敵だなと強く印象に残っていて。広義のクリエイターにとって初音ミクという存在は、佐々木さんの言葉をお借りするとすごくシンドローム的というか。いわば初音ミクというコンテンツをみんなで大事に育んできた歴史があって、ミクに助けられて救われてきた人生があって。その中で自分のクリエイティブの受け皿としても頼もしい存在であり、美しさの象徴であり、可愛さの化身であり……。本当に偶像崇拝的なミューズとして、大きな役割を日本の、世界のサブカルチャーで担ってきた子だと思うんです。長くいろんな変化を経ながらも、変わらずそこに居続けてくれる存在としても本当に無二で。そんな文脈も含め、お話をいただいた時の光栄さ、恐ろしさ、喜びや不安、葛藤、すべて清濁併せ吞みつつ、でも大前提としてすごく楽しい依頼でした。佐々木さんと一緒にミクのデザインを考えるのは楽しかったですし、今までの人生で携わったワークスの中でも、とても印象的なお仕事のひとつになりましたね。
キーワードは「あなたは私にどうなって欲しかったですか?」 LAMが『初音ミク V6』のイラストに込めたメッセージ
ーー佐々木さんとも、かなり綿密に打ち合わせをした上の制作となったんでしょうか。
LAM:順番に話をしますと、まず佐々木さんから打診を頂いて、「ぜひやらせてください」となり、最初に打ち合わせがありまして。その際にV6の性能や込めたい想い、求めることなどを具体的にヒアリングしました。従来の初音ミクとの大きな違いとして、V6の性能にAIを用いたことで、ミクからユーザーへ何かしらアクションが取れるようになったというか、ユーザーの指示のままに動く受動的ツールの初音ミクではなく、少しユーザーに歩み寄ってくれる動的なミクになることが、これまでにない新しさで一番の進化だとご説明いただいたんです。そのお話がすごく印象的でした。
打ち合わせ前は、発注に関して様々な制約が多くあるだろうと思ってヒアリングしたんですが、意外なことにほぼそれがなくて。進行する中で佐々木さんからもフィードバック的なものはほぼなかったんです。初案で出したものに「素敵です、これでいきましょう!」とすごくポジティブにご意見いただいて。パーツごとの微調整はありましたが、実は最終案はほとんど初期の状態から変わってないですね。
佐々木:初見で「これだ!」ってなりましたよね。細かく言うと確かに、シンセサイザーからの引用的な記号や、機材のパーツなどのご提案や、LAMさんから頂いたシャツのテクスチャパターンの選択とか、記号的な部分のお話しかしなかったですね。それだけ最初からLAMさんの中での「像」や「そこに込められた想い」がハッキリしていて感嘆しましたし、初期衝動的な勢いも含めて、そのままの空気でリリースされて欲しかった。企業プロデューサーの野暮なディレクションを受けていない、野性的なボカロPやネットクリエイターさんの世界観で、活き活きしている数多のミクたちと等価であって欲しいとも願いました。
ーー佐々木さんとのやり取りで、特に印象的だったやりとりなどはありますか?
LAM:いくつかありますよ。まず一つ目に、お仕事のご依頼をいただく時は僕の過去の案件や創作物をリファレンスに挙げていただくことも多いんですが、佐々木さんが「こういう雰囲気、表情にしたい」と挙げて下さったのが、僕がプロになる前、10年ほど前に描いた個人的なオリジナルイラストで。プロデビュー前の作品がこういう場面で出てきたのは、実は人生で初めてだったんです。僕の源泉としての好きな物が入っていたり、磨かれる前の衝動的でピュアな部分が出ていた作品だったので、それがまず個人的にもセンセーショナルで、同時にすごく嬉しかったですね。
今回ミクの表情や造形を考える上で、大前提として「初音ミクは人間ではない」という解釈が僕の中にもありました。人間ではなくVOCALOIDだけど、限りなく人間のようにも、アンドロイドのようにも、はたまた別の何かにも見えるような、抽象的な存在というか。その上で、佐々木さんから唯一いただいた具体的な内容は「『あなたは私にどうなってほしかったですか?』って顔をしてください」というオーダーでした。今ちょうど、当時のメモが手元にあるんですけど。
初音ミクがAIを搭載することで、主体的ではないものの自分から発信・アクションするようになった。それはいわばミク自身の心が少し芽生えたというか……いや、そこまでは言い過ぎかもしれないんですけど。でもそういう形でミクからの応答があるって、ミク自身の存在・意思を感じさせる側面もあると思うんです。その進化で、ともすれば今まで1ツールとして彼女を使っていた人や、無機的な偶像崇拝としてのミクを愛していた人は、もしかしたら面食らうかもしれない。ただAIを入れること、“心のようなものを持つ”ことに、ミク自身もきっとドキドキしていて。だから初音ミクがみなさんへ「私にどうなって欲しかったですか?」「私はこの先、どうなると思いますか?」と恐る恐る伺うような、何かを期待しているような、そんな顔をしてください、というのが唯一いただいたオーダーでした。これをすごく素敵だなと思ったと同時に、なんて難しいオーダーなんだ、と思いましたね(笑)。
ーー個人的にはイラスト公開時のSNSの反応として、ファッションの細部に言及している声が多かった印象で。その点だけでなく、表情にもこだわりが詰まっているというお話は非常に興味深いです。
LAM:今回の依頼は、いわば初音ミクを現代的にリデザインするということ。さっき佐々木さんもおっしゃっていたように、僕もどれだけ作家としてのシズル感、記号性を伴わせるべきかすごく悩んだんです。作家・LAMとミクの一ファン・LAMという、自分の二面性の解釈との戦いでもあって。なので最初はその落としどころにすごく悩みましたね。いわば公共事業に取り組むような気持ちでした。ただ佐々木さんは、終始「LAMさんの思うナチュラルな初音ミクを描いてください」とポジティブに背中を押してくださいました。この言葉のお陰で、ストレートに自分なりのミクをアウトプットしてみようと気持ちが楽になりましたね。
一方で、やっぱり初音ミクは僕を含めすべてのクリエイターの受け皿であり、記号であり、ミューズでもあって。だからこそ今回のミクは、今までのお仕事で描かせていただいたLAMミク……つまり「ピーキーなデザインに振っていたり、そのコンテンツならではの要素を押し出したミク」ではない、という点が明確にありました。すべての人……はさすがに難しいですけど、多くの人にとってプレーンな状態のミクとしての最新ルックにしたい気持ちがあったので、そのバランスは自分の中で丁寧に取りながら制作しました。佐々木さんの気持ちや僕に頼んでいただいた経緯を踏まえ、LAMだからこそのミクでなければいけない。ただ同時に、「僕以外の誰もが描けるミク」でなければいけない。その二律背反にどう応えるかを最後まで考え抜いたクリエイティブでした。