堀江晶太×ヤマハSYNCROOM開発者×Emnyecaが語り合う、インターネットを介した音楽セッションの歴史
リリース当初はヤマハ社内でも“懐疑的”な部分があった「NETDUETTO」
——ありがとうございます。ここで改めて、SYNCROOMが誕生した経緯などについても聞いていきたいと思うのですが、前身となるNETDUETTOが生まれたきっかけや、ヤマハの中で「オンラインのセッション」という概念がどのように受け止められていたのでしょうか。
原:前段として、ヤマハの「インターネットと音楽」というところからお話しすると、実は私が入社する以前、90年代の頃から坂本龍一さんのインターネットMIDIライブシステムの公開実験を行っていたり、「ライブ演奏」という演奏したデータをMIDIデータとして飛ばして再生する技術を作っていたりしたんですね。我々ヤマハの事業でいうと、ネットワーク用のルーターなどを作ってもいるので、やはりインターネットを音楽で活用するということはみんな思っていた部分でした。
そんな中で、私もそのひとりとしてヤマハに入社しました。入社後は、MIDIを使った遠隔地間セッションの実験などにも参加していました。当時はインターネット回線も今ほど良くなかったので、苦しい部分もありましたが、それでも何とか実現したい、という土壌がヤマハの技術者の間にはあって。
2009年頃に、インターネットに出ていかないローカルなネットワーク内でオーディオを飛ばすという技術の開発をしていたときに、ふと思い立って「これ、インターネットを経由したらどうなるんだろう」ということを試したんです。当時のADSL回線に繋いで、試してみたら「思ったより早いじゃん」ということに気が付きまして。もう少し工夫すれば、これはリアルタイムにオーディオのやり取りができそうだ、ということで開発を始めたんです。
——そこが出発点だったんですね……! 貴重なお話だ。
原:ただ、社内のエンジニアの方々とかも「あ、そっか。そういうのできるかもね」という反応はありつつ、同時にヤマハの社員というのはミュージシャンである人も多くて「遅延のあるところで演奏なんて」という考え方を前提として持っている方も多くて。今となってはお二方がおっしゃっていたように別モノとして見てもらえていますし、人間の適応力は意外と高い、ということが分かったのですが、当時はそんな反応でした。
それからもう一つ、当時の私たちにはユースケースが想像できなかったんですね。インターネットを介して音楽をやることに関する必然性が分からなかったというか。特に、音楽のセッションというのは、比較的高度なコミュニケーション形態じゃないですか。
堀江:そうですね。
原:知り合い同士だったら集まればいい。知らない人といきなり音楽をやる、しかも一緒にインターネットを介してセッションをするというのは、やる人が少ないんじゃないかと。少なからず、昔バンドをやっていたけれど、今は離ればなれの所に住んでいる友人同士が使う、といったユースケースは想像できましたが、あとはやってみないとわからないということで、試しにローンチした、というのが始まりです。
堀江:そうだったんですね……。いや、本当に「よくぞ作ってくれました」としか言いようがないですよ。我々のようにインターネットで音楽をやる者からしたら、祈りを捧げずにいられないというか。
NETDUETTOを作ってくれたから、我々は今も家にいながら音楽ライブをやれていますし、後のSYNCROOMで友人ができたり、今『VRChat』上で一緒に演奏をしたりできています。大げさじゃなく、文化の居場所を作ってくれた存在です。僕もEmnyecaさんも、SYNCROOMを作ってくれたヤマハさんや、「TopazChat(※)」を作ってくれたよしたかさんには頭が上がりませんから(笑)。
Emnyeca:本当にそうです。ありがとうございます……!
原:こちらこそ、本当に恐縮しっぱなしです。そう言っていただけると嬉しいです、ありがとうございます。
(※TopazChat:よしたか氏が開発・運営を行う『VRChat』向けの高音質・低遅延な音声・映像配信サービスで、個人利用では無償で使用可能。よしたか氏が個人で提供しているため、FANBOXなどで支援を募っている)
「ニコ生の凸待ち」が、他者との“セッション”の可能性を体現してくれた
——堀江さんの反応を見るに、実は多くの人が求めていた、みたいなこともありそうですが、実際にサービスをローンチした後の反応というのは、どのようなものだったのでしょう?
原:実は、NETDUETTOを出す少し前ぐらいから、インターネットの文化的には「ニコニコ生放送」のおかげで世相が変わっていた部分もあったんです。具体的に言えば、「凸待ち」文化が生まれて、それがインターネットユーザーの間でトレンドになっていた。
「ニコ生」の配信者が知らない人と通話して、その様子を配信して視聴者を楽しませるというのは、まさに先ほど私たちが考えていた高度なコミュニケーションそのものでした。我々が「珍しいケース」だと考えていたことが「よくあること」に変わっていく。そういう時代がやってきたことで「じゃあ知らない人とのセッションもあり得るのか?」と考え方が変わっていって。それで、一番最初にNETDUETTOをリリースしたときにドワンゴさんと「ニコ生セッション」というサービスを始めたんです。
堀江:ありましたね、懐かしい(笑)。
原:そういう文脈の中で、うまくインターネットと親和性の高いユーザーさんたちにキャッチしていただいて、沢山使ってもらえたんです。くわえて、これは私の勝手な感覚になりますが「インターネットユーザーが音楽をやっているのか」「音楽家がインターネットを始めるのか」で違いがあると思っていて。インターネットの文化だけでなく、ネットワークの知識にも理解があるような人たち、その中で音楽をやっている人たちが、様々なノウハウ・TIPSをたくさん広めてくれて、そのお陰でさらに普及が進んだのかなと。
——ニコ生の古き良き「凸待ち」文化がNETDUETTOの普及を後押ししていた、というのは面白いエピソードですね。まさに“誕生秘話”ですね。
原:そうですね。もちろん、デジタルネイティブな世代が台頭してきた時代ということもありましたし、それによってユーザーや我々の考え方が変わって「やれるかも」という風に感じていたのも大きかったですけれど。