『アフターAI』著者が、誰よりもAIをポジティブに語る2つの理由「スマホやクラウドの時にはなかったチャンスが目の前にある」
アメリカのエンタメ業界×AIで進む“二極化”
ーー日本ではエンタメとAIの話題がよく取り上げられますが、アメリカのエンタメ業界で注目されているトピックや動きがあれば教えてください。
シバタ:大きく二つの方向性があります。ひとつ目は、ハリウッドのような映画・ドラマクオリティのコンテンツ制作でのAI活用です。こちらは求められる品質基準が非常に高く、AIの誤った情報生成は許されないなど要件が厳しい分野ですが、多くのスタートアップがこの領域に挑戦しています。
もう一つはSNS向けの短尺コンテンツ分野です。例えば、教育とエンタメの中間的な領域で、学習コンテンツをInstagramやTikTok形式に変換するAIなどがあります。最近は子供が本を読まなくなっていると言われていますが、こうしたAIアプリは子供から見ればTikTokと変わらない感覚で使えるので、エンゲージメントを高めながら学習できます。
ーー超エンタープライズ向けと一般向けの二極化が進んでいるんですね。どちらが今後伸びるとお考えでしょうか?
シバタ:両方成長すると思います。ただ、ハリウッド向けは精度要求が高く、学習データの権利処理が課題です。特に一般向けに提供されているLLMはインターネット上のデータを学習しているため、違法にアップロードされた情報も含まれている可能性があり、権利侵害のリスクがあります。そのため、すべて権利処理済みの学習データのみで訓練したLLMを、大企業向けに提供する会社も出てきています。
これに関しては要件は厳しいですが、ディズニーとOpenAIの提携のように、エンタメ業界もAIを拒絶するだけでなく積極的に取り込む動きも出てきました。一方でマイクロコンテンツの方は自然発生的に多様な事例が生まれていますが、特にビジネスとして成立しやすいのは、さきほどお話しした教育要素が強い分野でしょう。
ーーディズニーとOpenAIだけでなく、NetflixのAI全面推進、Warner Music GroupやUniversal MusicがSunoやUdioと訴訟からライセンス契約へ転換など、エンタメ業界とAIの関係が「対立から共存」へ変化しています。この流れは今後、さらに広がると思いますか?
シバタ:2025年末時点では映像、音楽、出版の各分野において、「AIと真剣に向き合わなければビジネスが立ち行かなくなる」という認識が明確になっています。不法行為があれば訴訟になると思いますが、基本的には協調路線、つまり「AIとどう協業してビジネスを展開するか」という方向に進んでいくと考えています。
ーー日本では、Sora 2のリリース後にポケモンやジブリなどのIP(知的財産)が無断で動画生成される事例が多発し、業界団体が対応に乗り出しました。日本のコンテンツホルダーは、積極活用と権利保護、どちらの道を選ぶべきでしょうか?
シバタ:私の意見としては、AI活用を選ぶべきです。コンテンツ制作だけでなく、ディストリビューションやユーザー獲得まで含めて考えると、AI活用はもう避けられません。
ーー具体的な事例はありますか?
シバタ:Sora 2がリリースされた際、ホリエモンこと堀江貴文氏が自身の顔や映像の使用を許可したところ、さまざまな動画が大量に生成されました。これにより堀江氏の知名度がさらに上がるという効果がありました。このように、コンテンツ制作だけでなく、マーケティングやディストリビューションにもAIは有効です。その可能性も含めて、AIと向き合うべきだと思います。
ーー日本では日俳連(日本俳優連合)と伊藤忠グループが声優の音声データベースを立ち上げ、守りと攻めを両立させる取り組みが始まりました。クリエイターの権利保護とAI活用を両立している事例があれば教えてください。
シバタ:個別企業の取り組みとして、AP通信がOpenAIと提携してデータを提供する例などがあります。その中で興味深いのは検索連動広告の仕組みを最初に作ったBill Gross氏が創業した「ProRata.AI」という会社です。
この会社は、映像・音楽・報道各社から権利を預かり、それをLLMに提供します。そして、LLMが出力する際に、元の学習データがどれだけ使われたかをトラッキングし、LLMから得た収益をコンテンツ提供企業にレベニューシェア(分配)する仕組みを作りました。まさに検索連動広告のLLM版と言えるサービスです。こうした企業の登場により、検索エンジンやウェブサイトにはない、きちんと権利処理されたコンテンツがLLMで学習される流れが加速していくはずです。
AI時代の生存戦略
ーーAIと企業の共存が進む一方、多くの人はAIによる失業を懸念しています。
シバタ:まず前提として、現在ある職種が10年後も残るとは思いませんが、大半の人が失業するとも思いません。例えば、産業革命前は人口の9割が農業従事者でしたが、産業革命後は機械化により10%に減少しました。しかし8割の人が失業したわけではなく、製造業へ移行しました。製造業からサービス業への移行も同様です。
もちろん、現在の仕事がなくなる可能性はありますが、世の中全体で仕事がなくなるわけではありません。まずこの点を理解してください。
ーーその上で移行期間を乗り越えるために、個人としてはどのような心構えや準備が必要でしょうか。
シバタ:対応策は二つあります。ひとつ目は、誰よりも早くAIを使い倒すことです。AIに詳しい人は割合的にはまだ少ないので、今から積極的に使い込むことで、いきなりエキスパートになれる可能性は高いと思います。なので、仕事でもプライベートでもAIを活用し、使いこなせるようになることが生存戦略のひとつになるでしょう。
もうひとつは、その逆張りでAIが進出しにくい仕事を選ぶことです。例えば、水道管の修理はまだAIやロボットが対応できない分野です。こうしたAIの影響が大きくなっても、自分には影響が及びにくい領域を選ぶという戦略もあります。
ーー参考になる事例はありますか?
シバタ:ソフトウェアエンジニアが分かりやすい例です。4年前まで最も就職に困らず給与も高い職種でしたが、今は失業率が高くなっています。単純なコーディング作業はAIに置き換わりつつあります。ただし、AIにコードを書かせて、自分はより上流の仕事をするという働き方は可能です。
ーーつまり、AIを使いこなす側に行くか、AIから遠い領域で働くか、ということですね。
シバタ:その通りです。この二択が個人にとって有効な戦略だと考えています。
“AIネイティブ世代”に教えるべきこととは?
ーーAIで業務効率化が進み成果が出やすくなるとより高い生産性が求められ、シビアな競争環境になると思ったのですが、そういったAI効率化の先にある世界は、人間にとって幸せなのでしょうか。
シバタ:多くの人にとっては幸せだと思いますね。なぜなら、すでにAIは個人の好みで使うかどうかを決めるという次元を超えたものだからです。例えば、私はTeslaに乗っていますが、ほとんど自分で運転しません。一度自動運転を経験すると、もう戻れないんです。もっと身近な例では、このインタビューで使っている「Circleback」というAI議事録ツールがあります。これを使うと議事録やメモを取る必要がなくなりますが、一度使うともう手放せません。
これは洗濯機や掃除機と同じです。昔は手洗いやほうきでの掃除が当たり前でしたが、今それに戻りたい人はいないでしょう。パソコンも同様で、登場時は「使わない」と言っていた企業もありましたが、今やパソコンなしでは仕事になりません。AIもこれと同じで、一度その便利さを知るともう戻れない。そういう不可逆なものだと思いますね。
ーー今後、物心ついたときからAIがある「AIネイティブ世代」が登場します。教育現場や家庭では、この世代にどのようなことを教えるべきでしょうか。
シバタ:今後の社会生活でAIを全く使わないという選択肢はもうありません。InstagramやTikTokを見るなと言っても見るのと同じで、うちの子供たちもAIをどんどん使っています。当然、年齢に応じた制限は必要ですが、完全に使わせないことは不可能です。
ーーでは、何を教えるべきでしょうか?
シバタ:これは子供だけでなく大人にも言えることですが、何かにハマれるもの、熱中できるものを見つけることです。少し専門的な話をすると、AIは短期間で効率的に仕事をこなしますが、しつこく考え続けることは指示しない限りしません。この点はAIの苦手分野でもあります。
なので、仕事と関係あるかどうか、将来役立つかどうかは関係ありません。何かにハマって、それをずっとやり続ける能力が重要なんです。他人が努力と感じることを、努力という感覚なく、好きだから続けられる。これが最大の強みになります。
ーー最後に書籍『アフターAI』をどのようなきっかけで執筆されたか教えてください。
シバタ:さきほどもお話ししたように日本企業に非常に大きなチャンスがあると感じたことが、日本語で執筆した最大の理由です。日本企業が世界できちんと競争力を持って戦えるように、ソフトウェアの世界でも勝てるように頑張ってほしいという思いがあります。
特に日本の方々と話していると、スマホとクラウドという二つの大きな波でアメリカに完敗し、アメリカに多額の支払いをすることが当たり前になって、ある種の「負け癖」がついていると感じます。でも、AIは違います。スマホやクラウドの時にはなかったチャンスが、今、日本の目の前にあります。このことを伝えたかったんです。
ーー特にどのような方に読んでいただきたいですか?
シバタ:この本はビジネスパーソン向けのビジネス書ですが、アメリカの事例だけでなく、日本の各分野のエキスパートの方々にゲストとして参加いただき、日本の現状についても語っていただきました。読者の皆さんの現状に近い目線での内容が全体の3分の1ほどを占めているので、ぜひそうした部分も含めて読んでいただければと思っています。