「ゲーム機にスペックは必要かどうか」議論が白熱 ユーザーが実際に求めているものは?
ゲームファンのあいだで、「家庭用ゲーム機はスペックが高い方がいいのかどうか」という議論が長年にわたって繰り広げられてきたことをご存じだろうか。近ごろもSNS上でこの話題が大きな盛り上がりを見せていた。そこで本稿では実際にどんな意見が飛び交っていたのかを紹介しつつ、ゲーム業界の実情やユーザーが本当に求めているものについて考察していきたい。
スペックにまつわる議論の“本当の争点”は?
まず、“高いスペックは不要”と主張していた人々の意見をまとめると、「スペックの向上が面白さにつながるわけじゃない」といった考え方が共有されていた。とくにスペックをグラフィックと結び付けて考える人が多いようで、「グラフィックよりゲームの中身にこだわってほしい」などの意見が見受けられた。
その一方で“スペックの追求は必要”派の人々からは、「読み込み速度が上がって快適になる」といった恩恵を指摘する声が。また「描画能力が上がると表現できるものが増える」として、スペックの向上によって開発できるゲームの幅が広がることが指摘されていた。たしかにゲーム開発にあたって、ハードの処理性能が“天井”になるという側面は事実だろう。
とはいえ両者のあいだで本当の争点となっているのは、むしろ価格の問題ではないだろうか。高いスペックは不要だという人は、正確には「スペックの向上に伴い、ハードが高額化すること」に警戒心を抱いているものと思われる。
スペックを中心に売り出さなかったWiiの戦略
そもそもハードの開発競争の歴史においても、「スペックと価格の兼ね合い」は重要な争点となっていた。とくに有名なのは、高性能機を開発するソニーやマイクロソフトに対して、任天堂が2006年のWiiで大きな路線変更を打ち出したという話だ。
Wiiはあえてハード自体のスペックを重視するのではなく、コントローラーを動かして遊ぶ「Wiiリモコン」によって直感的な操作を導入。ゲームが苦手な層やファミリー層に向けたアピールを行った。それに伴い安価な価格を実現しており、当時のメーカー希望小売価格は25,000円。同年発売されたPlayStation 3の20GBモデルは49,980円なので、大きな価格の差が生じていた。
任天堂がその後生み出したNintendo Switchも、こうした方向性の先にあるハードで、2017年3月の発売時から32,978円と安価な設定だった。それに対してソニーが2020年11月に発売したPlayStation 5(ディスクドライブ搭載モデル)の定価は54,978円。しかもこれは価格が製造コストを下回る“逆ザヤ”の設定で、その後物価上昇の影響もあり何度か値上げされ、現在は79,980円となっている。(11月21日には日本国内専用モデルが発表され、そちらは55,000円で販売されている)
こうした背景があるからこそ、ユーザーのあいだで「スペックを追求するよりもハードの価格を抑えてほしい」という要望が目立つようになったのではないだろうか。
ゲーム開発者にとってスペックは「高ければ高いほうがよい」
しかしその一方、ゲーム機のスペックについてはもっと別の視点からも考える必要がある。たとえば今回の論争で、インディーゲームパブリッシャー「Amata Games」の高橋宏典氏は自身のX上に「ゲームを作る側からすると、ゲーム機の性能は高ければ高いほうがよい、です」という意見を投稿していた。その理由はリソース最適化のコストが下がり、「開発工程を削減できる」ことにあるという。これはゲーム開発者の目線からユーザーに可視化されづらいメリットを指摘しているという点で、貴重な意見と言えるだろう。
またゲームソフトのマルチプラットフォーム展開が、ハードのスペックに左右されるということも重要だ。たとえば『ホグワーツ・レガシー』のNintendo Switch版は、本来シームレスに移動できるマップでロード時間が発生する仕様となっていたことが議論を呼んだ。しかしよりスペックの高いNintendo Switch 2版に移植された『ホグワーツ・レガシー』では、グラフィックなどが向上している上、懸案のシームレス移動も実現された。
“高いスペックは不要”派が言うように、ハードのスペックとゲームの面白さは必ずしも比例しない。だが高スペックの恩恵は、ユーザーから見えにくい部分にも存在する。だとすればやはり問題は「スペックと価格の兼ね合い」にあり、単に価格を抑えるだけではユーザーのニーズを満たすことにならないのかもしれない。
理想を言えば、「手に入りやすい価格帯でなるべく高スペックな次世代機」が実現することを期待したいところ。それと同時に、WiiやNintendo Switchのように、スペックの値だけでは計れない“新たな進化”を模索する試みにも注目したい。