113年の伝統の中で初めての挑戦 早稲田大学広告研究会が仕掛ける「SNS戦略」の舞台裏
毎年、早稲田大学で開催される「早稲田祭」。
さまざまなサークルや学生団体が参加する日本最大級の学園祭として名高く、多くの催し物やステージイベントで盛り上がる。
早稲田祭の企画・運営はすべて学生が主体となっているのが特徴で、「勢い」や「明るさ」といった“学生らしさ”を感じる部分がありながらも、エンタメとして十分に楽しめるコンテンツも多い。
そんななか、早稲田大学広告研究会(以下、広告研究会)では、早稲田祭で注目を集めるイベントを毎年企画している。今年は“広告的視点からの課題解決”を掲げ、多様なバックグラウンドを持つ3名のゲストを迎えたトークイベントを実施した。
恒例の早稲田祭でのイベントを前に、その舞台裏では単なるイベントの成功にとどまらない、未来を見据えた壮大な戦略が練られていた。本記事では広告研究会の活動の裏側や組織運営、目指す未来像について迫っていく。
単なる学生サークルの枠を超えた「クリエイティブ集団」
広告研究会は今年で113年目を迎える長い歴史と伝統を持つサークルだ。「早稲田祭運営スタッフ」「放送研究会」と並ぶ早稲田大学3大サークルの一つであり、300名以上の早稲田生が所属する大規模な組織である。
1、2年生は「映像広告チーム」「グラフィック広告チーム」「広告戦略チーム」のいずれかに所属し、それぞれの専門領域で活動を行う。映像広告チームは 映像広告チームはCMなどの映像広告制作を担当、グラフィック広告チームはポスターなどの静止画広告、そして広告戦略チームは特定の媒体にとらわれないキャンペーンや企画立案を担当する。
そして、3年生になると、これらの3チームが統合された「広告実践チーム」に所属し、より自由な発想でイベント企画などに取り組むことになる。各チームの活動では、実際の企業をクライアントとしたプロジェクトが数多く進行しているという。
実績も伴っており、例えば映像広告チームではSMBC(三井住友銀行)主催のコンペティションで入賞し、現在も選考が進行中であるという。さらに、後期には新宿区をクライアントに迎え、デジタルサイネージで放映される映像広告を制作する予定があるほか、グラフィック広告チームでは伊藤園や雪印メグミルクといった大手企業の広告制作を手がけている。
こうしたプロジェクトは、学生たちが渉外担当として企業に直接連絡を取り、クライアントワークの提案を行うところからスタートするという。また、企業側から直接案件の依頼が来ることもあり、過去には読売新聞社やソフトバンクなどのクライアントワークも実現している。3年生が中心となる広告実践チームでは、東急歌舞伎町タワーでのイベント開催や、人気アーティストを招いた企画も進行中であり、その活動範囲は非常に多岐にわたっていると言えるだろう。
早稲田祭のトークイベントの広報を担当する宮島さんは、「広告研究会は単なる学生サークルの枠を超えた、プロフェッショナルなクリエイティブ集団としての側面を持っていて、企画立案から営業、制作、運営までを一貫して手がけている」と話した。
広告研究会は約10年前から、早稲田祭にて学生が抱える課題をテーマにしたトークイベントを開催してきた。ゲストの渉外から企画、運営、広報に至るまで、すべてを学生たちの手で行うのが伝統となっていて、毎回500人から700人規模の会場が満員になるほどの人気を博している。
今年のイベントで掲げられた中心的なテーマは「偏見」。
宮島さんはこのテーマを設定した背景について、「学生が持つ悩みを解決し、新しい価値観を与えることを目的としている」と語った。
現代社会に生きる学生たちが無意識のうちに抱く固定観念や思い込みに対し、多様な視点を提供することで、学生たちの視野を広げるきっかけを作りたいという思いが込められている。
このテーマを多角的に掘り下げるため、今年は元乃木坂46の新内眞衣さん、タレントのゆうちゃみさん、そしてラッパーのZORNさんの3名のゲストを招き、それぞれ独自のテーマでトークを繰り広げる3部構成のイベントを企画。
3つのトークイベントは、それぞれ60名から80名程度の学生スタッフによって運営されているそうだ。つまり、総勢200名以上の1、2年生がこのプロジェクトに携わっていることになる。
一般的なPR会社なら少数精鋭でやるところを大人数で担当するのは、まさにサークル活動ならではだろう。多くの学生が大きなイベントに関わることで、若い時期に貴重な経験を積むことができるわけである。
「告知ツール」から「育成型メディア」へ。フォロワーを“資産”に変える挑戦
こうしたなか、今年の広告研究会の活動において最も大きな変革と言えるのが「SNSの活用」である。
113年の歴史の中で初めて早稲田祭専用のInstagramアカウントを立ち上げ、「『広研』の常識を覆す、早大広研」を掲げ、SNSを使った情報発信に取り組み始めたのだ。
Instagramは単にイベントの集客を目的としたものではなく、広告研究会そのものの未来を見据えた、より大きな戦略の一環として位置づけられている。
これまでの早稲田祭のイベント広報は、その年ごとに個別のアカウントを作成し、イベントが終了するとその役割も終わるという単発的なものであった。そのため、せっかく集めたフォロワーという“資産”が次年度に引き継がれず、毎年ゼロからのスタートになっていたのが課題だったという。
宮島さんはこの課題を解決し、サークルとしての“資産”を形成するためのプラットフォーム作りを発案した。Instagramアカウントと公式LINEを軸に、今年のイベントで獲得したフォロワーや友だち登録者を維持し、来年以降のイベント広報やサークルの活動報告に活用していくことで、毎年ゼロから集客を始めるのではなく、既に広告研究会に関心を持つ層に対して直接アプローチできるようになるわけだ。
さらにその先には、広告研究会の「ブランディング強化」という目的がある。SNSを通じて継続的に情報発信を行うことで、「広告研究会のイベント」というブランドイメージを確立し、社会的な認知度と信頼性を高めていければ、より大規模なクライアントワークの獲得などに繋がる可能性もあるだろう。
つまり、広告研究会にとってのSNSは単なる「告知ツール」ではない。
サークルの活動を記録し、ファンを育て、未来の活動基盤を築くための「育成型メディア」へと役割を変容させたのだ。
離脱率の分析と仮説検証の繰り返しが成果につながった
また、運用面についてもデータに基づいた緻密な分析と仮説検証を繰り返しながら行っているという。特に重要視しているのが動画コンテンツの「離脱率」だと宮島さんは説明した。
InstagramのリールやTikTokのショート動画では、最初の数秒で視聴者の興味を引けるかが勝負の分かれ目になる。今回、3人のゲスト解禁動画をInstagramのリールで公開したところ、その再生数に驚くべき差が生まれたと宮島さんは述べた。
最も再生されたのが新内眞衣さんの動画(再生数 約50万回再生)。
冒頭のテロップを「元乃木坂46が早稲田祭で一体何を?」という、期待感を煽るものにしたことで、乃木坂46のファンだけでなく、「何が起こるんだろう」と興味を持った幅広い層の視聴者をキャッチすることに成功し、約30万回も再生されたそうだ。
他方で、武道館ライブを成功させるほどの人気アーティストであるZORNさんの動画は、何が始まるのかが分かるまでに時間がかかりすぎてしまったことから再生数が伸び悩んだ。宮島さんは「SNSのタイムライン上では、最初の数秒で興味を引けなければすぐにスルーされてしまう」と分析した。
また、ゆうちゃみさんの動画では「早稲田祭×令和の白ギャル」という表現を用いたが、ターゲットが「早稲田祭に興味がある人」に限定されてしまい、ゆうちゃみさんの知名度を活かした広いリーチができなかったとのこと。
この結果から、ゲストの知名度だけではSNSで動画は拡散されないこと。そして、いかに最初のフックで視聴者の興味を引くかが肝になるという明確な学びを得たと宮島さんは語った。
さらに、宮島さんはInstagramのアルゴリズムを学び、ある仮説を立てて施策を実行したという。その仮説とは、「反応の良い投稿を連続させると、アカウント自体の評価がInstagram側から高められ、他の投稿も『おすすめ』に表示されやすくなる」というもの。
この仮説を検証するため、3名のゲスト解禁動画を3日間連続で投稿し、その前後に映像広告チームが制作した広告研究会のWeb CM動画を配置するという投稿戦略を取った。ゲスト解禁動画は高いエンゲージメントが期待できるため、これらを集中投下することでアカウントの勢いを最大化させる狙いだ。
結果は仮説通りで、ゲスト解禁動画の高い反応に引っ張られる形で、本来であれば伸びにくいとされるWeb CM動画が、それぞれ25万再生と42万再生という驚異的な数字を記録したのだ。感覚だけに頼らずに、投稿の順番とタイミングを戦略的に設計したことで成し得た成果だと言える。
「必要とされるサークル」を目指して。SNS戦略で描く広告研究会の未来
今回のSNS戦略の変革は、広告研究会の未来像を大きく変えるきっかけになるのではないだろうか。宮島さんは育てたSNSプラットフォームの将来的な活用法について構想を明かした。
「このアカウントが大きな影響力を持てば、他のサークルも広報のために利用したいと思うはずです。将来的には早稲田大学の中で広告研究会が『必要とされるサークル』として認知され、私たちの運営するSNSがサークル間の連携を促進する“ハブ”のような存在になれるのではないかと考えています」
「3年から5年後には1万フォロワー規模のアカウントに育てるのを目指したい」
113年の伝統を重んじながらも、時代の変化を的確に捉え、新たな価値を生み出す。
緻密なSNS戦略、大規模なイベント運営、未来を見据えた組織作りなど、広告研究会が次の大きな飛躍に向けて挑戦していく行方を、今後も注目していきたい。