配信技研・中村鮎葉に聞く、個人配信者の“演出論” コアリスナー確保への具体策を『Voicemod』を例に解説

 配信者の全盛時代が到来してはや数年、日々さまざまなコンテンツが生み出され、巨大なファンダムを築いている。同時に、市場の拡大により新規参入者が増え、あっという間にレッドオーシャンへと化した。

 いま活躍する多くのトップストリーマー、VTuberたちでも、「自分の時はここまでじゃなかった」「運が良かった」と時折口にする程度には、今の配信業界で一定の注目を集めるのは大変だ。

 しかし、こうした中でも自身の強みや得意分野をユニークに見せることで頭角を現すものはいる。人口が増え、飽和状態と言っても良い現在において、今から「面白い配信」を作ってファンを増やすにはどうすればよいのだろうか。

 プレイするゲームなどのコンテンツや、視聴者を楽しませるトークも重要だが、配信を「個人の番組」ととらえて構成や演出を考えるのも重要なポイントだろう。今回は、多くのストリーマーやVTuberたちを技術面から支える配信技研の中村鮎葉氏に話を聞いた。(編集部)

爆発的に拡大した「ストリーマー市場」 膨大な視聴者はどこからやってきた?

配信技研・中村鮎葉氏

——昨今のインフルエンサー業界において、ストリーマー/配信者はものすごい認知と人気を獲得しています。今ではこのストリーマー人口自体もかなり増えていますが、こうした状況に至るまでの、中村さんから見た変遷について教えてください。大きなターニングポイントはいつ頃だったのでしょうか?

中村鮎葉(以下、中村):大体世の中の印象と、我々の考えは一致していると思うんですけど、一番大きなターニングポイントは2017年の4月頃ではないでしょうか。いわゆる「バトルロワイヤル系ゲーム」の有名作にして金字塔『PUBG(現:PUBG: BATTLEGROUNDS/当時:PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS)』が出た頃です。

PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS - Steam Early Access Launch Trailer

 それ以前というのは、個人の配信者にスポットが当たるというよりも、サービス単位に注目が集まっていた時代でした。ニコニコ生放送やUstream、そしてTwitchとさまざまなサービスがあり、かつ日本は特に独自サービスが多い国だったので「どこで配信をするのか」というのがよく語られていました。

 そして、2015年ごろになると「何のイベントや番組、大会を観るのか」という方向に風向きが変わっていきます。『リーグ・オブ・レジェンド』なら『LJL(League of Legends Japan League)』、「ストリートファイター」シリーズなら『CPT(CAPCOM Pro Tour)』といったように、視聴者がイベントに集まっていました。

LJL2015 GrandChampionShip GAME5 & Ending

 こうした状況が『PUBG』の登場以降、一気に変わって「個人」が強くなった印象があります。好きなイベントに出ていた人の配信を見るとか、好きなゲームのストリーマーを見るという流れから、“好きなストリーマー”を見るようになったんですね。そしてその人たちに「お金を払う」というのが一般化したのも2017年でしたし、「自分も個人配信者になりたい」と思う人が増えてきたのもこれ以降だと感じています。

——そのように配信者がプレゼンスを増していった、ある種の市民権を得たことで「ストリーマーとして活動すること」が趣味として広まっていったと。今となってはものすごい数の配信者が世の中にいますが、この動きが加速したのはいつ頃でしょうか?

中村:配信者の人口を正確に追いきれている訳ではありませんが、我々が持っている指標に照らすと2020年3月頃からだと思います。いわゆる流行病によって緊急事態宣言が発令された時期で、世界的にもロックダウンなどによって「みんなが家にいる」ようになった結果、ライブ配信の視聴時間が爆増したんです。

 たとえば、2020年1月時点での日本のライブ配信市場は、全総視聴時間が月間30億分ほどだったのですが、2025年現在ではこれが月間130億分ほどになっていて、約4倍にも成長しているんですね。クリエイター、つまり配信をする人も増えたし、1人当たりの配信者につく視聴者も増えています。

〈引用:https://www.giken.tv/news/sep25-channels〉

 さらに他のメディアではなく「ライブ配信」を選び、かつそこに長時間滞在するユーザーが増えていて、そこにある種定住するユーザーも増えました。ゲーム業界やオンラインサービスはインフレーションの後に下がっていったところもあるんですが、ライブ配信に関しては横ばいのままで、コロナ禍の時期に得た視聴者数を維持している傾向があります。ここが大きな特徴と言えます。

——YouTuberのファンや、音楽シーンのファンたちが流れていった……みたいな、「どこから来た論」が語られることもありますよね。中村さんの肌感ではいかがでしょうか?

中村:あくまで私の肌感にはなりますし、プライバシーの問題もありますから、そこについて正確にトラッキングすることは難しいのですが、文化的に、あるいは背景や経緯を踏まえるとあながち間違いでもないと思います。たとえばですが、今ストリーマーを熱心に見ている若年層のうち、一定数はYouTuberの動画を視聴していた可能性が高いでしょうし、こういった「世代」の要素はあると思います。

 とはいえ、全員が全員そこから移ってきたとは言えないでしょう。「初めて触れたインターネットのコンテンツはストリーマーです」という、“ストリーマーネイティブ”な世代も増えています。

 また音楽やアイドルといった「別の領域」から来た人もいるはずで、こうした人たちは「視聴者」でありながら「音楽/アイドルのファン」を両立していたりもします。

規模は拡大したが、競争も激しくレッドオーシャン化

——さまざまな趣味を並行して楽しむ中のひとつ、あるいはその中心にゲーム配信者がいる、という層もいると。視聴者が増えた一方で、配信する側にとってはある種の工夫が求められる時代でもあるのかなと思いますが、いかがでしょうか。ただゲームをしているだけでは、なかなか見てもらえないんだろうな、という気がします。

中村:ただゲームをしているだけでは視聴されない、というのは結構昔からそうなんですよね。人気者がいる一方で、そうでない人たちもいるというのは昔から変わらない。ただ、単純にクリエイター人口が増えている分、見てもらえない人の人口は増えているはずです。昔は、月に20万人近い人たちがライブ配信をしている社会ではなかったので。

——そういった個人配信者たちは、今後どのように活動していくとよいのでしょうか。

中村:先に「正しくないやり方」のお話をすると、視聴者をとにかく増やそうとしちゃう人が多いんです。とにかく視聴者数を増やそうというロジックで、面白いことだけでなくとにかくド派手なことや、やばいことをしようとしてしまう。

 それから、人気タイトルをとにかくプレイしようという人も多いですね。おそらく、多くのメディアではそれが正しいんです。Xであったりとか、YouTubeの攻略動画であればそれがよいのですが、ライブ配信では少し事情が異なる。視聴者の目線としては、たとえば『LoL』だったららいじんさんを観るんじゃダメなのか、『ストリートファイター6』ならウメハラさんじゃダメなのか、となってしまう。どんなクリエイターであっても全員同じジレンマに陥ります。でも、それを超えなければいけない。そのロジックを超えられず、配信者として活動することを諦めてしまう人も多い。

 そうではなく、違う方向から攻めないといけないんですよね。面白いかどうかではなく、まずは視聴者を“確保”しないといけない。これは先ほどまで話していた視聴者数を増やすこととは異なる意味で、つまり「自分をナンバーワンだと思ってくれる視聴者」を何人獲得できるか、ということです。

——「固定ファン」や「常連さん」を作るみたいな感覚でしょうか?

中村:はい。既存のイベントに呼ばれるようなクリエイターたちではなく、“あなた”を選んでいるということを意識するんです。面白いかどうか、人気者かどうかではなく、居心地がいいとか、コメント欄に知り合いがいるとか、会話ができるからとか、そういう理由であなたの配信を選んでいるはずです。

 そういう知り合い・友人を綿密に作っていくのが一番の近道です。まずは交友関係を広げてていく。視聴者って、そういうところからひとり、ふたりとじわじわ増えていくんですね。

10年で進化し、変容した「ライブ配信機材」の世界

——「一緒に普段ゲームをして遊んでいる○○さん、配信とかもやってるっぽいよ」という、友だちヅテで観に行くことは確かにありますね。さて、配信技研ならではの話題として、機材や技術についても伺っていきたいと思います。機材の進化も10年でものすごい進化しましたよね。個人でもスタジオクオリティの映像を作れるようになりました。

中村:もともと10年前、ライブ配信というのは「スタジオ」からやるのが当たり前でしたね。大きな部屋に机があって、4人ぐらいが並んでピンマイクをつけて、グリーンバックがあってカメラが複数台あって、スイッチャーもいて……。ただ、今は自宅から配信するのが主流ですから、求められるものも変わってきていますね。

【闘会議TV】「『スーパーマリオメーカー』みんなのフルコース」2015/9/14放送(前半)

 「向き不向きの問題」で、大型のカメラに、バズーカみたいな大型の照明、しっかりとしたピンマイク。お金もかかっているから「良いもの」が出てくる……とは限らない。個人配信やライブ配信に向いている技術というものはあって、たとえばマイクひとつとってもタイピング音を拾いづらいマイクを選びましょう、とか。ピンマイクというのは意外とタイピング音を拾ってしまうんですね。視聴者や配信者の居心地がいい技術とも言えますね。

スマブラ大会を企業がやったらいくら予算かかる?

——そうした中で、一番気を遣うべきものでいうと?

中村:一番大事なのは音ですね。専門分野ではありませんが、音というのは運動とか本能を司る部分で感じるものなので、ロジックで判断していないんですよね。視覚情報はロジックで処理できるのですが、音はそうではない。たとえば、通話会議で「マイクの音質が悪い上司」と「カメラの画質が悪い上司」で、どちらの方がイヤかと言われたら、間違いなく前者だと思うんです。

 音質が悪いっていうのは一番居場所としてストレスになるんですよね。視聴者が嫌な思いをしないために、ひいては逃げられてしまわないように「音質」を重要視するんです。

OBSでのマイク設定を語るキムラ【2025/4/9切り抜き】

——確かに、音楽でも「心地よい和音」とか「不安になる不協和音」とかがありますよね。あとは、先人に学ぶ意味も込めて中村さんがこれまでいろいろな配信者を見てきて思う「これは導入すべきアイテム・ツール」があれば教えてください。

中村:これはもういろいろある……というか、無限にありますよね(笑)。たとえばですけれど、ちょっといいカメラを買うぐらいだったら照明を買った方が良いですよ、とオススメすることはよくあります。これはやっぱりいい表情になるので、変わってきます。

 また先ほどの話と被りますがマイクもですね。昔はヘッドセットについているものを使っている人が多かったのですが、配信をする人だったら別途コンデンサーやダイナミックマイクを買う人が増えていますよね。人によっては音量調整ができるという理由で配信用マイクとゲーム内VCで使用するマイクを分けているパターンもありますね。関連するところでいうと、マイクアームも進化してきましたね。ロープロファイルだったり、ハイライズだったり、配信がしやすいようにどんどん進化してきました。

 特に意外だったアイテムでいうと、Elgato(エルガト)の『Stream Deck(ストリームデック)』は、ここまで広まると思っていませんでした。ワンタッチでショートカットを使えるデバイスをみんな欲しがるんだ、と(笑)。きっとこれも、iPhoneとかと同じような概念なんでしょうね。

Stream Deckって、なに?|使い方ガイド

——Elgatoは配信機材のメーカーですが、今ではちょっとガジェットが好きな人であれば欲しがるようなアイテムになっていますよね。

中村:エフェクトを入れられるとか、『OBS Studio(配信用のソフトウェア)』のシーンチェンジがワンボタンでできるとか、これが広がっていること自体が、配信文化の醸成が進んできた感じがしますね。

 少し話は変わりますが、今VTuberをやる人、あるいはそのファンだったら「Live2D」という言葉は誰でも知ってるし、『VTuber Studio』なんていう言葉も本来は作ってる側のマニアックなツールでした。それを今やこんなに沢山の人が知っているというのは、すごい進化です。10年前だったらあり得ませんからね、視聴者から「キャリブレーションできてなくない?」みたいなコメントが“アドバイス”として付くなんて(笑)。ものすごくリテラシーが向上したんだなと実感させられます。

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