なぜアドビは交流イベントで「ZINE」を配ったか 生成AI時代に再確認するクリエイターとの“絆”
各国のビジュアルアーティストが集まるアドビ主催の交流イベント、『All Acces :Tokyo by Adobe Creative Club(以下、All Acces :Tokyo)』が11月7日、表参道Wall&Wallにて開催された。
『All Acces :Tokyo』は、アドビがクリエイターやアーティスト同士をつなげることを目的に開催されたイベントであると同時に、10月に米国・マイアミで開催された世界最大級のクリエイティブカンファレンス『Adobe MAX 2025』のエッセンスを凝縮し、日本のクリエイターコミュニティのためだけに再構成した、いわば“Mini MAX”とも言えるプレミアムな場となった。
イベントのホストを務めたのは、アーティストとしても活躍するアドビのコミュニティ・リレーションシップ・マネージャー、目黒ケイ氏 。会場には約90名のクリエイターが招待され、熱気あふれるセッションと交流が行われた 。本稿では、来日した4名のスペシャルゲストによる最新機能のデモンストレーションなどについて紹介する。『Adobe Max 2025』の復習としてもぜひチェックしてほしい。(赤井大祐)
クリエイティブの「発想」を加速させる「Firefly Board」とパートナーモデル連携
トップバッターとして登場したのは、『Photoshop』および生成AI『Adobe Firefly』の最新機能を解説するシニア・ワールドワイド・エバンジェリスト、ポール・トラニ(Paul Trani)氏だ。
最大のトピックは、WEB版Fireflyにおける新機能「Firefly Board(ファイアフライ ボード)」。 これは、画像の生成から編集、リミックスまでを“無限のキャンバス(Infinite Canvas)”上でシームレスに行えるムードボード作成ツールだ。これまで生成AIを利用する際、プロンプトで試行錯誤した履歴や生成物は散逸しがちだったが、これらを一元管理し、整理・比較検討できるようになったことで、ワークフローの効率が劇的に向上する。
また、特筆すべき新機能として「サードパーティ製AIモデル」への対応にも注目したい。有料版の契約など条件を満たしていれば、Googleの「Gemini」や「FLUX」といったパートナー企業のAIモデルをFirefly上で選択・利用できるようになった。これにより、アドビのモデルだけでなく、用途に応じて最適な生成エンジンを使い分けることが可能になる。
さらに、企業やクリエイターにとって待望の機能と言えるのが「Custom Models(カスタムモデル)」だろう。これは自分のイラストやブランドのアセットをAIに学習させ、そのスタイルに沿った画像を生成できる機能だ。 デモでは、自身の作風を学習させることで、自分では想像もしなかったランダムな要素や新しいアイデアをAIが提案してくれる可能性が語られた。質疑応答では「学習させたモデルを他者と共有できるか?」という問いに対し、「現在はできないが、将来的にモデル自体をライセンシングしてスタイルを販売できたら面白い」といった展望も語られ、AIとクリエイターによる「共存の未来」が垣間見えた。
イラストの概念を覆す新機能 Illustrator「Project Turntable」
続いて登壇したのは、シニアデザインエバンジェリストのマイケル・フーゴソ(Michael Fugoso)氏。『Illustrator』のパフォーマンス向上と、ベクターデザインの常識を覆す新機能を紹介した。
まず強調されたのは、圧倒的なパフォーマンスの向上だ。3,000以上のレイヤーに分かれた複雑かつ巨大なベクターデータであっても、スムーズに拡大縮小や移動ができる様子が実演された。
そして、会場を最も沸かせたのが、『Adobe MAX』の「Sneaks(開発中の機能を“チラ見せ”するコーナー)」で発表され、ベータ機能として紹介された「Project Turntable(プロジェクト ターンテーブル)」だ。 従来の2Dイラストレーションでは、描いたキャラクターやオブジェクトの角度を変える場合、描き直しが必要だった。しかし、この機能を使えば、ベクターデータのまま、キャラクターだけでなく背景を含めて3Dオブジェクトのように回転させることができる。「今までよりもサクサク動く」というデモの通り、2Dのベクターアートとしての愛らしさを残したまま、あらゆる角度からの見た目を生成できるこの機能は、パッケージデザインやキャラクターデザインの現場が一変することは間違いない。
AIが“相棒”になる未来を垣間見せた「Project Moonlight」
3人目の登壇者、デザインエバンジェリストのケルシー・スレイ(Kelsey Slay)氏は、全く新しいAIエージェント「Project Moonlight(プロジェクト ムーンライト)」を日本で初めてデモンストレーションしてくれた。
Project Moonlightとは、単なるツールではなく、複数のアドビアプリを横断してサポートする「クリエイティブパートナー」としてのAIを指す。この機能では、Firefly上のデータや自身のアセットをリンクさせながら、チャット形式でAIに相談ができる。例えば、「複数枚の画像をInstagram投稿用に調整してほしい」と依頼すれば、PhotoshopやLightroomと連携して処理を行ってくれる、という具合だ。
このProject Moonlightによって、ソーシャルメディアとアドビ製品の連携機能はさらに強力になった。たとえば、これまでの自分のInstagramの投稿傾向やパフォーマンスデータを分析させた上で、「次はどんな投稿をすべきか」といった、データドリブンな提案を受けることが可能となった。 質疑応答で参加者から「『ChatGPT』のようなものか?」と問われると、スレイ氏は「似ているが、アドビのツールと深く連携し、アドビユーザーに特化している点が異なる」と回答。既存のFireflyがクリエイティブパートナーだとすれば、Moonlightはなんでも相談できる頼れるプロジェクトパートナーといったところだろうか。
動画編集の「尺」と「音」を自在に生成
最後に登壇したのは、"レジェンド"の異名を持つプリンシパル・ワールドワイド・エバンジェリスト、ジェイソン・レヴィーン(Jason Levine)氏。8年ぶりの登壇となる彼が紹介したのは、『Premiere(旧:Premiere Pro)』の劇的な進化だ。
ひとつめは、動画編集者の頭を悩ませる「尺」の問題を解決してくれる機能、Firefly Video Modelを搭載した「Generative Extend(生成拡張)」だ。これを利用すると、たとえばクリップの長さが足りない場合、AIが映像と音声を生成して自然に尺を伸ばしてくれる。
また、実用性という面で注目されたのは「テキストベース編集」の強化だろう。動画内の「えー」「あー」といったフィラー、不適切な言葉(Fワードなど)を自動検出し、カットしたりビープ音に置き換えたりする機能が実装された。ユニークなのは、このビープ音を「犬の鳴き声」や「アヒルの声」、あるいは無音など、カスタムサウンドに変更できる遊び心だ。
さらに、動画制作のラストワンマイルを埋める「Generate Soundtrack」も発表された。動画をアップロードするとAIが内容を分析し、スタイル、ムード、テンポなどのタグを自動で生成。それらの情報に基づいて、著作権フリーで商用利用も可能なBGMを生成してくれるというもの。SNS全盛の今、権利関係を気にせず使える高品質な音楽生成は、動画クリエイターにとって心強い武器となるだろう。
「ツールを使うのは人間だから」 ZINEに込められた想い
イベントの最後には、参加者全員にお土産として一冊のZINEが手渡された。 タイトルは『Community ZINE』。今回が記念すべき「Vol.0」となる。
このZINEの発刊には、本イベントを企画した目黒ケイ氏の強い思いがあるという。 画家としてのバックグラウンドを持つ目黒氏は、2025年4月にアドビに入社。クリエイター(ユーザー)としての視点と、“アドビの中の人”としての視点の両方を持ちながら、このイベントの開催を推し進めてきた。目黒氏は、次のように語る。
「アドビという企業は巨大すぎて漠然として見えてしまうことがあります。でも、私たちの活動はクリエイターの皆さんがいてこそ成り立っている。だからこそ、デジタルだけでなく、目に見える『手触りのあるもの』でコミュニティを繋ぎたかったんです」
ZINEには、今回参加したクリエイターを含む10名の作品が掲載されている。文字による説明は最小限に、ビジュアルアーティストたちの「作品」そのものを前面に押し出した構成だ。これは、アドビのツールを使って何が生み出されているのかを可視化し、クリエイター同士が互いの活動を知り、刺激し合うためのメディアとなる。
『Community ZINE』は今後、四半期ごとの発行を予定しているという。リング綴じの仕様にすることで、集めたページを束ねて自分だけのアーカイブを作れるような工夫も凝らされており、目黒氏も「みんなでZINEを作る文化を根付かせたい」と今後に向けた意欲を見せた。
AIの進化や普及も相まって、多くのデジタルツールはクリエイターの創作活動にとって今まで以上に重要なものとなっていくだろう。その過程においてアドビがクリエイターやそのコミュニティとどのようなリレーションを築き、発展させていくのか注目したい。