Audibleで村上龍&恩田陸の2作品を朗読 俳優・濱田岳が明かした「オーディオブック」ならではの挑戦
Amazonが提供する「聴く読書」をコンセプトとしたオーディオブックサービス「Amazonオーディブル」(以下、Audible)が、日本サービス開始10周年を迎えた。これを記念する発表会では、同社のオーディオブックに対する新たな取組が数多く発表された他、今回新作の朗読を担当した俳優・濱田岳を招いてのトークショーも開催され、話題を呼んでいる。
リアルサウンドテック編集部では、そんな濱田岳に単独インタビュー。Audible収録について、普段の俳優業との共通点と相違点、朗読へのこだわりなど、じっくり話を聞いた。
耳からでしか感じられない没入感が、Audibleの魅力です
ーー濱田さんがAudibleの朗読を担当するのは、今回が初めてと聞きました。オーディオブックとして一般的な朗読とも違う挑戦のように思えますが、どういう気持ちで収録に臨みましたか。
濱田:AudibleについてはテレビCMで知っていたので、不安やドキドキよりも、楽しみな気持ちが強くありました。おっしゃる通り、やっぱり挑戦だなっていう感じがすごくしていました。
今回お話をいただいた『Q&A』(恩田陸)と『イン ザ・ミソスープ』(村上龍)は、二本とも自分の中でも大好きな、読みやすい作品であったというのがすごく大きかったですね。
特に『Q&A』はちょっと特殊な作風で、質問者と回答側のふたりの会話劇風の構成なので、一人二役を演じている感覚に近かったですね。そういった意味では普段の演技と大きく変わるわけではなかったから、楽しく臨めたと思います。
ーーその『Q&A』ですが、段落ごとに登場人物が男性ふたりだったり、男性と女性、あるいは女性と子どもといった様々な組み合わせが登場します。それだけの人物を演じ分けていく難しさはありましたか?
濱田:そこは、やってみて難しいなというふうに思った点ではあります。通常の俳優業だと一人の人生について深く演じるんですけど、今回は多くの人生を演じることができる……と、捉え方によってはすごく贅沢な時間だったなとも思うので、もちろん僕自身たいへんではありましたけど、すごく楽しい時間でもありました。
『Q&A』は、読者が点を拾い集めて線を紡いでいく、という独特な小説だと思います。その意味で、この小説にしかない爽快感があって、それは僕自身も楽しかったし、Audibleで聴いていただいている人も共有してもらえたらと思いました。
ーー朗読では、最後まで謎を明かさないようにしていくという意味でも、難しい演技が求められると思います。そのあたりはいかがでしたか?
濱田:普段の仕事でも台本には結末が書いてあるので、そこにどう整合性を持って与えられたキャラクターを演じていくかっていうのは、いつもの作業と大きく変わった点はなかったと思います。
技術的には女性ふたりを演じる、男性と子供を演じ分けるといったことは普通の俳優業では起こりえない状況だったので、そこはすごくたいへんだったし、勉強にもなりました。特に女性らしい言い回しであったり、息遣い、子どもっぽさなどを狙いすぎたら、あの素晴らしい作品に不要なイメージをつけてしまうかもしれないので、その塩梅を現場の皆さんと調節していくのがたいへんでした。
今回はそこについて、噺家の師匠をイメージしました。噺家さんは年配の男性であっても、噺の中で色っぽい吉原の花魁に見える瞬間があったりしますよね。もちろん熟練の技があってこそでしょうが、声だけの演技でああいう風に色っぽくできるんだと、恐れず臨もうと思いました。
ーーもうひとつの『イン ザ・ミソスープ』も、かなり独特な作品で、登場人物のケンジ、フランク、ジェンはそれぞれ癖が強いキャラクターです。演じるに際して苦労した点はありましたか?
濱田:『イン ザ・ミソスープ』の場合は、割とテンポがいい、読みやすい小説だと思うんです。だから僕もそれに乗せてもらって、どちらかというと楽しく読めたんですけど、確かに演じ分けの苦労はありました。
ケンジとフランクは英語でしゃべっているけれど、本に書いてあるのは日本語なので、ケンジのセリフを片言風にしゃべることで英語力を表現する。フランクはフランクで、日本文化を理解している程度の英語のニュアンスで話す。そこのちょっとした気持ち悪さもこの本の大事なところじゃないかと思って演じました。かなり試行錯誤して、具合が悪くなるまでチャレンジしていました(笑)。
ーー普段ドラマや舞台で濱田さんが体を使って演じられている時と、オーディオブックで声だけで演じる時では、意識の違いというものはあるんでしょうか?
濱田:テンションが上がって、キャラクターになりきってしまうと、体のどこかが動いてしまうのが癖なんだなと思いました。普段の演技では、いかに表情であったり、動きといったものでキャラクターを説明しているかを再認識したのです。一方で声色だけでその人の動きを表現しなきゃいけないっていうのは、難しいことだと思ったし、そういう部分では勉強になりました。
ーーオーディオブックならではの演技が求められる部分も大きかったんですね。
濱田:今回は、やりやすい小説を担当させていただいたなって思います。『Q&A』は舞台や映画にするとなると、ふたりの役者の演技合戦になると思うんです。でもオーディオブックで、一人二役で好き放題に演じられるっていうのは、俳優業で考えたら贅沢な状況だと思います。その演じ分けは辛くもあり、楽しくもありました。
またこれもAudibleの魅力だと思うんですけど、自分で読んでいる声が耳から聴こえることで、黙読とは違う没入感があるというか、テンションが上がっていく感覚があったんです。これは、聴いていただいている方とも共有したいなと思いました。
ーー今回の朗読では、意識的にわかりやすく演じ分けるといったことはしなかったんですね。
濱田:小説という完成されたものがあるから、僕自身もそこから大きくアレンジしたくなかったというか、作家さんが生み出した作品に沿いながら、生身の声を届けたいっていうのが目標でした。そこは生意気ながらも目指したところではあります。
ーー収録に際して、制作部門からリクエストされたこと、演技に関連した希望などはあったのでしょうか?
濱田:そこは読み手それぞれのアプローチだと思うんですが、僕の場合は演出の方とニュアンスの調整というか、会話で整合性が取れているかを確認していました。
演技をしすぎると、朗読ではなくラジオドラマになってしまいます。でもAudibleの場合、小説を聴いていただくという大きな前提があるから、やりすぎていないかというニュアンスの調整を、監督や演出の方と相談ながら進めていきました。
作家さんに対してのリスペクトも大事だと思っていますので、ゴリゴリに演技しまくるのは、僕はちょっと違うのかなと思ったりして、現場で皆さんと話しながら進めています。
ーー今後濱田さんがAudibleで朗読してみたいジャンルとか本はありますか?
濱田:今回はAudibleならではのハラハラ感、ゾクゾク感の詰まった小説をやらせていただいたので、この挑んでいく感じは癖になりそうですね。ただ、また機会をいただけるのであれば、優しい内容の動物図鑑の朗読とか、そういうことにもチャレンジさせてもらいたいと思います(笑)。
ーー『Q&A』は11月28日、『イン ザ・ミソスープ』は2026年春から配信が始まります。リスナーにはどんな風に楽しんでもらいたいですか。
濱田:Audibleを聴いてくれるのは、読書が好きな方が多いと思います。そんな皆さんに対して朗読するというのは、読み手としても結構チャレンジングなことだと思うんです。一方で朗読した人間としては、耳からでしか感じられない没入感が、Audibleの魅力だなと思うので、その世界に自分の声で皆さんを引き込むことができたら幸せなことだなぁと思うし、それを目指して頑張ったので、聴いて楽しんでいただけたら嬉しいです。
●参考資料
https://www.audible.co.jp