『Ghost of Yōtei』の音楽は、山崎ハコなど70年代フォークがモチーフだった 作曲家・乙羽柊満が語る“楽曲制作の裏側”
10月2日にPlayStation 5専用ソフト『Ghost of Yōtei』が発売されてから、1カ月あまり。日本でも大きな話題となった前作『Ghost of Tsushima』から約5年を経た、待望の「Ghost」シリーズの新作ということで、今もじっくり蝦夷地の旅に浸っているというプレイヤーも多いのではないだろうか。
「アメリカの会社が手掛けた、封建時代の日本を舞台としたフィクション」である同作は、シナリオやビジュアルなど、細部においてその事実に自覚的であり、恐らくは膨大な工数をかけて作られたであろう隅々に至る丁寧な作り込みに魅了される一方で、時には伝統的な考え方だけではなかなか思いつかないのではと思わせるような大胆な発想に驚かされる。そのコントラストこそが、「Ghost」というシリーズの真の魅力ともいえるだろう。
それはサウンドトラックにおいても同様だ。前作では梅林茂(映画『陰陽師』、『ハンニバル・ライジング』など)とイラン・エシュケリ(映画『47RONIN』、『キック・アス』など)による日英の作曲家のコラボレーションによって制作されていたが、本作では体制を一新し、これまで『マイティソー・バトルロイヤル』などのハリウッドの大作映画や、PlayStation 5『ラチェット&クランク パラレル・トラブル』といったAAAタイトルの楽曲を手掛けてきた乙羽柊満が起用されている。
一見すると、意外な人選に感じられるかもしれないが、実際に遊んだプレイヤーであれば、印象的な場面で流れる「Atsu’s Theme」を筆頭に、本作もまた素晴らしいサウンドトラックに仕上がっているということは、既に実感していることだろう。
本稿では、乙羽氏へのインタビューを通して、サウンドトラックの制作秘話や、自身が感じる『Ghost of Yōtei』の魅力について聞いた。そこから見えてくるのは、伝統や文化をリスペクトしながら、「今までにない、新しい何か」を作ろうとするチーム全体の野心と、ゲームという文化が持つ面白さだった。(ノイ村)
1970年代の日本のフォークソングが、主人公・篤を描くルーツになった
ーー前作『Ghost of Tsushima』については、どのような印象を抱いていましたか?
乙羽柊満(以下、乙羽):日本に対する忠実さというのが、ものすごく細かく表現されていますよね。創作の部分もあるとは思うんですけど、できるだけ日本の史実や文化を尊重しようとしているのが感じられて、緻密に作られた素晴らしい作品だと思います。おかげですごくプレッシャーがかかりました(笑)。
ーーサウンドトラックの制作に関して、開発元のSucker Punch Productionsから共有されたコンセプトや要望などはありましたか?
乙羽:大きなポイントが二つありまして、まずは篤のテーマ曲(「Atsu’s Theme」)ですね。Sucker Punchさんの方で「今回はこのムードを醸し出したい」というのがあって、それが山崎ハコさんのような、1970年代の日本のフォークソングだったんです。まずは、これが一つの大きなスタイルになりました。
ーーそれは興味深いですね。ゲームの舞台が1603年であることを踏まえると、1970年代のフォークソングを取り入れるのは、なかなかに意外なチョイスです。ただ、情念と哀愁に満ちた篤のテーマ曲のルーツが山崎ハコさんや同時代のフォークソングにあるというのは、個人的にもすごく納得できるところがあります。
乙羽:やっぱり昭和の時代って、感情をはっきりと表に出すことが珍しいというか、哀愁や切なさを抑え込みながら生きていた時代だったと思うんです。「そういうのは我慢するもの」みたいな。これは僕の勝手な解釈ですけど、70年代のフォークってそういう切なさを風に乗せているような雰囲気というのがあるのかなと思っていて。篤も「私は大変だったの!」ってはっきり言うタイプではないですよね。
ーーそもそも共感を拒んでいるというか、多くは語らないところがありますよね。
乙羽:でも、彼女もそういう辛い気持ちをぐっと押し込んで、頑張っているんですよね。最初に聞いたときは驚きましたけれど、今になって考えると、Sucker Punchさんのビジョンってやっぱり凄いなと思いましたね。
それと、もう一つの大きなポイントはサウンドトラック全体のスタイルで、ゲームの舞台でもある「日本の封建時代」と「ワイルドウェスト的な西部開拓時代」、この二つを合わせたようなスタイルにしてほしいと言われたんです。しかも、「『Ghost of Tsushima』の音楽からは一旦離れてほしい。今回はまったく違うスタイルのサントラにしたいから、『Tsushima』を参考にしないでくれ」と言われまして(笑)。
ーーそれはとても思い切った依頼ですね(笑)。
乙羽:最初は「どうしよう」って頭を抱えました(笑)。ただ、やっぱりSucker PunchさんやSIEさんの中にある、常に何か新しい、これまでとは違うことをやりたいんだというフロンティア精神をすごく感じました。それで、「どうすれば日本の封建時代や時代劇のような感じと、西部劇的なものを混ぜられるんだろう」と試行錯誤を繰り返して、ナイロンギターや三味線ーー特に三味線は篤が実際に篤が弾いていますから、そういう楽器を組み合わせながら、作曲を進めていきました。
「ハリウッドらしいスコア」を手掛けてきた乙羽氏が挑む、『Ghost of Yotei』の音楽
ーー元々、乙羽さんは『ラチェット&クランク:パラレル・トラブル』や『KNACK』、あるいは映画についても、どちらかというとSFやファンタジーの印象が強い方だったので、今回の起用は意外に感じていたところもあったんです。もちろん、実際に聴いてみると本当に素晴らしいサウンドトラックに仕上げられているなと思うのですが、今回の制作はその点でもチャレンジングな取り組みだったのでしょうか?
乙羽:そうですね、僕のスタイルって、それこそ高校生ぐらいの頃からハリウッドのでっかいオーケストラで演奏するような曲をずっと目指していて、そのためにアメリカの学校で音楽の勉強をさせていただいたり、実際のハリウッドの現場で「こういう風に書くんだよ」って大ベテランの方々から教えてもらったりして、それでようやく最近になって「ハリウッドらしい曲が書けている」という自負を持てるようになったくらいなんです。まだまだ“自称作曲家”みたいな感覚ではあるんですけどね(笑)。ただ、今回いただいたお話は、さらに「そこから思いっきり離れてくれ」、「ビッグなハリウッドのスコアは今回の作風にはまったく合わない」って感じだったので(笑)。
ーーやっぱり驚きますよね(笑)。
乙羽:最初にSucker Punchさんが強調していたのが「intimate」(※親密さ、近しさ。ただ距離が近いだけではなく、内面的な近さといったニュアンスを含む)という言葉で、まさに心を操るようなスコアにしたいというリクエストをいただいたんです。今回は、血に塗れた背景を持つ一人の女性が、仲間や家族を見つけながら進んでいくという話なので、そのために、今までのハリウッドらしいスタイルを全部捨てて、馴染みのない楽器や演奏家の方と一緒に曲を作っていくという環境での制作になりました。最初はすごく緊張しましたし、戸惑いというか、不安もありましたね。
ーーそうですよね。しかも、ただでさえ慣れない環境なのに、その伝統とも異なる新しいものを作らないといけないという。
乙羽:最初は「和楽器を極められた方々って、きっとおっかないんじゃないか」とか「こんな曲を書いて怒られないかな」って思っていました(笑)。でも、いざやってみると、皆さんすごく柔軟に対応していただいて、どんなフレーズも吹いたり、弾けちゃうんですよ。それに、ゲームの中で色々な音のバリエーションが必要ということで、インプロビゼーション(即興演奏)もかなりやっていただいて。
ーーインプロビゼーションはどのように収録されたんですか?
乙羽:まずは元のメロディを音符通りに弾いていただいて、それが録れたら、その伴奏に乗せて演奏してもらうという形でテイクを重ねていきました。それはサウンドトラックではなくて、あっちに行った時はこんな感じで、こっちに行った時はこんな感じみたいな、ゲームプレイ中のさまざまな音に使われています。音のバリエーションを無限に広げていくような感じですね。それも、今までのゲームのサウンドトラックにおけるアプローチとは違うところでした。
ーーどのようにしてこの難しいチャレンジを乗り越えられていったのでしょうか?
乙羽:SIEのミュージック・チームとSucker Punchのオーディオチーム、あとはクリエイティブ・ディレクターのJason Connell氏を含めて、常にみんなで一緒にディスカッションしたり、アイデアを出すことができる環境を用意していただけたのは大きかったと思います。全員で一緒にビジョンを整えていくようなミーティングの場が週に一度ありまして、そのおかげで「こういうスタイルで、こういう世界観なんだ」ということに集中した、しっかりと研ぎ澄まされたスコアができたんじゃないかなと。チームのおかげですね。
普段の作風とは異なるサウンドトラックの中にある、「乙羽らしさ」
ーー得意なスタイルとは異なる制作ではありつつ、その中でも乙羽さんらしさが発揮されているなと思うところはありますか?
乙羽:実はまったく自覚がなくてですね……(笑)。僕個人としては、とにかく『Ghost of Yotei』の世界観が膨らむような曲にしなきゃということで、それだけで精一杯だったんです。なので、自分らしさみたいなものは今でもよくわかっていないんです。でも、音楽関係の友人たちからは「聴いた瞬間に、乙羽くんだって分かった」って言われるんですよ。
ーーそれは面白いですね。
乙羽:それが具体的にどういうところなのかは分からないんですけど、あえて挙げるのであれば、聴いていると心が切なくなる、だけど、どこか心が洗われるような気がする、そんな風になるといいな思って書いている曲は、どのサウンドトラックを制作する時にも共通しているかもしれないですね。今回もやっぱり、穏やかな曲や物悲しい曲には、すごく想いを込めているので、そういうところには自分のちょっと陰キャな部分が出ているんじゃないかなって思います(笑)。
ーーこれは個人的な感想なんですけれど、例えば「Atsu’s Theme」のメロディがゲームのいろいろなところで繰り返されていくなかで、最初はまさに70年代のフォークソング的な、ぐっと狭い空間の中に情念が詰まっている印象だったのが、どんどん壮大な景色へと広がっていく、すごく閉じているのだけど、その中にとても大きな世界や、豊かな表情の変化があるように感じられるのが、すごく乙羽さんらしさが表れているなと思いました。
乙羽:そう言っていただけるのは嬉しいです。「Atsu’s Theme」のメロディは、誰が聴いてもすぐに口ずさめるような、覚えやすいものにしようと意識して作ったんです。ただ、そのメロディをゲームの他のところで同じように使ってしまうと、ある程度の規模に世界観が収まってしまうんですよ。それを、オーケストレーションなどを使ってどのように広げていくのかというのは、チャレンジではありつつ、自分が楽しみながら取り組めた部分でもありました。
ーーどこか映画音楽のアプローチに近いところもありますよね。
乙羽:例えば、カットシーンで流れる楽曲に「Atsu’s Theme」のメロディを使う時は、テンポであったり、メロディに寄り添って流れるストリングスのラインの動きであったり、元とは全く違うアプローチを使うことで心情を揺さぶるようにしていて、それは映画のやり方に近いところがありますね。カットシーンに割り当てるために映画一本分くらいの楽曲を書いていますし、一方で、ゲームの一部として機能する、ゲーム音楽らしい音楽もたくさん書いているので、「一度で二度美味しい」みたいなところがあるかもしれません(笑)。
当時を参照にしつつ、枠組みの中で新たな可能性を模索する
ーー先ほど、サウンドトラックの軸の一つが「封建時代と西部開拓時代を合わせたようなスタイル」だったと話されていましたが、日本の封建時代を参照するにあたって、当時の音楽や楽器などは意識されたのでしょうか?
乙羽:最初は参考にしようと思っていました。ただ、チームとディスカッションを重ねていくうちに、その要素はありつつ、独自のものにすることに、より重きを置くようになったんです。「Oyuki’s Theme」のように、和楽器特有の、日本の伝統的なスケール(音階)を使って書いている曲もありつつ、三味線や尺八を使うにしても、その場でミュージシャンの方に「こんなことできますか、あんなことって可能ですか」とお願いしたり、逆に提案してもらったりして、その場で編み出すことが多かったですね。具体的に「この時代のこの曲を参考にする」というよりも、楽器の範囲ははみ出さないようにしつつ、冒険したり、遊ばせていただくという感じで作っていきました。
ーー楽器の音色といえば、「The Yotei Six」はすごく印象的な楽曲ですよね。ゲームのヴィランを飾る羊蹄六人衆のテーマ曲ですが、サウンドトラックの中でも特にインパクトのある楽曲だと思います。
乙羽:あの曲を作ることになった時のプレッシャーはよく覚えています。ずっと色々な場面の曲を作っているなかで、ついに「羊蹄六人衆の準備ができたから、テーマを考えてくれ」というメールが来て、「うわーっ」って(笑)。
ーー(笑)。
乙羽:やろうと思えば、本当にただ悪いだけのヴィランという感じのテーマにもできるんです。でも、羊蹄六人衆って、一人ひとりに対して「なんであんな残酷な人たちになってしまったのか」というバックストーリーがあるんですよね。時代背景や環境の影響、世の中の厳しさとかがあって、仕方なくああいう風になっちゃったというところもあったと思うので、「ただ邪悪なだけの存在ではないよね」っていうところは大事にしたかったんです。もし彼らにスピンオフがあって、「今度は俺たちの話を聞いてくれよ」みたいな場面があったとしたら、彼らはこんな風に歌うんじゃないかなみたいなと思いながら作りました。
ーーメロディはもちろん、楽器の鳴り方を含めて、すごく重厚な雰囲気が伝わってきますよね。
乙羽:琵琶の倍音が素敵ですよね。悪そうな音でありつつ、その人間の複雑さというものも表してくれていて。一つのテーマで6人を表現するので、複合的なつくりにしたかったんです。最初は琵琶がメロディーを鳴らしているんですけど、後半はラップ・スチール・ギターに変わってまた違う印象で鳴っていたり、そうやって、6人分をどうにかまとめて表現しようとしていますね。
ーーとても興味深い話をありがとうございました。最後に、乙羽さんが思う『Ghost of Yotei』の魅力を聞かせてください。
乙羽:今の日本とは違う、あまり手のつけられていない雄大な自然に身を置ける、それもここまでのクオリティというのは、なかなか見れないんじゃないかなと思います。ビジュアルもすごく美しくて、ストーリーも「もしかしたら、あの時代にああいうことってあり得たんじゃないかな」というか、フィクションでありながらも説得力が感じられるんですよね。それと音楽も含めて、ただゲームをするだけではない、本当にその世界に没入していけるような魅力のある作品になっているのではないかなと思います。
プレイされる皆さんも、思いっきりその世界に入っていただいて、今はなかなか見れない手つかずの美しい自然の中で遊んだり、切ない気持ちになったり、感情をあらわに戦ってみたり、色々な体験をして楽しんでいただけたらと願っています!