セルフレジ、スマホ注文……本当に便利になっている? 専門家が指摘する導入側の事情
「IT化はユーザー側の性善説に依存していないか?」と思いたくなるようなケースが頻発している。たとえば、近年普及が進むセルフレジは万引きのリスクが高く、実際に逮捕者が出たケースがたびたび報じられている。また、飲食店で利用客のスマートフォンを使って注文してもらうシステムも同様だ。ユーザーの通信料やバッテリー残量にタダ乗りしている印象が強く、そのことに対する不満の声も少なくない。
これらに共通しているのは、運営側が「利用者は不満を漏らすことなく、適切な行動をとってくれるはずだ」といった善意にフリーライドしている点ではないか。DXが推進される現代において、運営側は安易なIT化の進行を今一度見直す必要があるだろう。そもそもIT化は本当に“利用者の性善説”に依存しているのか。そして、今後IT化はどうあるべきなのかを、『深掘り! IT時事ニュース ──読み方・基本が面白いほどよくわかる本』(技術評論社)の著者・三上洋氏に聞いた。
導入側の認識の甘さ
――セルフレジでの万引き被害が頻繁にニュースになりますが、こうした現状をどう見ていますか?
三上洋氏(以下、三上):労働人口減少、人件費高騰、そしてDX導入という複数の要素からセルフレジの導入が進んでいます。セルフレジを売る側は万引きリスクについてはあまり言及せず、そのメリット、つまり「人件費をどれだけ削減できるのか」「人手不足をどれだけカバーできるのか」といったことを中心に営業します。本来、導入する側が「万引きがどの程度発生するのか」「それによりどれだけの損失が生まれるのか」など、さまざまなリスクを考慮して収支を考えなければいけません。ただ、その辺りの認識が甘く、「セルフレジ導入による人件費削減がどれほどなのか」ばかりに意識を向けている印象です。
――小売店などの導入側の甘さがうかがえますね。
三上:はい。「レジを通したと思った」と言い訳できるため、意図的に万引きする人が出てくる可能性は容易に想定されます。同時に万引きの意思がない人でも、バーコードを読み込んだと思い込み、商品をうっかり袋の中に入れる人もいるかもしれない。「利用客は万引きなんて絶対しないだろう」みたいな性善説に依存していた部分もあるかとは思いますが、どちらかと言えばセルフレジ導入におけるデメリットに対する認識の甘さを強く感じます。
――なぜ認識が甘くなってしまうのでしょうか?
三上:導入側がコスト削減という発想しかないからです。経済産業省も10年ほど前からDX推進を呼びかけていますが、本来IT化は業務効率化、新たなビジネスモデルの創出、顧客体験の向上などの実現を目的としています。もちろん、コスト削減もそのなかに入っているのですが、「IT化=人件費削減」という認識が根強い。人件費削減ばかりに気を取られており、どのようなデメリットが想定されるのかに目が向かないのでしょう。
セルフレジのコスパは?
――「人をコスト」と捉える風潮は定着しつつありますからね。
三上:コストコが最低時給を1500円に引き上げたことがちょっと前に話題になりました。コストコのように人にコストをかけることで、人手不足は解消され、スタッフのモチベーションも上がり、むしろ業績が上向くかもしれない。ただ、「人件費は削減するもの」という意識に囚われ、その発想が浮かぶこともないのだと思います。
――それで利益を出されても釈然としないのですが……。
三上:とはいえ、セルフレジ導入によって人件費削減に成功したとしても、トータルで見て利益を出せているのかは疑問です。セルフレジはスタッフが対応するレジよりも時間がかかります。もしセルフレジのほうが倍以上時間がかかるとなると、従来のレジの倍近くのセルフレジを導入しなければいけません。導入コスト、ランニングコストが嵩むうえに、セルフレジの案内をするスタッフを張り付ける必要もあります。これらをトータルで見て、本当にコスト削減になっているか見る必要があるでしょう。
――たしかに人件費は削減できそうですが、それ以外で必要以上にコストがかかっては元も子もないような。
三上:だからアメリカでもセルフレジ導入を見直すようになってきているのではないでしょうか。セルフレジ導入におけるコスト、導入に伴う万引きなどのロスが思いのほか高く、人件費削減できてもあまり旨味がないため、そういう動きを見せているように思います。
――人件費が浮いた分をセルフレジ導入にかかるコストで補填する、というのも変な話ですね。
三上:そもそも、万引き防止や操作がわからない利用客のためにスタッフを配置しているスーパーは多いですが、これは人件費削減とは真逆の動きです。思っていたような節約効果を得られていないことを実感している企業は増えていくかもしれません。
――セルフレジがアメリカ同様に減っていく可能性は?
三上:日本は少子高齢化で、人手不足はますます深刻化します。仮にセルフレジ導入よりも人を雇うほうが割高だったとしても、セルフレジが減っていくとは考えにくいです。とはいえ、高齢化社会でもあるため、一部はアナログな部分を残す必要があります。