プレイヤーの過去の悩みに救いを与えるようなシナリオを描きたい――『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』シナリオライター漆原雪人インタビュー

ビジュアルノベル『花束を君に贈ろう-Kinsenka-(以下、花束を君に贈ろう)』が、5月29日にフロントウイングより発売予定だ。「いろとりどりのセカイ」シリーズや『さくら、もゆ。-as the Night's, Reincarnation-(以下、さくら、もゆ。)』など、コンソール移植も果たした人気PC向けタイトルを手がけた漆原雪人氏がシナリオを担当し、無銘荘というアパートで共同生活を送る少年少女の群像劇が描かれる。
今回は発売に先駆けて『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』について、漆原氏へインタビューを実施。ディレクターを務めるmolion氏が語る漆原氏の姿を交えながら、本作が生まれた背景や、執筆活動をどのように進めているのかなどについて聞いた。(SIGH)
過去作のテーマを引き継ぐ作品として執筆
――『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』の執筆経緯について教えてください。
漆原: ゲームの企画をとフロントウイングさんからご依頼いただいたのがきっかけです。「過去作のテーマ性をなにか引き継ぐ形でシナリオを書けたら」と考えて引き受けました。
――ちなみに、企画が始まったのはいつごろでしょうか。
漆原: 『落ちこぼれ召喚士と透明なぼく』の漫画原作を担当しながら、本作の企画を並行で考えていたので、2~3年前には動き出していましたね。
――過去作のテーマ性を引き継ぐとのことですが、シナリオを執筆するうえで特に意識したメッセージについて教えてください。
漆原: 言葉にすると軽くなってしまうかもしれませんが、つらい状況にいる人がゲームをプレイして前向きに生きてみたいという気持ちになれるような、希望や応援になればいいと思って、ずっとシナリオを書いてきました。本作もその根底的なテーマを引き継いだ形ですし、プレイしてくださった方の宝物がひとつ増えたらいいなと考えています。
――大きなテーマ以外で、過去作である『いろとりどりのセカイ』や『さくら、もゆ。』に通じる部分があったら教えてください。
漆原: 実はテーマだけではなく世界観としても、僕の過去作を知っているプレイヤーがニヤリとできるポイントを散りばめています。直接的な続編というわけではないのですが、作品のパーツとしての匂わせ要素を探すといった視点でも楽しんでいただけたらうれしいですね。

――本作がどういった作品を目指して制作されたのか、教えていただけたらと思います。
漆原: 過去作でも、厳しい世界観だからこそ登場キャラクターを純粋に描くことを心がけてきました。今回も、過酷ながらも必死で生きていく主人公たちの姿が表現できていればいいなと思います。
――厳しい世界観……たしかに公式サイトのストーリーを見ても「呪詛」「痛み」という言葉からダークな側面を感じられます。
漆原:僕の作品は「死生観」にフォーカスすることが多く、本作も人間の仄暗い側面を描きながらも光を見出したり、キャラクターが明るい方を向いて生きていけたりするような作品が描きたかったんです。
――タイトルは最初から『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』に決められていたのでしょうか。それとも企画が進行するなかで決定したのでしょうか。
漆原: 僕はタイトルを考えるのがあまり得意ではないので、企画当初はふんわりした形で進んでいき、途中でスタッフさんと相談しながら現在のタイトルになりましたね。
――サブタイトルにつけられている「キンセンカ」には、どういった意味合いが込められているのでしょうか。
漆原: 過去作の『いろとりどりのヒカリ』では、花言葉を軸にしてストーリーやキャラクターの思いを繋げたため、本作も「キンセンカ」という花言葉を作品全体で表現したいと考えてサブタイトルに付けました。まだなにも決まっていないのですが、もし続編があるようであれば同じくテーマが伝わるような花言葉をサブタイトルに付けたいと思っています。
――『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』に選択肢は存在しないとのことですが、意図を教えてください。
漆原: 制作サイドとしては当初選択肢があってもなくてもどちらでもいいとのことでした。ただ僕は選択肢すべてに意味がなければ必要性がないと考えていますし、分岐が存在するとそれだけストーリーの構成が難しくなります。そのため選択肢やルート・攻略ヒロインなどのゲームギミックを排除して、物語を一本化しました。
ミドルプライスだがシナリオボリュームはフルプライスタイトル規模

――漆原さんと言えば読み応えのあるタイトルが多いですが、本作のボリューム感はどのくらいでしょうか。
molion: 本作のようなミドルプライス作品は通常テキスト量が600~800KB(約30~40万文字)ほどなのですが、『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』のテキスト量は1.7MB(約80万文字)でほぼ倍の計算です。フルプライスタイトルが平均およそ2MB前後だと言われているので、ボリューム感は満足していただけるのではないかと思います。
――最近はコンパクトにまとめる作品が多いと思いますが、最初から1.7MBというボリュームを想定していたのでしょうか。
molion: 最初はミドルプライス規模に収める予定で、漆原さんもなるべくコンパクトに収めようとしていただいていたんです。ただ、筆が乗っておられましたし中途半端な作品になるのは良くないと判断しまして、「このまま最後まで書いてください」とお伝えしました(笑)。ミドルプライスのためCGの素材数はさすがに多くありませんが、シナリオはフルプライスタイトル規模で重厚に仕上がっています。
漆原: ミドルプライス規模と言いながら、最初にプロットを提出した段階でボリュームは怪しかったのですが……molionさんが面白いと言ってくださったので、そのまま進めさせていただきました(笑)。正直これでも書き足らない部分があるので、『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』で触れられなかった部分を描く続編が作れるといいですね。
――1.7MBでもまだ書き足りないと!?
漆原: そうなんです(笑)。もちろん『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』の中だけでも各キャラクターたちを活躍させられましたし、それぞれが抱えている心情やエピソードはきちんと書かれています。ただ、もっと掘り下げられたのではないかという欲望がありますね。
――シナリオを書いていて、スムーズに筆が乗った場面はありましたか。
漆原: 一番盛り上がるラストシーンは、特に筆が乗っていたのではないかと思います。シナリオライターとしてもやはり序盤より終盤の方がキャラクターも手に馴染んでくるので、それぞれの人物が抱えている気持ちも汲めたのではないかと思いますね。
――逆に、執筆するのが難しかった場面はありましたか。
漆原: 特別難しかったことは思い返してみてもないですね。強いて言えば、主人公がストーリー上で右往左往しながら、一人語りをするシーンでしょうか。本作は演出頼りな側面も強く、molionさんと相談しながらどこまで文章として表現するのかは苦心しました。
――本作に限らず、漆原さんはスムーズに執筆されるタイプですか? それとも悩みながらテキストを積み重ねていくタイプでしょうか?
漆原: 過去作では悩みながら執筆をするタイプだったのですが、『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』はディレクターのmolionさんが寄り添ってくれる方だったので、相談しながら比較的スムーズに書けました。
molion:壁打ち相手として頻繁に電話をしていましたね(笑)。
漆原: その節はありがとうございました(笑)。実を言うと、本作以前はストーリーのプロットをあまり詳細に作っていなかったんです。ただ、今回molionさんとゲームを制作するうえで「先に詳細プロットを考えたほうがいい」と言われて一緒にプロットを作り、執筆中も毎週電話をしながら執筆しました。本当にやりやすかったですね。

――プロットから実際にシナリオとして形にするうえで、変化した箇所はありましたか。
漆原: 詳細なプロットを作ったので執筆しやすかったと言ったにも関わらず、プロット通りに書いていないことも多いんです。特にラストの筆が乗ったシーンはまさしくプロットにはなかったのですが、「絶対あったほうがいい」と考えて勢いで書きました。そのときの僕の熱がプレイヤーに伝わればいいなと思っています。
――そうした創作への熱やインスピレーションの源泉、執筆中に影響を受けた作品を教えてください。
漆原: ほかのライターさんは映画・小説や漫画という方が多いと思うのですが、僕はどちらかと言うと詩や音楽などからインスピレーションを受けることが多いですね。『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』は作品テーマとして「死にゆく人の想い」を組み込みたかったので、広島の原爆で兄妹を亡くした作家の原民喜さんが執筆された『夏の花』を読み込みました。同じくやなせたかしさんが書かれた『アンパンマンの遺書』は特攻隊の弟に対する想いが描かれており、影響を受けました。本作は死生観が感じられる書籍からの影響が大きかったと思います。
――ゲームシナリオ・小説・漫画原作のいずれも手掛ける漆原さんですが、執筆自体はどの媒体が最も大変なのでしょうか。
漆原: 大変さだと、シンプルにテキスト量が多いゲームが一番ですね。自己評価として短距離ランナータイプのライターなので、文量と締め切りが短い方が書きやすく、逆にゲームの長編タイトルは長いと約1年間にわたることもあるので、時々息切れしてしまうんです。ゲームシナリオを書き始めるときは「これから何MB書かなきゃいけないのか」と思って、少し憂鬱になってしまいますね(笑)。
――漆原さんがシナリオを執筆するうえで、大切にしている考えなどがありましたら教えてください。
漆原: ビジュアルノベルはキャラクターコンテンツなので、当然キャラクターが重要視されるのですが、登場人物をプレイヤーの抱えている苦しみを代弁してくれるような人物像にしたいと思っています。あとは平坦なだけで物語が終わらずに、驚きや感動を与え、最後まで遊んでいただいた人に満足してもらえるようなストーリー構成を心がけています。
――たしかにキャラクターは重要です。人物背景を考えるうえで意識したポイントを教えてください。
漆原: キャラクターと同じような思いを持っている人は現実にいると考えていますし、過去につらいことがあっても物語の中で逆境を乗り越えていく姿に自分を重ねることで、心が救われたり軽くなったりすることを目指していますね。そのためキャラクター作りはプレイヤーの投影先として機能するように、それぞれの悩みや過去の出生エピソードなどの背景を最初に設定して、自然にあふれてくるセリフの端々から個性を表現できるように意識しています。

――漆原さんにとって、本作で特に思い入れのあるキャラクターは誰でしょうか。
漆原: 私は主人公「橘 才(たちばな・さい)」がお気に入りです。発売前なので混乱させてしまうかもしれないですが、「才」は主人公でありながら、ストーリーとしては同時にヒロイン的な立ち位置で感情移入ができました。あとはギャグ担当として「霧島 梅雨(きりしま・つゆ)」がいるのですが、セリフを書いていて特別楽しかったという意味でお気に入りです。
――キャラクターと言えば、声優陣が収録したボイスを実際に聞いてみていかがでしたか。
漆原: ゲームシナリオの執筆という仕事は、小説や漫画と違って最初から声があることが前提なので、執筆中に想像していたイメージと実際のボイスで印象が変化することが多いですよね。本作はキャラクターの解釈を私が設定していなかった部分まで声優さんに深掘りしていただき、先ほど話に出した「橘 才」も花守ゆみりさんの声がついたことで主人公としての輪郭が増したため、声優のみなさまには本当に感謝しています。
――たしかに本作のようなビジュアルノベルで、主人公にもボイスがついているのは珍しいですね。
漆原: 主人公にボイスがつくのは憧れのひとつで、企画のときにmolionさんに「どうにか実現できませんか」と何度か話した記憶があるので、採用してもらったのかもしれません(笑)。
molion: 本作はさまざまなキャラクターの視点で語られます。それぞれの主観時は基本的にボイスがないのですが、たとえば才視点の竜起に声がないと違和感があるので、限定的ですが設定しています。ただ、大事なシーンでは両者とも視点に関わらずボイスが再生されるので、楽しみにしていただければ。

――なるほど。それではボイス演出も楽しみになりますね。
漆原: 収録時に泣いてくださった声優さんがおられたので、シナリオライターとしてありがたいですし、心に響くストーリーが書けてうれしかったです。
molion: 本当に声優のみなさん全員が熱演してくださいましたし、アフレコ後コメントを収録したときには泣きそうになりながら話してくださった方もおられました。長期間演じていくなかで感情移入が深まりキャラクターへの思いも高まったのを感じました。それだけ作り手と演じ手の熱量がこもった作品になっていると思います。
――ボイス以外では、さいねさんが手がけられたキャラクターデザイン・原画について、どういった印象を持たれましたか。
漆原: さいねさんは本当にかわいらしいイラストがお上手ですよね。男性キャラも魅力的で、今回ご一緒できて光栄でした。『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』では男性キャラクターがフィーチャーされるシーンも多く、それを汲んでくださったのかカッコいいデザインとして仕上がっており、素晴らしいクリエイターさんと仕事をさせていただいたなと思っています。
――イラストの発注は「こういったシーンが欲しい」と漆原さんがフロントウイングさんを通して依頼しているのでしょうか。
漆原: 原画については基本的にシナリオがすべて書きあがった後、molionさんや他のスタッフさんに必要なシーンをピックアップしていただいた形ですね。ただ、僕も「こういうイラストが欲しい」と思って原稿に指定することはありましたが、終盤は執筆に集中してイラスト指定メモを忘れてしまいました(笑)。
molion: 漆原さんのシナリオは映像的で、全シーンにイラストを入れたいと思わせるのでピックアップは本当に迷いましたね。
――こちらも作品の構成要素としてお聞きしたいのですが、音楽担当の松本文紀さん・藤間仁さんにはどのようなオーダーでお願いしたのでしょうか。
molion: 漆原さんのダークな世界観・感動的で情感のこもったストーリーと、松本さんや藤間さんの魅力であるピアノベースのシックな曲調がマッチするのではないかと考えて発注させていただきました。
漆原: もともと松本さんの楽曲が好きだったので、今回担当していただいて光栄です。企画段階で「BGMでエモい感じに世界観の表現ができたらいいな」と考えていたので、ピアノ曲を多めでお願いしたいと伝えました。結果として僕のシナリオを補強するような形で、雰囲気が盛り上がるように作っていただけてよかったです。
シナリオライターとしての復帰作
――ほかにも制作中に印象的だったエピソードや裏話があったら、明かせる範囲で教えてください。
漆原: 作品ではなく個人的な話なのですが、身体の不調からかなり危険な状態になって入院したり、退院後の薬が合わなくて頭が回らなくなったりしたことがあって「シナリオライターとしてやっていけるだろうか」と悩んだことが一番大変な出来事だったと思います。
――えぇ!? そんなことが……。
molion: 私もお話を聞いて驚きましたし、当然「体調が落ち着くまでシナリオは書かなくていい」と伝えていました。それから健康のため漆原さんはランニングを始めて、いまも毎日1時間ほど走っているんでしたっけ?
漆原: 一度走ると決めたらきちんとやらないと罪悪感でたまらなくなるので、1時間を目途に走っています。おかげさまでいまは体調も改善して、薬もほどほどで大丈夫になりました。
――それは良かったです……。そんな事態も乗り越えて制作された『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』は、漆原さんのシナリオライターとしてのキャリアのなかで、どのような作品になりましたか?
漆原: 実はもともと前作の『さくら、もゆ。』で、ノベルゲームの執筆はやめようと思っていたんです。ただ、せっかくご縁があって今回シナリオを担当させていただいていますし、過去作を好きだと言ってくださるファンの方もいらっしゃるので、そういった方たちをがっかりさせないような作品を書かなくてはならないという気持ちを強く持っていました。プレイしてくださる方がどう受け取るかはわかりませんが、僕としては「面白い」と思っていただければ本当にうれしいです。
――差し支えなければ、ノベルゲームのシナリオライターをやめようと思った理由をお聞きしても大丈夫ですか。
漆原: 先ほども話に出ましたが、ノベルゲームの執筆期間は本当に長いんです。僕は変に真面目で少しでも手を抜くと罪悪感に潰されてしまいますし、「物語やキャラクターを書き切りたい」という思いが強く、どうしてもボリュームが増えてメーカーさんに負担かけてしまうことも多いんです。これまでの執筆で無理をしすぎたことも、体調不良に繋がっているのではないかと思います。そういった負担の大きい稼業をこれから一生続けていくとなると、命と引き換えになりますし、辞めたほうがいいのかなと考えていました。
molion: 一本のゲームシナリオを書き切るのは本当に大変ですよね……。

――もちろん無理はしてほしくないのですが、いちユーザーとしてはシナリオライターを続けられていてうれしいです。最後になりますが、読者やファンに向けて一言お願いします。
漆原:引退宣言をしていたので『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』が発表されたときにも、Xで「恥ずかしながら帰ってきてしまいました」とポストしたのですが、温かく迎え入れてくれたらうれしいです。また、今回のインタビューでテーマについていろいろと語りましたが、プレイヤーのみなさんが純粋に楽しんでいただけるのであれば、それに勝るものはありません。発売を楽しみにしてもらえたらうれしいです。
molion:漆原さんファンのみなさんのご期待に添えるような作品に仕上げられるように、スタッフ一同調整を重ねてきましたので、ぜひプレイしていただければと思います。
©Frontwing ©bushiroad
フロントウイング新作『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』の発売日が5月29日に決定! 「マチ★アソビ Vol.28」でのライブステージ情報も発表に
ブシロードとフロントウイングラボは、フロントウイング25周年記念作品第1弾『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』の発売日が、5…