『街』『428』後継作プロジェクトが発足 “金字塔”実写ADVが支持を集める理由と、その文化的価値を考える

 4月28日、ゲームデザイナーのイシイジロウ氏は、渋谷を舞台とした新作実写アドベンチャーの開発/発売を目指すプロジェクトの発足を発表した。

 発売から20年近くが経った現在もなお、ノベル/アドベンチャージャンルの金字塔として多くのファンに愛されている『428 〜封鎖された渋谷で〜』(以下、『428』)。本稿では、『428』の後継的タイトルを誕生させるプロジェクトの発足を機に、同作が支持を集める理由と、その文化的価値について考察する。

イシイジロウ氏、北島行徳氏が『428』の後継的作品を誕生させるプロジェクトを発足

PS4/PC『428 封鎖された渋谷で』ゲーム紹介トレーラー

 イシイジロウ氏は、2008年に発売となったサウンドノベル『428』の制作総監督として広く知られるクリエイターだ。これまでアドベンチャー/ノベルのジャンルを中心に、さまざまなゲーム作品で要職を務めてきた。チュンソフト、レベルファイブを経たのちの2015年には、株式会社ストーリーテリングを設立。代表取締役としてコンテンツ領域での事業を推進するかたわら、個人名義でもディレクションやプロデュース、シナリオライティングといった活動を続けている。

 同氏の代表作である『428』は、チュンソフトが開発を、セガが発売を手掛けたサスペンスアドベンチャー。プレイヤーは、渋谷の街を舞台に繰り広げられる複数の主人公の物語を、第三者の視点から群像劇として見つめていく。それぞれのストーリーが同時進行しつつ、密接に絡み合っている点が特徴。当時を知るフリークたちからは、現在もなお、ジャンルの金字塔のひとつに数えられている。

 同作は、セガとチュンソフトによる共同プロジェクトから生まれた作品のひとつで、チュンソフトにとっては、当時看板となっていたサウンドノベルシリーズ(『弟切草』や『かまいたちの夜』『街』などで知られる)に連なる作品でもある。特に『街』とは「実写を用いた映像表現」「渋谷を舞台にした物語」「複数の主人公が登場する群像劇」といった点に共通項を持つ。シナリオ上には、舞台が『街』から10年後の渋谷であることをほのめかす表現も散りばめられている。

クラウドファンディングページより。イシイジロウ(左上)、北島行徳(右上)、あらい正和(左下)、北上史欧(右下)

 今回、立ち上がったプロジェクトもまた、そうした流れを色濃く受け継ぐものとなるようだ。総監督をイシイジロウ氏が、脚本をシナリオライターの北島行徳氏(『428』で脚本を担当)が手掛けることにくわえ、出演者には北上史欧、あらい正和など、『街』『428』両作への出演で知られる俳優をキャスティング。「実写」「渋谷」「群像劇」といったキーワードも同様に、重要な成分として取り入れられるという。

 同氏はプロジェクト発足の背景について、「本来は自分たちじゃない誰かによって新たな金字塔が生まれることを期待していたが、20年近くが経った今でも、『428』を超えるような作品が生まれていないこと」「ファンから『街』『428』のような作品を待っているという声が届いていること」などの影響があったと語っている。一方で、そのような新作を開発/発売すべく、複数のゲーム会社と話を進めていたが、主にビジネス面における方向性の違いから頓挫した過去も明かした。

 こうした経緯からイシイジロウ氏は、個人での制作を決意。5月28日からは、クラウドファンディングサイト『うぶごえ』にて支援を募る。続報については、同氏の公式Xを通じて発表される予定。対応プラットフォーム、価格、リリース時期は、現時点で未定となっている。

『428』はなぜ支持されるのか。シナリオ/演出から紐解く独自性

 「4月28日」という日に突如として発表された『428』制作陣による後継プロジェクト。SNS上には、ファンたちから驚きと喜びの声が多数寄せられた。そうした界隈の反応に感じたのは、同作が現在も彼らの心に生き続け、“歴史上の傑作”と認められていることだ。いったいなぜ『428』という作品は、発売から長い時間が経過してもなお、絶大な支持を獲得しているのだろうか。その前提となっているのが、ノベル/アドベンチャーゲームとしてのクオリティの高さだ。

 先にも述べたとおり、映像表現に実写を用いたことが最大の特徴となっている『428』だが、その反面で、この点を除くと、世にあるノベル/アドベンチャー作品との明確な差異があるわけではない。つまるところ、同作の作品性の大半は、目が留まりがちな実写部分にではなく、ジャンルの基本的な構成要素に集約されていることになる。シナリオや演出、音楽、UIなどが完成されていたからこそ、『428』は金字塔と評価されるに至ったのではないか。

 なかでもとりわけ大きく影響していると考えられるシナリオ部分に関して、『428』は「複数の主人公による物語を並行して進めることで、バッドエンドを回避し、結末に辿り着く」というシステムを採用している。選択できる主人公には、新米刑事の「加納慎也」、元チーマーの「遠藤亜智」、製薬会社の研究所長「大沢賢治」、フリーライターの「御法川実」、謎の猫のきぐるみ「タマ」の5人(?)がいるが、終盤になるほど、3人以上を同時進行しなければ問題を解決できないケースも多く、そのことがストーリーの進行に良い意味での複雑さをもたらしている。この性質は、同様に『428』の特徴となっている「群像劇」のスタイルとも相性が良い。1人の視点からでは気付けなかった事実、物事のとらえ方を見つめることで、プレイヤーはその世界へと没入していく。

 また、「当初は無関係だった5人の物語がなんでもない接点から交錯し、ひとつの大きな流れとなっていく」というストーリーテリングも、良質な体験とは切り離せない。特定の主人公のシナリオを読み進めていたときにはなんとなく通り過ぎていた要素の意味に気づけたとき、人はそこに達成感や満足感をおぼえる。そうしたインプレッションを支えているのは、伏線をめぐる制作側の真摯な姿勢だろう。なかには「なぜそのような行動をとるのか」と疑問に感じるシーンもあるが、それこそが重要な伏線となっているケースも少なくない。そのように緻密に計算された物語の構成によって、プレイヤーは「先が気になって仕方がない」という状況に追いやられていく。

 他方、演出面では、実写を用いた映像表現のほか、1時間というシナリオ進行上の区切りで挿入される予告ムービー、それとともに流れる音楽も、プレイにリズム感を与えている。プロデューサーを務めた中村光一氏(現スパイク・チュンソフト取締役会長)は、「4月28日に起こった10時間の出来事を描く、ドラマ『24 -TWENTY FOUR-』のような作品を作りたかった」と、予約特典のメイキングビデオで語っている。特に予告ムービーに関して、同ドラマからの影響は色濃い。そのように各所での演出のモチーフに気付くこともまた、プレイヤーにとっては、伏線をめぐっておぼえた達成感、満足感と通ずる部分がある。

 このようにしてプレイヤーが受け取ることとなったメリットは、(物語の構成が緻密に計算されていたこととは対照的に)意図しない副産物であったと考えられるが、昨今のノベル/アドベンチャー作品には広く取り入れられる手法となりつつある。ゲームカルチャーに詳しい人ならば、いくつかの作品に思い当たるのではないか。こうした気づきもまた、『428』の伏線がプレイヤーにもたらす快感と地続きであるのかもしれない。逆接的ではあるが、同作が現在もなお支持される背景には、現代の作品に与えた影響の大きさも作用している可能性がある。

「実写による映像表現」がもたらす最大の価値とは

 ここまで『428』(ひいては先駆的作品である『街』)の最大の特徴である「実写を用いた映像表現」以外の部分に言及してきたが、もちろん同要素にも意味がないというわけではない。しかしながら、その価値については、「ノベル/アドベンチャー作品のクオリティに対する影響」以外の部分から掘り下げるべきであると考える。「実写を用いた映像表現」がもたらす最大の価値とは、当時の渋谷の様子を実写映像として後世に残していくというものだ。

 実際にゲーム内に含まれるカットのなかには、いまはなき店舗や建物、トレンドの存在を感じさせるものが多くある。たとえば、2024年12月31日をもって60年以上の歴史に幕を下ろした老舗薬局「三千里薬品 神南店」などはわかりやすい例だろう。同作には当時の渋谷の日常が描かれているからこそ、約20年前の街の記録として機能している面がある。ノベル/アドベンチャーの金字塔として長く残っていくほど、その文化的価値は高まっていくはずだ。

 ここには、良く言えば「新陳代謝が活発」、悪く言えば「あらゆるものが過剰に消費されていく」東京・渋谷だからこその意義もある。街の歴史という意味では、まだ20年という短い期間ながら、当時の渋谷と現在の渋谷では、その立ち位置が微妙に変化してきている面もあるだろう。そのように言語化しづらい部分を映像として現代に伝えていることが、「実写を用いた映像表現」の最大の価値であると考える。本稿で取り上げた新たなプロジェクトから生まれたタイトルが『428』に比肩するクオリティで発売されるならば、こちらもまた、2020年代なかごろの渋谷の街並みと文化を映す鑑となっていくに違いない。

 イシイジロウ氏による新プロジェクトから生まれるタイトルは、『街』『428』といった先駆的作品に並ぶ存在となれるだろうか。新たな金字塔の誕生を期待せずにはいられない。

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