「桜井政博のゲーム作るには」の舞台裏 全260回のYouTube動画制作は“夢”を呼び起こし、“こだわり”の大事さを教えてくれた
『星のカービィ』『大乱闘スマッシュブラザーズ』などのヒット作を手がけてきたゲームクリエイター・桜井政博氏が2022年8月、突如として開設したYouTube番組「桜井政博のゲーム作るには」。
「世界中のゲームの面白さを少しだけ底上げする」ことを掲げ、ゲーム開発にまつわるお話から仕事に対する姿勢、雑談に至るまで幅広いトピックを扱った動画が投稿され続けた同番組は、2024年10月22日の放送をもって最終回を迎えた。
動画の総数は通常回が256本、『ゲームセンターCXチャンネル』とのコラボレーション回の4本を含めて全260本。そのうち、通常回として放送された256回は、実は最終回が放送された約3年前から撮り溜めされていたものだったこと、総制作費は9,000万円で収入は0円であるという裏事情が詳らかにされ、多くの視聴者に衝撃と恐怖(?)をもたらした。
そして、一連の動画編集と素材の編集で協力した会社として、株式会社HIKE(https://hike.inc/)や英語翻訳担当として有限会社ハチノヨンが関わっていたことにも触れられた。最終回内でも紹介されたように、HIKEは桜井氏から直接の連絡を受け、編集協力として参加することになったという。ただし、桜井氏本人からなんの前振りもなく、「直接!」の勢いでメールが送られてきたこともあって、社内はザワザワわさわさしたとか。
そんなHIKEで全260回の編集を担当した松田氏、田中氏、荒井氏のチーム3名、そして映像制作グループマネージャーの伊藤氏にインタビューを実施。桜井氏からの連絡を受けたときの社内の様子は、現場に居た側からはどのように映ったのか。そして、プロジェクトの始動以降、担当チームはどのように制作に取り組むと同時に、桜井氏とのやり取りを通してどんな知見を得たのか。
ゲーム映像素材の撮影にまつわる、思わぬ苦労話も飛び出したその模様をお届けする(※文中は敬称略)。(シェループ)
ゲーム業界のトップを走る人から直接メールが来たら…
──まず最初に、2年半におよぶ編集作業、お疲れ様でした。HIKEさんが編集に携わるまでの経緯については、最終回スペシャルで桜井さんが直接メールを送って依頼されたと紹介されていましたが、そのメールを受け取った当時のHIKE社内はどんな様子だったのでしょうか。最終回スペシャル内では「少し疑いの様子だったとか……」とありましたが。
松田:最終回スペシャルで桜井さんが語られていたとおりです。やっぱりビックリしました。「え、本当にあの桜井政博さん!?」って、まず普通は疑うじゃないですか(笑)。「そんなゲーム業界のトップを走る人から直接メールが送られてくる!?」と。
たとえば人づてにご依頼されたとかなら、「あの桜井さんかな?」って反応だったと思うんです。けど、2022年初頭にいきなりメールで「桜井政博です」と来ましたから「……んん!?」となってしまい(笑)。
それでまず、社内がザワついたところから始まって……「とりあえず、お話を聞いてみよう」となり、メールにあった連絡先にお返事したところ、本当に桜井政博さんで、その後へとつながっていきました。
──もともと、HIKEさんは桜井さんと過去の仕事で何か接点があったのでしょうか?
伊藤:言えない範囲では、少し違う絡みはあったんですが……もともとHIKEの前身会社のひとつであるキュービストという名前で、1998年創業のゲームの攻略本や取扱説明書の制作から始まった会社でした。
おそらく、そのキュービストだったころの実績が桜井さんの頭の中にあって、今回ご連絡していただけたのかなと我々としては思ってたのですが、実はキュービストのことはご存知ではなく、検索して見つけていただいたとのことでした。
──そんな突然のご本人メールから始まった動画編集の業務ですが、桜井さんがこちらのHIKEさん本社にミーティングで訪れることはあったのですか?
松田:当時はコロナ禍だったということもあり、弊社にいらっしゃったことはなかったです。ただ、オンラインの方でミーティングはさせていただいていました。
──なるほど。そして、編集はみなさんが少人数のチームで取り組まれたのでしょうか。
松田:基本的にはわれわれ3名(松田氏、田中氏、荒井氏)がコアメンバーということになります。私、松田がメインのディレクターで、田中がアシスタントディレクター、荒井がメインエディターを担当しました。
ただ、動画が256本ともの凄い本数ですので、流動的に数名のエディターなどがヘルプで参加するという形で動きました。
あとは『ゲームセンターCX』とのコラボレーションのときは、収録に特化したメンバーにスポットで対応していただきました。
──ということは、『ゲームセンターCX』コラボ回のときは収録メンバーのチームが専属的に担当されたのですね。
松田:はい。弊社の収録メンバーと、『ゲームセンターCX』のメンバーの方々と協力して取り組みました。
伊藤:ちなみに余談ですけど、荒井は桜井さんの動画のいち視聴者だったんですよ。桜井さんの動画を見て、うちに入社してきたんです。
──では、途中で視聴者から作り手になったのですか!?
荒井:はい……(笑)。「開設しました!」というタイミングでチャンネル登録して、しばらくは視聴者として見ていました。
当時、転職活動をするタイミングがありまして、「そう言えば、あの桜井さんの動画ってどこが作っているのだろう?」と気になったんです。それで当時はキュービストという名前だったのですが、調べてみたらそちらがやっていると出てきて、求人がありましたのでそのまま応募し、入社しました。
正直、入社してからこのチームで活動できるとは思っていなかったんです。けど、メインのエディターとして参加することになりまして。
まさか一緒にお仕事できるとは夢にも思わず……。『ゲームセンターCX』のコラボや最終回なども含めて、桜井さんとお仕事をさせてもらえて、凄くうれしかったです。
視聴者のコメントが以降の動画に反映されることも
──最初は本当にごくわずかなメンバーで始まった形なのですか?
松田:基本的にコアのメンバー数は最初から最後まで変わっていないです。流動的なところもありましたが、基本的にはずっと3人でした。
──それで動画編集の業務が本格的にスタートしたと同時に、桜井さんからあの2年半前に撮り溜めされた256回分の動画が「ドバッ」と送られてきたのですね。
松田:そうですね。最初に256本、「ドバッ」といただきまして(笑)、そこから弊社の方で肉付けをしていく形でした。
桜井さんが単独で撮影された映像の方は、少し言い淀みがあった箇所などをカットして、ある程度整えられたものになっていました。それを元に弊社の方でテロップ、挿絵などの制作や追加のゲーム映像の撮影と反映をさせていただいた形です。
──挿絵は当初、フリーの画像素材が使われていましたが、途中からオリジナルのイラストへと差し替えられました。どのような経緯から差し替えが決まったのでしょうか。
松田:最初の方はたしかにそうでしたね。ただ、「本格的なしっかりとした動画を作る」ということで、挿絵もイチからきちんと作ったものにしようという話になりまして。途中からイラストレーターさんにお願いし、現在の形態になりました。
伊藤:われわれとしても、桜井さんのチャンネルで汎用的な画像素材を使うというのには、ちょっとモヤモヤと感じるものがあったんです。それで「やっぱり挿絵は新たに描き起こした方がいいのでは?」となりまして、提案させていただきました。
あとは「既存の画像素材にはないタイプの動きや絵を入れたい」というのも、提案させていただいた理由のひとつになります。
──差し替えられたオリジナルのイラストには、桜井さんご自身のものもありますが、デザインを起こすに当たっては何かオーダーがあったのでしょうか。
松田:あまり細かい絵柄では、こちらとしてもアニメーションが付けにくい部分がありましたので、「ある程度、デフォルメされたものにしたい」という話はしていたように思います。
──そんな桜井さんから送られてきた動画の中には、ご自身が撮影されたゲームの動画も素材として含まれていたと最終回スペシャルの方で紹介されていましたが、数としてはどれぐらいだったのでしょうか。
松田:全体を通してだと、数え切れないほどありました。あと、もともといただいた素材は2年半前に撮影されたものだったこともあり、アップデートする必要があったので、弊社の方で撮影した追加の映像もありました。それもあって最終的には……さすがにカウントできない数になってしまうのではないのかな、と(笑)。
──追加の映像というところで言うと、挿絵の雑談回ではオープニング演出をHIKEさんが自由に作られたと最終回スペシャルで明かされました。比較的、自由度は高かったのでしょうか。
松田:そうですね、たとえばブラウン管の回では田中があのように作ったり、波動拳のエフェクトも荒井が付けたりして、いろいろ好きにやってもらっていました。
あ、桜井さんからのフィードバックに関して言えば、「誰の足跡も無い世界」の回で、桜井さんが雪を踏みしめているような動作をしているのですが、そこにエディターの方で雪を入れさせてもらったら、「よく汲み取ってくれましたね」とコメントをいただくということもありました。
──ブラウン管の回と同じく雑談ジャンルに関して、猫の回もありました。あれも256回のひとつとして最初から組まれていたものだったのでしょうか。
松田:はい。あの回は「いかにふくらし(ふくら)さんを可愛く見せるか?」がテーマでした。写真もいっぱいあって、その中からこれというものをピックアップして、あの形になりました。なので、未公開に終わったふくらしさんの写真もたくさんあります(笑)。
──凄く気になります(笑)。あと、チャンネル全体に関して、ひとつ気になっていたことで、コメント欄を開放しているじゃないですか。あれは最初から開放するという方針だったのですか。
伊藤:とりあえず開放した状態にして、反応を見る……というようなお話をさせていただいた覚えがありますね。万が一があった場合は閉じる可能性もありました。YouTubeの評価システムもそうですが、桜井さんとしても初の試みですし、蓋を開けてみなければ分からないところもあったと思いますので。
ただ、結果としては好意的な意見が多くて、当初の方針のまま通す形になりました。YouTubeから銀盾をいただいたこともですが、総じて全部がいい方向に転がって行ったんですね。
──そのコメントの中で印象に残っているものはありますか?
伊藤:最終回スペシャルのときに初めて知ったんですが、YouTube(YouTube Japan)の公式からのコメントって付くんだな、と(笑)。
松田:あと、実はコメントを動画編集の参考にさせていただいたことがありました。撮影するゲームを選んでいるときがあったのですが、そのときに「こういうゲームがある」ってコメントがあったんです。
それで「あ、これは今後の動画に使えそうだ」となって撮影して、それを反映したというパターンもありました。
──ということは、知らず知らずのうちに視聴者の意見が活かされていたんですね。ちなみにコメントを参考にされたゲームというのは?
松田:『サイバーパンク2077』です。ムービーのスキップや文字送りなどについての話だったと思うのですが、コメントに「『サイバーパンク2077』は早送りのシステムが凄くいい」とありましたので、それを採用する形で撮影しました。