不老不死社会の暗部を暴く『Nobody Wants to Die』がもたらす、POV映画のようなゲーム体験
「誰も死にたくはない」一方で、より身近な問題は老いだ。死は1度きりだが、老いには毎日苦しめられている。老眼が始まるとスマートフォンで文字を読むのに苦労する。もちろん人類はテクノロジーで老いを克服してきた。老眼鏡はその好例だ。自動車の運転アシストも普及し高齢者の運転事故を防ぐようになるだろう。この調子が続けば老いがなくなり、死を克服するかもしれない。気になるのは不老不死の価格だ。わたしたちが手にできる価格なのだろうか。その支払いに何をあてねばならないだろうか。
『Nobody Wants to Die』は不老不死が実現した近未来で殺人犯を追うアドベンチャーゲームだ。タイトルを訳すと「誰も死にたくはない」。プレイヤーは警官となり、不審な事件を捜査し真相を突き止める。真実と正義を追及しよう、そうやって120年も生きてきたのだ、いまさら生き方は変えられない。おっと、主人公の冷笑的口調がうつってしまった。
本作は『逆転裁判』シリーズのような推理ゲームではない。捜査も推理も近未来ガジェットがアシストし、手詰まりやお手つきがないからだ。これでプレイヤーはストーリーを追うのに集中できる。しかし、ストーリーの理解が難しいという意味では推理を要するゲームだ。その難しさはオープニングから体験することになろう。
亡き妻の幻覚をともなう精神疾患。意識を読み取り別の身体に移す技術。そして空飛ぶ自家用車と、空も地も目にできないほど巨大な立体都市。ニューヨーク、マンハッタン、西暦2329年。それらを1人称視点で味わえば暗い未来が我が身に迫るかのようだ。『Nobody Wants to Die』は近未来が舞台のフィルム・ノワールを主人公として体験する、POV映画――のようなビデオゲームである。
1人称視点で未来の都会を味わおう
『Nobody Wants to Die』の序盤は刑事ドラマの様式で進む。主人公ジェームス・カラは札付きのロートル警官だ。新米オペレーターのサラ・カイとタッグを組み、大富豪の死亡現場を捜査して自殺か他殺か(それとも事故か)を推理する。ガイシャは上流社会の超大物で、全国民に身体交換サブスクリプションを義務付け、支払えない者の身体を競売にかける、超格差社会の生みの親だ。探偵もの、バディもの、近未来SFとしても今後の展開に期待が持てるだろう。ゲームは捜査パートと推理パートを繰り返し、合間でストーリーパートが進行する。
捜査パートは本作の目玉だ。死亡現場の捜査には「状況再現装置」を使う。腕輪のような装置を操作するだけで、現場の時間を「巻き戻し」ながら歩き回れるのだ。これはAR技術と生成AIが300年発展した未来ガジェットか? 仕組みが気になって仕方ないが、ともかくリプレイ動画を巻き戻すようにして、被害者がどうなったかがわかる。証拠がある時間と場所はUIで示してあり、決定的な事象にはスポットライトが当たるという舞台めいた演出もある。探偵のカンが冴えるシーンだ。
推理パートは捜査で得た情報を元に推理する。状況再現装置を床に置くとホログラムを投影し、ホワイトボードの代わりになるのがカッコイイ。ゲームプレイは浮かんだ疑問に正解となる情報をつなげるだけだが、推理のプロらしさを演出したのがうまい。主人公とオペレーターが討論でお互いに納得して話を進める、この行程で両者の不承な態度が徐々に軟化するのだ。バディ関係の進展を応援したくなる。
このように、探偵ものやバディものの面白さがゲームプレイで味わえる。近未来SFには、1人称視点でたっぷり没入できる。ロケーションの数は少ないものの、作り込みの密度が濃い。インタラクト可能なオブジェクトをかたっぱしから手に取り、近未来SFへの好奇心を満たそう。その都度、主人公が社会に倦んだ冷笑派の感想を述べるのが痛快だ。大道具も小道具もアール・デコ調の見た目と裏腹に驚くほどハイテクで、ガジェット好きにはたまらない。ネオンで光るトンプソン・サブマシンガンには思わず笑みが漏れる。
しかし、本作は見た目どおりのビデオゲームではない。物語は予想外の方向に進み、事件の真相が唐突に明かされて終わる。ゲーム序盤から抱いた期待に応え続ける、ビデオゲーム・エンターテインメントを求めていたなら肩すかしを覚えるだろう。まるで撮影予算が尽きて強引に締めくくった、尻切れトンボのB級映画らしさがある。そこから、本作のユニークな体験が始まるのだ。
ハードボイルドとしあわせの理由
映画にあかるい人が本作をプレイすれば、フィルム・ノワールを想起するだろう。1人称視点という珍しさこそあれ、画面の絵づくりや登場人物の振る舞いは様式美といってよい。フィルム・ノワールの主人公をPOV映画として体験するゲームなのだ。それは平穏と程遠いハードボイルドな体験になる。つまりは納得との戦いだ。
本作は満足できない終わりを突きつける。オープンエンド(観客の考察を要するタイプの映画)を明示し、プレイヤーに考察するよう促した。考察すべき謎は何か。序盤の章間で独白をこぼすとおり、主人公と社会の関係がミステリである。ここでPOV映画の要素が効いてくる。推理に要する情報を等身大で体験するのが面白い。
主人公自身がミステリゆえに、1人称視点ではミステリを目にできない。このトリックを1人称視点のビデオゲームとして体験する点が本作をユニークたらしめている。答え合わせが始まる前に観客が推理できるよう、情報をすべて提示したフェアプレイにも満足だ。捜査と推理の手ほどきをゲーム内で授けたのもすばらしい。最後の事件は自殺か、他殺か、それとも事故か。この疑問から始まりすべての情報が結びつく、ミステリの快さがあると保証しよう。
POV映画としてのビデオゲーム
POVカットを用いた映画『ネイビーシールズ』(2012)や、全編POV+ワンカット映画『1917 命をかけた伝令』(2019)を劇場で鑑賞したとき、「これは見るFPSだ!」と感動したものだ。『Nobody Wants to Die』にはちょうど真逆の感動がある。これはプレイするPOV映画だ。
名作FPS『Half-Life 2』以降、ビデオゲームがPOV映画の性質を持つようになってひさしい。映画ジャンルとしてビデオゲームを考えると、人気のジャンルは戦争映画とゾンビ映画である。ウォーキングシムを用いたモキュメンタリーやスリラーも人気だ。ほかには? 本作は新たな可能性を切り開いた。ミステリを推理する探偵役の思考を映像化したのである。
これだけは伝えたい。“ビデオゲーム映画”には自宅でのみ体験できる良さがある。映画館にはDolby AtmosやIMAXレーザーの迫力がある。同様に、自宅にはビデオゲームのインタラクティブな没入感があるのだ。ビデオゲーム機という高級ガジェットだけで得られる体験を、オーディオビジュアルのファンにぜひ一度味わってもらいたい。
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