水溜りボンド・カンタが映像制作会社を立ち上げた理由 10年間「映像とプラットフォーム」に向き合い続けたクリエイターの“創作論”
映像会社設立の背景にあった「YouTuberとしての不安」と「30代のワクワク」
ーーキャリアを重ねて表現するものが変わっていくなかで、創作することへの向き合い方は変化していますか?
カンタ:間違いなく変化しています。多くの再生数を得るということは、たくさんの人に好かれたり見てもらうことなので、よりいろんなものを好きであったり知識があった方がいいですよね。それもあって、キャリアの最初のほうは自分自身の個性ともいうべき嫌いなものを極力削って大多数のほうに寄せていくようにしていましたが、それを重要視して色んなことをOKしすぎたり、色んな人に合わせすぎたり、だんだん特徴のないものになってしまって。ポップカルチャーであることは重要だと思っているんですが、その戦いってプレイヤーが多いうえに、ゴールがなくて無限に道が続いていく、一番しんどいルートなんですよね。
そんな道を10年歩いてきたからこそ、ある程度どっしり構えて新しい流行りを取り入れつつ、自分にしかできないことを考えてコンセプトを統一していくことの重要性を、最近になって結構考えるようになりました。
ーーある意味、1周も2周も回ったがゆえの変化でしょうね。カンタさんのなかで結論は出たのでしょうか。
カンタ:YouTuberを10年間やってきた人って、結局なにができるようになって、どういう能力が本当に付いたのかなんて、歴史も浅いぶん誰も知らないし、それを言語化して語れる人がそもそも少ないんです。再生数が取れると言っても、自分のセルフプロデュースが上手なのか、他人のプロデュースもできるのかもわからない。巷ではSNSに詳しいという人もたくさん出てきているなかで、その人たちより果たして自分が本当にできるのかも分からない。そういう意味で自分自身の30代にすごく興味があって、昨年から映像会社を立ち上げたんです。
ーーそうなんですか!? 初耳です。
カンタ:こういう場では初めて言いました(取材時期は6月中旬)。まさかこのタイミングで取材をしていただくと思っていなかったので驚いているんですが、「Arks株式会社」という会社を立ち上げて、スタジオや作業場を作りました。立ち上げたといっても、僕は社長をやりたくないので、ずっと一緒にやってきたタクローという男に任せています。
タクローはコムドットが登録者500人くらいのときに、リーダーのやまとと知り合って、他メンバーも含めて全員をご飯連れていったりと面倒を見ていた男で。僕から聞いた知識も彼らに伝えていたので、実はコムドットと僕らって、昔からうっすら関係性があるんです。
ーー初めて聞くエピソードが続きますね……。会社を立ち上げた背景について、もう少し詳しく伺ってもいいですか?
カンタ:僕自身、実はそこまで表に出たいという人でもなくて。YouTubeを顔出しで始めたのもなりゆきでしたし、自分が作ったものを楽しんでもらうのはすごく嬉しいんですけど、YouTuberのなかで同じような価値観のクリエイターが意外といなくて。みんな映像編集もできるしカメラも触っているんですけど、どちらかといえばビジネスやアパレルなどの分野に進出する人が多くて、映画やMV、音楽の話が通じる人が少ないんです。逆にその話で盛り上がれるのは映像関係の人たちやカメラマン・照明の人たちが多かったりして。自分は裏方という言葉があまり好きではないのですが、やはりそちらの気質なのかなと感じることが年々増えてきたものの、YouTuberという肩書きで、映像業界の方に認めてもらえるかどうかも不安で。
ーーカンタさんはもとより個人でMVも一定数撮っている方だったので、YouTuberであることによって“映像業界”の本職の人ではないと思われる怖さがあるというのは意外でした。
カンタ:その根底には「YouTuberがなんとなくMVを撮りました、みたいに捉えてほしくなかった」という思いがありますね。MVを撮り始めた当時は、自分たちの話題性も含めても、少し引きがあって、表に出てはいないものの、あるメジャーアーティストさんから「MV撮影をお願いしたいのですが、どうですか?」というお話も実際にありました。ただ、その座組を聞いたときに、どうも客寄せパンダ的な消費のされ方をしている気がして。自分がそれに乗ってしまうと、本当にやりたいことなのに違った見られ方をしちゃうなと思ったんです。
YouTuberという仕事って、肯定されきらない感覚を持ち続ける職業だと思うんですよ。歴史が浅いから「これが仕事です」というのもはばかられるので。どれだけ稼いでいても「それって仕事なの?」とか「遊んで稼げていいよね」みたいなことを言われたりして。
ーー以前より風向きが変わった気はしますが、まだその雰囲気自体は少し残っていますよね……。
カンタ:そうなんです。いろんな方とYouTubeでコラボレーションしても、どこか一方通行な気もしていて。
ーー対等に1人のアーティストとクリエイターとして仕事がしたい、と。
カンタ:そうですね。とはいえ先ほど挙げたお話も別に対等に扱われてなかったわけではないんですけど、僕がいなくても成立するような状況になっちゃうのは、自分にとっても相手にとっても、そういうつもりはなくともリスペクトを欠いてしまう瞬間があるような気がして。それに、自分で大きな現場もそこまで経験できていなかったので、自分たちで映像制作の会社を作って挑戦してみることにしました。
ーーなるほど。すごく納得しました。
カンタ:YouTubeを突き詰めた20代があって、30代になってまだ挑戦ができるというのは、自分のなかでは「こんなに楽しいことはない!」とワクワクしています。絶対にその経験もYouTubeに必ず活きてくると思いますし、この振り幅が水溜りボンドをより面白くするのは間違いないので。今回のようにチームを作って、段取りを理解して、ひとつずつ積み重なっていったなかで挑みたいと思っています。
ーー直近で会社として動いたお仕事はあるのでしょうか?
カンタ:先日公開になった青山学院150周年の記念映像は、Arksの面々を中心に、同世代でやってるカメラマンや映像クリエイターと組んで撮りました。この仕事は、僕が青山学院大学の学生だった時代に僕が学校で編集してるのを大学の先生が見てくれていて、お話をいただいたものだったんです。こうして映像で恩返しできることに繋がったのは嬉しいですし、結果的に学生さんが250人くらい関わってくれた大規模な映像になりました。
ーー250名ですか! 制作はかなり大変だったのでは?
カンタ:幼稚舎の子から大学生の方まで、すべての世代の学生さんに出てもらっているぶん、飽きさせないためのコミュニケーションはすごく重要だと感じました。カメラに向かって走ってくるシーンとかあるんですけど、子どもたちがカメラを通り越して走りすぎちゃったりして、ちょうどいい距離に行ってほしいことを伝えるために、どういうふうに伝えようかと悩んだり、学生さんの眩しさを近くで感じて、自分の学生時代を思い返してみたり、中学生のところに行って挨拶したら「うわー、水溜りボンドのカンタさんだ!」と喜んでもらえたりして。YouTuberとしての自分が誇らしく思えたり、この学校で育ったことを嬉しく感じたりと、すごく自分に自信が持てた仕事になりました。