ヒトと人工知能とが共進化した先にある“世界”を考える 「ニューロテック」の未来について

ヒトとAIが共進化した先にある世界を考える

 筆者は日頃、ニューロテックの未来についての構想や思想をNotionに書き連ねているのだが、せっかくなので、記録として残し、またどこかの誰かと思想を共有できたらなと思い、本記事を執筆することにした。

 自分で言うのもなんだが、かなり独白的なきらいがある文章を書くことになる。その点はご容赦いただければ幸いだ。

 「ニューロテックとはなんぞや」という方に向けた記事はまた追って執筆したいと思う。

(※本稿はnoteに掲載した記事を再構成したものとなります)

人類とAIによる共進化について

 さて、本稿はニューロテックについての記事なのだが、まずは導入として「人間とAIの進化」について、筆者の考えを述べたいと思う。

 勘の鋭い(?)方は「さては」と思われるだろうが、筆者は「ニューロテック」の延長上に、「人間とAIの進化」(正確には共進化)という目標を据えている。

 この分野に興味のある方はAIについても比較的明るい方だと思うので、昨今のAIの進化の系譜は省略するが、「Claude 3 Opus」などの大規模言語モデル(LLM)をはじめとして、ビックデータと誤差逆伝播法ベースのDeep Learningを両輪に、AIは日々目覚ましい進化を遂げている。

 LLM分野でも、最近「Sakana AI」から「進化的モデルマージ(※)」なる手法が発表された。ここで使われている「進化」という語はいわゆる「Evolutionary Algorithm(進化的アルゴリズム)」のことだが、LLMの開発現場における手法の進化として紹介しておこう。

(※進化的モデルマージ:複数の学習モデルを組み合わせる「マージ」と、生物の進化の過程を模倣、自動化させることで最適な解を導き出す「進化的アルゴリズム」を組み合わせた手法)

 このように、多くの言語的活動や知的生産活動において、AIの能力はすでに平均的な人間をはるかに超えている。余談だが、図らずも最近のテクノロジーは人間をどんどん“考えさせなくする”方向に使われているので、広義での「人間のBOT化」なんてものも同時進行していると言えるだろう。

 孫正義氏はあるインタビューの中で、「AIの進化に対して人間も進化しなければならない」と発言していたが、ではそもそも人間が「進化」するとはどういうことだろうか?

人間の進化にはまだ可能性がある

 進化学、特に進化生物学的に考えてみると、遺伝的に適応進化したと言える例は我々ホモ・サピエンスでもみられる(注釈:ここでの「適応」は厳密に使うのには注意を要するものだ)。

 たとえば、水中に15分以上潜水できるインドネシアの民族、Bajau族の人々の能力は、多くの人が一度は聞いて驚嘆したことのある、進化の多様性がわかる良い実例だろう。こういったヒト種間の大きな違いは、多くの場合、身体的能力や認知能力(瞬間記憶能力など)に大別することができる。

 遺伝的要因にほぼ依存するこうした多様な身体的特徴は、まさにヒト種と自然との相互作用から生まれた多様性ともいえる。また分子生物学的な進化の他に社会文化的な「模倣子(ミーム)」といったものも進化するものの一つだ。

 では、現代の我々にとって欠かせないテクノロジー、人間と機械、ひいてはデジタル空間とのインタラクションについてはどうだろうか。デジタル空間を扱う技術の中で最も有名なのは「メタバース」を始めとするVR/AR技術だと思うが、近年しばしば耳目に触れる機会が多くなったものといえば、「BMI(Brain-Machine Interface)」はそのひとつだろう。

 「侵襲/非侵襲BMI(※)」の技術的な限界、将来の展望についての私評は後日にするとして、ここではこの技術を今までの文脈から捉え直してみたい。

 つまり、「脳の進化」という文脈だ。

(※侵襲/非侵襲BMI:脳に装置を埋め込むなど、物理的に脳へ手を加える種のBMIを「侵襲型BMI」、外部のセンサーなどを利用して脳自体に手を加えない種のものを「非侵襲型BMI」と分類する。以前は侵襲=BMI、非侵襲=BCIという区別が主流だったが、本稿では侵襲/非侵襲BMIの2つに区分する)

 今までの進化の産物としての我々が持つ脳の仕組み、身体との関係などについては、池谷 裕二先生の「進化しすぎた脳」など分かりやすい良著が多くあるので、そちらも参照していただきたい。

 筆者がこれらを読んでみてやはり思うのは、今の我々の脳には“更なる進化の余地”が多分に広がっているだろう、という事だ。

 そもそも、思考・意識・言語・記憶といったものは、我々にとって本質的に重要であるのに、我々自身がよく分かっていない、脳の処理機構によるものだ(もちろん、身体は脳のボトルネックであると多くの学者が考えているように、身体性もまた重要な要素であることは否定しないが、ここでは一旦「脳」にフォーカスするため割愛する)。

 これらの高次認知機能について、人類の理解はまだまだであると言わざるを得ない。神経生理学的・解剖学的な分析を用いたアプローチにしても、AIのような「知能を創る」ことで理解しようとする構成論的なアプローチにしても、程度の差こそあれ日々目覚ましい勢いで研究が産生されている。しかし、その最先端は最終到達地点からまだまだ乖離がある。

 こうした背景から、BMI技術のような学際領域において、認知・運動(・言語)についての研究がほとんどであるという現状は、当然といえば当然だ。

 細かいところだと、UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)のEdward Chang 研究室は今ホットな研究を多く生み出しているスター研究室で、今後数年間のBMI研究の先駆けとなっていくだろう。

 しかし、「本当の意味での」思考や言語、記憶の「Brain-Machine Interface」を議論するにあたっては、やはり脳における測定・刺激=デコード・エンコード技術の詳細を把握し、脳の仕組みそのものについての理解を深めなければならない。

 実際、そうした研究はさまざまな手法でおこなわれている。たとえば、ヒト侵襲だと皮質表面の何千~何万電極での計測、海馬と皮質の同時計測、「Stentrode」やNano particle(ナノ粒子)による測定/刺激技術などが盛んに研究されており、非侵襲でもMEG(脳磁図記録)やUltrasound(超音波)などが急速に研究が進んでいる印象だ。

 こういったデータ測定の部分は大きなキモとなるが、個人的には様々なモダリティで取得したデータの応用方面にとても関心がある。

 数万のニューロン集団の電位の揺らぎである脳波をどのようにしてモデリングするのか、という方法論でさえ、深層学習から数理モデル、情報理論などさまざまな手法が存在し、BMI/BCIなどの神経工学分野においては更なる設計の創意工夫、AIシステムとの統合などが期待できる。こうした広がりによって、とても面白い技術が実現できるのではと考えている。

 続いては「BMIの定義」について。現状のBMI研究がどのような価値観に基づいて行われているのか、それに対する筆者の考えも述べていく。

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