渋谷慶一郎が考える、AI時代によって変化した音楽の“偶然性” 「日常のなかで耐性ができてる」

 渋谷慶一郎が6月18日に東京・恵比寿ガーデンホールにて『Android Opera TOKYO - MIRROR/Super Angels excerpts.』を開催する。国内でのアンドロイド・オペラ単独公演は6年ぶり。アンドロイドと声明、オーケストラ、ホワイトハンドコーラス、映像など常識を超えた要素が混ざり合い、誰も見たことも聴いたこともない体験を得られる一夜となるだろう。

 そして渋谷は今年に入り、日本への一時帰国やイベント出演、ドバイ「ワールド・ガバメント・サミット2024」、イタリアでの「ミラノデザインウィーク2024」への参加とグローバルな活動で多忙を極めている。最先端のテクノロジーに音楽家として触れる彼が2024年前半に見たヴィジョンとは。東京公演、偶然性の音楽、東京大学・池上高志氏と開発中のプログラム、ドバイで見た世界のいま、シンセサイザー、YOASOBIなどについて、あれこれ語りつくしてもらった。(小池直也)

「中原君の眼がサングラスの奥で潤んでいたのを見て『誘ってよかった』と思った」

――先日フランスに戻られたそうですね。先日の日本での滞在中もライブや演奏などが多かった印象です。

渋谷慶一郎(以下、渋谷):1月の末に帰国して、2カ月ほど日本にいましたね。DOMMUNEでGalcidさん、齋藤久師さんと一緒に偶発的な即興ライブ「TOKYO “NO COMPUTER” LIVE SESSION」をやって、僕はProphet5とHIKARI InstrumentsのMonosとDuosというシンセサイザーだけで参加しました。

 最近はアンドロイド・オペラみたいな大掛かりなプロジェクトが多かったので、個人的にはシンセだけで演奏できる機会はかなり楽しめました。

――宇川直宏さんのキュレーションによる『Re:EDIT 702024』は、療養から復帰した中原昌也さんとのセッションもありましたね。

渋谷:病気と聞くと声をかけづらいと思うのですが、中原君にもう一度音楽をやらせるにはこういう時こそ無理強いが必要だと思って。だから宇川君と何度も連絡を取り合って、思い切って引きずり出したんです。彼のシンセは宇川君が自宅まで取りに行ってくれて。自宅で療養している状況で轟音なんて鳴らせないし聴かないじゃないですか。

 だから彼も自分で出した音を浴びながら呆然としてましたね。演奏中、中原君の眼がサングラスの奥で潤んでいたのを見て「ああ、誘ってよかったな」と思いました。終わったあとステージ上で宇川君が「最後に一言ある?」と聞いたら「シブヤ、殺せ!」とか言ってきて(笑)、懐かしい気持ちになりましたね。ミドルフィンガーで言い返しました(笑)。

――その後、イタリア・ミラノでは世界最大のデザインイベント、「ミラノデザインウィーク2024」にLEXUSのサウンド・インスタレーションで参加されました。

渋谷:そうですね。音響設営からミラノ入りして、オープニングでインスタレーションのなかで「Prophet-5」を弾いたりもしました。展示は31チャンネルのスピーカーを使い、今回の展示用に作曲した10分10秒のシークエンスと、「Abstract Music」という僕の新しいサウンドインスタレーション作品が同時進行するものを発表しました。「Abstract Music」はコンピュータプログラムが僕のハードディスクにある膨大なサウンドファイルのなかから1~8個を選び出し、ランダムにピッチや再生箇所、再生方向などを変えて再生するんです。常に変化する仕組みだから何が起きるかわからないし、2度と同じ瞬間は来ない、そういう作品です。

 耳の数と同じ2スピーカーは、協和した音楽を鳴らす前提のシステムだから、複数のサウンドが同時に鳴ったり、不協和な音の連続というのは、人はノイジーに感じてしまうと思うんですよ。でもマルチチャンネルのなかで各音がスピーカーの間のアトラクター上を縦横無尽に移動し続けていれば、それって自然の中にいる様なもので人は調和を感じることができる。これは面白い発見でした。

 「偶然性」って、現代音楽のなかでミニマルミュージックなんかに比べるとあまり人気のある手法じゃない。でもAI以降、予想もしなかったものに出会うことが日常で多くなった。例えば洋服屋の店員は、その日僕が黒いジャケットを着ているから黒を勧めてきたり、そういうのは予定調和というか凡庸ですよね。でも例えばECサイトで買い物をしていると突然、知らないブランドの洗顔料が突拍子もなく出てきたり、人は日常のなかで偶然性や予測不可能性と遭遇しているんです。だから音楽でも以前よりは偶然性や偶発的なものには耐性ができてるんじゃないかなと思ってたら、本当にそうだったという。

――現代音楽の文脈で着想されたアイデアだったのですね。

渋谷:でも単に現代音楽とか偶然性の音楽をパラフレーズするのは面白くないし、「前衛を復興させよう」みたいなノリも好きじゃない。だからシンセやコンピュータで生成した音が、風や匂いのように空間の中を動く、つまり人工的な音が自然環境のように移動する。それが無限に変化していく、というのは可能性があると思ったんです。

 この作品を最初にやったのが昨年5月に東京都庭園美術館で開催された「Prada Mode Tokyo」で、他にも香取慎吾さんの「WHO AM I -SHINGO KATORI ART JAPAN TOUR-」の会場音楽にも取り入れてテストしたりしてしました。特に後者は完全にマスの方にアプローチする展示だったから、ここでコンピュータプログラムによる偶然性の音楽とかを黙ってテストして大丈夫だったら時代は変わったというのが確認できるかもと思ったんです(笑)。結果的に永遠に変化し続けるサウンドスケープという試みで、来場者の滞在時間も伸びたようで、歌もない抽象的な音楽だったからこそ絵を鑑賞している人が音と結び付けて勝手に想像力を発揮しているのも面白くて。

――LEXUSのインスタレーションでは新たに調整を加えたりも?

渋谷:鳴る頻度や音の粗密については実際の空間で調整したりしました。会場の奥の壁が和紙のスクリーンみたいになっていて、そこに10分10秒の光の推移がプログラムされてて、それに合わせた音楽を新たに作ったんです。映画のサントラみたいな作り方だけれど、映像でなく光の移ろいに合わせて音楽をつけるというのは自分的にも初めてで面白かったです。展示デザインは日本メーカーがミラノで発表するということもあってか、禅的なミニマルな世界観でしたが、音をそのまま合わせても面白くないと思い、僕なりのマキシマリズムをそこに溶け合わせたという感じでした。

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