連載「Performing beyond The Verse」(第1回:動く城のフィオ)
「今後の人生を“バーチャルだけで生きていく”と決めた」 Vket発起人・動く城のフィオがバーチャル関連の起業を続ける理由
リアルへ行けない身から見た「リアル回帰」の2023年
――VRの世界にやってくる人が増える一方、2023年には『Vket2023リアル』を筆頭に、「リアルの場へ行く・集まる」という動きも加速しつつあります。こうした状況を、フィオさんはどのような思いで見ていますか?
フィオ:長く続いた「コロナ禍の我慢」から解放されたことで、リアルでいろんなことする動きが生まれるのは理解できます。キャンプなどが流行っていますし、それこそ『Vket 2023 Real』は大きな一例だと思います。リアルでしかできない体験ってやはりありますからね。
一方で、私自身は5年前に「現実の姿ではなく、アバターの姿で生きていく」と決意した人間です。その方が私にとっては生きやすいのでそれでいいのですが、現実で得られる良さをバーチャルで体験できないのは嫌なんですよ。
その原体験として、以前HIKKY本社でリーダー研修がおこなわれたとき、自分以外の参加者は全員現地に行っていて、自分だけはバーチャルの姿で参加した、ということがあったんです。現地で盛り上がっていても音声越しで「うわー、さみしい!」と思ったんですよね。
この時負った“傷”から、「アバターのまま現実社会で溶け込んでいく世界」を目指したいと考えるようになりました。じつは『Vket 2023 Real』の裏の目的として、それもあったんです。『AVATAR MEETS(※)』などのアトラクションがまさにそうですね。
【※「AVATAR MEETS」……『Vket 2023 Real』のアトラクション。巨大モニターの前に立つと、自分の動きに連動するアバターがバーチャル会場に表示され、バーチャル会場にいるユーザーと交流ができる、という内容】
――バーチャル側にいる人が、現地会場にいる人と交流できるアトラクションがたしかに多かったですね。VTuberが入って動かすロボットも印象的です。
フィオ:そのロボットの発展形として、次回開催の『Vket 2023 Real in シブハラ』では、『Vketウォーク』という取り組みを行います。これは広告看板のように、現実の人間にモニターを前後はさむ形で背負ってもらい、そのモニターにバーチャルの人を映し、バーチャル側からの指示で街を歩いてもらうというものです。
――ロボットではなく、人間がバーチャルの人を運ぶのですね!
フィオ:前回のようなロボットって、乗っている側は意外と孤独なんです。ロボットはやはり人間と異なる存在なので、周囲の視線も「自分と違うもの」を見る目になってしまう。でも、人間ならば親しみが持てますし、なによりバーチャル側の人と相互コミュニケーションが成立するんです。よき相棒になってくれるはずです。
――ノートパソコンを使うかたちで、VTuberがイベント会場を取材する際に時折見られる手法ですが、「人が運んでいる」方がなんとなく声を掛けやすそうですね。
フィオ:そうなることを期待しています。ぜひ渋谷・原宿に見に来てほしいです!
スタンダードでなくても、生きていける――“バーチャル”という在り方への想い
――以前のフィオさんは低頭身のオリジナルアバターを使用されていましたが、最近になって市販3Dモデル『トラスとウェッジ』の改変アバターを使われるようになりました。どのような経緯で使い始めたのでしょうか?
フィオ:まず、『トラスとウェッジ』は一昨年の冬の『Vket』で見かけて、純粋に「かわいい!」と思ったのがきっかけです(笑)。一般的な『VRChat』ユーザーと同じように、一目惚れしたアバターを使っています。
ですが、それと同時に、最初に使っていたアバターが有名になりすぎた影響も大きいです。現在、『Vket』の顔役は弊社のなごみと育良(啓一郎)に引き継いでいて、私があのアバターを使って表に出ていく機会は減りました。だけど、やはりあの姿は多くの人に知られているようで、プライベートで遊んでいても「あの人って有名な人じゃない……?」とささやかれることがあって……。そう噂されるのも、「あの人が『Vket』を作ったんだよ!」と紹介されるのも、こそばゆいじゃないですか(笑)。
――著名なタレントが“いつもの姿”で出歩くと人が集まって大変、という話に通ずるものがありますね。
フィオ:なので、“『Vket』の顔役”ではない姿がほしくなったんです。そのときに出会ったのが『トラス』です。いまは「アングラチャイナ」な雰囲気に改造したり、ダンスに最適な高身長化を施したりして、自分の好きな姿を楽しんでいます。
――そして先日、クリエイターの"私"さん制作のオーダーメイドアバターをお披露目されましたよね。あのアバターはどのような経緯で用意されたのでしょうか?
フィオ:今後、『VRChat』のモバイル対応や、『MyVket』の展開拡大によって、「ローポリだけど表現力が高いアバター」が必要になると思い、ローポリデザインと最適化が得意な"私"さんに発注しました。Quest対応済みですし、ポリゴン数も10000ポリゴンでおさまっていて、とにかく軽いです。
だけど、一番の決め手は「"私"さんのデザインが好きだったから」ですね。今も昔も、自分の好きなことをやりたいだけ、ということで一貫しています。
――そんな「自分の好きなこと」をやり続けられる“バーチャル”という在り方は、フィオさんにとってどのようなものなのでしょうか?
フィオ:ひとことでいえば、「セーフティーネット」です。私はうつ病を患ったことをきっかけに、「今後の人生を“バーチャルだけ”で生きていく」と決めました。そんな生き方を認めてくれた人たちに恩返しがしたいですし、いまは自分と似たような境遇の人に、“バーチャル”という在り方を伝えていきたいとも思っています。
これまで私がVRで出会った人たちの中には、何かしらの問題を抱えた人が少なからずいました。そんな人たちが、VRで人とふれあって、「現実の縛り」から解放されることで救われるところも見てきました。ほかならぬHIKKYにも、そんな境遇をたどってきた人がいます。
自分のような、社会においてスタンダードな在り方ができない人もカバーしてくれるのが、“バーチャル”という在り方だと思います。現実が苦手な人、好きじゃない人、あるいは「なんとなくこちらがいい」人も。好きな名前と姿で生きられる、“バーチャル”が普及した世界を目指していきたいです!