連載「Performing beyond The Verse」(第1回:動く城のフィオ)

「今後の人生を“バーチャルだけで生きていく”と決めた」 Vket発起人・動く城のフィオがバーチャル関連の起業を続ける理由

 「メタバース」を筆頭に、拡大をつづけるバーチャルの世界。そんなバーチャルの世界には、現実世界同様にさまざまな「表現者」がいる。今回よりスタートする連載「Performing beyond The Verse」では、バーチャルにおけるありとあらゆる「創作」と「表現」にたずさわる人びとに話を伺っていく。第一回目は、HIKKY社・動く城のフィオ氏にインタビューを実施した。

 フィオ氏はVR最大級の展示会イベント『バーチャルマーケット(Vket)』の発起人であり、HIKKY社が新規に立ち上げるVR事業の中心を担う人物だ。そして、同氏は基本的に「バーチャルな存在」として生きており、現実世界に姿を見せることはない。

 しかしながら、HIKKY社全体としては『Vket Real』や大規模なオフ会の開催など「現実世界」に向けるまなざしを年々強めており、その動きにもフィオ氏は関わっているのだという。なぜ同氏はバーチャルにフォーカスを当てて今も活動を続けるのか、そしてなぜバーチャルの側からリアルへのアプローチにもチャレンジするのだろうか。これからのメタバースに期待することや、自身とバーチャルの在り方などと合わせて、見解を伺った。

動く城のフィオ


株式会社HIKKY・CVO (Chief Virtual Officer)

世界最大のVRイベント『バーチャルマーケット(Vket)』創設者。大手広告代理店やエンターテインメントのベンチャー企業を経て、2018年2月、VR空間に生きることの可能性を見出し、アバター姿での活動を開始。現在はVketの世界観・コンセプト設計などを担うプロデューサーとして活躍中。VR空間での生活圏・経済圏を確立する未来を提唱し、2022年『メタバース革命 バーチャル経済圏のつくり方』を出版。

「クリエイティブをもっと楽に」――怒涛の勢いで新規サービスを立ち上げ続ける理由

――2023年現在、フィオさんは数多くのプロジェクトを手掛けているかと思います。まずはどのようなことをされているか具体的な内容をご教示ください。

動く城のフィオ(以下、フィオ):以前から引き続き、『バーチャルマーケット(以下、Vket)』のコンセプトメイキングを担当しています。『バーチャルマーケット2023リアル(以下、Vket 2023 Real)』でも、現地に行けない”バーチャル側のひと”としてアドバイスを行う立場にいます。

 今回開催の『Vket 2023 Winter』では、「アイテム出展」「コミュニティ出展」といった、より裾野が広がる参加方式の検討にも携わりました(※)。

【※アイテム/コミュニティ出展……通常、『Vket』に出展する参加者は出展ブースの3Dモデルを自身の手で制作する必要がある。『Vket 2023 Winter』から追加された参加方式である「アイテム出展」ではアバターや衣装のモデル単体でも参加することが可能になる。「コミュニティ出展」は会場内にポスター掲示をおこなうことが可能になるもので、画像の入稿のみで参加できるため、大幅に参加のハードルを下げられる】

ーー『Vket』以外ではいかがでしょう。直近でもさまざまなプロジェクトが発表されていますが……。

フィオ:『Vket』以外には、現在おもに3つプロジェクトを進めています。1つ目は『VATAR』。アバター改変(※市販アバターのカスタマイズ)など、バーチャル空間専門のスキルマーケットを3月に始動しました。権利面で難しい領域ではありますが、将来的に必要になるはずなので、現在も取り組んでいるところです。

 2つ目は、AIを用いた衣装のテクスチャ生成サービス『ThreadTale』。アバターをアップロードし、AIに「こんな服を着たい」と依頼するだけで、衣装テクスチャが生成できるサービスです。アバター改変をより手軽にしたいという思いからスタートしました。

 そして3つ目は現在開発中の『V!net(ビネット)』です。おもに『Vket』などに出展する方向けに、出展ブースをかんたんに作れるようにするためのサービスです。『Blender』などでブースのモデルをいちから作らずとも、ドラッグ&ドロップで直感的に作れるサービスを目指していて、出展を少しでも楽にしたり、ハードルを下げるのが目的です。

 ……という感じですね。むかし不思議に思っていた「とにかくたくさん事業をおこしているおじさん」に、気がついたら自分もなっていました(笑)。

――本当に多岐にわたりますね! クリエイティブ関連の新規サービスが多いですが、これらをスタートさせているのはなぜでしょうか?

フィオ:「バーチャル空間上のクリエイティブをもっと楽にしたい」という想いに尽きます。『VRChat』をはじめとしたVRの世界でクリエイティブなことをするには、その中身が3Dモデル関連のことでなかったとしても、ある程度3Dモデリングの勉強や知識、作業時間がどうしても必要になります。

 「作ることが楽しい」と「使うのが楽しい」は別物で、前者が好きな人もいれば、後者が好きな人もいる。自分も『Blender』や『Unity』は扱えますが、どちらかと言えば後者のタイプなんです。「大変なことはしたくないが、クリエイティブなことはやりたい」という人のために、できる限りその負担を減らそうと尽力しています。

――先に挙げた3つのサービスは、「アバター改変」と「ブース出展」がターゲットかと思いますが、これらのほかにハードルを下げたいことはありますか?

フィオ:アバター制作そのものでしょうか。現在、『VRChat』の「ワールド(3D空間)」はツールを動かすだけでかんたんに作ることができる土壌が整いつつあります。HIKKYで提供している『MyVket』でも、「ハウジング機能」を使えば簡単にワールド作成ができるようになっています。

 一方でアバター制作は、以前よりも簡単にはなったとはいえまだまだ予備知識の無い方が触るには難しいというのが実情だと思います。手軽な操作だけでアバターが作れるようになれたらと思いますね。

――Webアプリ『Ready Player Me』や、スマートフォンアプリの『カスタムキャスト』など、アバター制作ツールはいろいろとありますね。最終的にはそうしたものを目指していく?

フィオ:はい。『MyVket』の『Avatar Maker』も、アバター制作をより手軽におこなえることを目指すツールです。現時点で頭部のデザインも入れ替えできるようになっているので、ここに「UGC(User Generated Content)」もからめて、より手軽にさまざまなアバターを作れるようにしていければなと。

 アバター改変ですら、PCの前に座って作業するだけとはいえ、実際にやってみるとなかなか労力がかかりますし、「お風呂入っている間にこんな感じの服に着替えたい!」というくらいの軽いノリで作れるようになったら、敷居が下がるはずですよね。クリエイティブが日常生活に溶け込んで、呼吸をするようになにかを作れるようにしていきたいですね。

HIKKY創設から5年ーーVRの世界はどう発展した?

2018年に開催された『バーチャルマーケット』初回の告知ポスター

――2018年のHIKKY社創設と『バーチャルマーケット』初回開催から、いまや5年ほど経ちました。フィオさんから見て、VR・メタバースの世界はどのように発展・変化したように思いますか?

フィオ:2018年からVRの世界は着実に拡大していますが、その勢いはおだやかですね。人口は増えているものの、人口に対する事業者の比率がまだまだ少ないのも理由のひとつでしょう。安定したビジネス基盤を確立できていない個人のプレイヤーが多いんですよね。飛躍的な拡大を遂げたVTuber業界と比べるとなおさらです。

――たしかに、VR・メタバースの世界の事業だけで食べている人は、ごく少数のクリエイターや、それこそHIKKYのような専門企業くらいですね。

フィオ:それでも、この5年を振り返れば2020年の『Meta Quest 2』(当時は『Oculus Quest 2』)の発売は最初の転換点だったと思います。多くの人が『VRChat』にやってきて、アバターの需要が急上昇したことで、「アバターを作って販売する」ムーブメントが生まれました。実際、人気アバターのいくつかは2020年に生まれています。その盛り上がりを見て参入したクリエイターも多いんじゃないでしょうか。

 そして今年は「企業の参入」が増えた、という意味で転換点だと思います。VRChat社とパートナーシップ契約を結ぶ企業が急増し、公式ワールドを発表する企業も増えました。以前はそうした需要を『Vket』が一手に担っていたのですが、「VRでなにができるか」を各社ともに理解し始めて、自走できるようになったんじゃないかなと思っています。

 こうした出来事によって、VR・メタバースの世界はゆるやかでありつつも順当に発展しています。ただ、その勢いが世間の期待ほどではなかったというだけで。半年ほど前に「メタバース幻滅期」という言葉が生まれたのも、期待ほど急拡大しなかったから、というのが大きいのかなと。

――では今後、VR・メタバースはどのように発展・変化していくと思いますか?

フィオ:しばらくはゆるやかな発展が続くと思います。キラーデバイスの登場で爆発的な発展がくる可能性はありますが、「面だけだったインターネットが空間になっていく」という本質的な流れは、VR、AR、メタバース、あるいはそれ以外の手段であろうと、確実に続いていくはずです。すっかりバズワードになった「メタバース」ですが、その本質を捉えているという点で、僕はいい言葉だと思っています。

 そして、「あこがれが人を動かす」という流れも止まらないでしょう。これまでも、アバターやアバター向け衣装を作ることで、「一山当てる」という夢を抱いた人は少なくないはずです。そうした「夢」こそ、人を突き動かす大きな原動力になります。

――VTuber業界でいうところの「チャンネル登録者数100万人」や「投げ銭数億円」、あるいは大きなステージに立つ、ような。

フィオ:開拓精神を持つ人々は、スタープレイヤーに惹かれて集まりますからね。

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