VRChatライブの歴史が塗り替わった日――『CIEL LIVE SHOWCASE at VRChat』レポート
バーチャルシンガー・花譜を筆頭に、気鋭のアーティストが集うKAMITSUBAKI STUDIO。その中でも新鋭アーティストの一人であるCIEL(シエル)が、ソーシャルVR『VRChat』にて、単独ライブ『CIEL LIVE SHOWCASE at VRChat』を開催した。
「実験的な試み」として実施された本ライブは、『KAMITSUBAKI STUDIO』、多くの『VRChat』ユーザー、そしてCIEL自身にとって、さまざまな意味で“初めて”のイベントとなった。筆者も、『VRChat』で名の通るクリエイターやエンジニアが制作に参加しているという情報を耳にしていたものの、いったいどのような形になるか、一切予想ができなかった。
そして迎えた11月25日。ふたを開けてみれば、これ以上とない“バーチャルライブ”の光景がそこにあった。「VRChatの音楽ライブ」の歴史を塗り替えたといっても過言ではない一夜の全容を、本記事にて伝える。
CIELと本ライブについて
はじめに、CIELと本ライブについて簡潔に説明しておこう。
CIELは、『KAMITSUBAKI STUDIO』所属アーティストの一人である。2019年末にオーディションで選出後、2021年にデビュー。デビュー曲『窓を開けて』がアニメ映画『映画大好きポンポさん』の主題歌に抜擢され、華々しいデビューを飾った。以後、精力的な音楽活動を展開している。
そんな彼女にとって初の単独公演となったのが、本ライブ『CIEL LIVE SHOWCASE at VRChat』である。タイトルのとおり、『VRChat』上で開催される「バーチャルライブ」の形式をとっており、これはKAMITSUBAKI STUDIO初の試みだ。
実験的な「トライアルライブ」として、2曲のみの短いライブとして告知された本ライブだが、「あの神椿が『VRChat』に来る」というニュースには大きな反響があった。開催直前には、『VRChat』内外で活躍するクリエイターやエンジニアが多数参加していることも明かされ、結果としてライブ参加のために所属が必要な『VRChat』上のグループには1000人以上が参加。開催前から大きな期待感が醸成されていた。
入場の待ち時間さえも演出に ワールドに入った瞬間から始まる“ライブ体験”
11月25日のライブ当日、会場となる特設ワールドがオープンすると瞬く間に人が詰めかけた。本ライブの1会場の最大収容人数は50名で、計8会場が用意されており、合計400人が参加できる計算だ。それがほぼ一瞬で埋まったことからも、注目度の高さがうかがえた。
会場入口では、ライブ中の諸注意が表示され、許諾をすることで入場できる仕組みだ。そして、許諾と同時に自身のアバターが専用観劇アバターに切り替わった。
観劇アバターは男女の2種類。とはいえ、全体的なシルエットはほぼ同一だ。アバターは描画パフォーマンスが最高値の「Excellent」に設定されており、ユーザーへの描画負荷はかなり低い。大人数の参加が予想される『VRChat』イベントでは必須の施策であり、同時に世界観の表現も狙っているように感じた。
入場からしばらくは、ライブ会場までの道のりを歩く。巨大な水門が鎮座するここは、KAMITSUBAKI STUDIOのオリジナルIPプロジェクト『神椿市建設中。』に登場する仮想都市「神椿市」の伍番街にある港だという。ライブ会場は、そこにある施設を改装したもの、だそうだ。
ライブ会場につくと、入口はまだ閉じられており、入場待機用のパーテーションが設置されていた。会場に訪れた人々はそこへ律儀に並んでいたのが印象的だった。物理的な制約がないバーチャル空間なのにもかかわらず、入場導線が設けられ、入場待機列を要請されるのは不思議な体験だったが、これがライブ前の期待感を静かに高めてくれたのは事実だろう。
その後、システムトラブルを理由に開演時間が30分後ろ倒しになり、会場ワールドの再展開も実施された。あわただしく会場を移ってからしばらく経った、20:25ごろに入場ゲートが開いた。
専用アバターでないと通過できないゲートは、くぐると駅の改札のように小気味よい電子音を鳴らし、緑色のライトを点灯させた。こうした細かな体験の数々が「現実のライブ会場」を彷彿とさせる。あまり例のない“開演前時間”に、いや応なく気分が高まっていく。
会場に入ると400人の姿が 『VRChat』の限界を超えた驚愕に身震い
ライブ会場は一見すると建設途中の工場のような外観だった。入口は全部で8つ。このうち一つに誘導され、会場へと入っていく。
なぜ複数の入口があるのか? 理由は入口をくぐった直後にわかった。
隣の通路――本来、筆者のいたワールドからは入れないはずの入口から、人が入っているのだ。
そしてステージ前に到着すると、そこには明らかに50人以上の人が立っていた。
下に4区画、上に4区画。それぞれにみっちりと人が詰まっていた。そして、自分たちがいる区画以外の人も動き回っていたのだ。「他の会場ワールドの来場者の位置が同期表示されている」と気づくのに、そう時間はかからなかった。
『VRChat』の現行の仕様では、ひとつのワールドには最大で80人までのユーザーが入場できる。裏を返せば、80人が収容限界人数ということだ。それ以上の人数は、配信などで回収するしかない。これは現在『VRChat』を中心に実施されている、すべての大規模イベントが抱えるジレンマだ。
本ライブは、これを擬似的に解決していた。各区画ごとは完全に隔離されていたが、こちらが手を振れば、向こうも手を振ってくれたり、ジャンプなどの動作を用いたコミュニケーションを通じて意思疎通をはかることができた。「私たちは“ひとつの会場”にいるんだ」と強烈に感じ取れる体験で、これまでの『VRChat』では感じたことのないものだったように思う。