“OpenAI事変”は3日天下で収束か? サム・アルトマンCEO解任劇の経緯と背景

“OpenAI事変”の経緯と背景

 日本時間2023年11月18日の早朝、AI業界ひいてはテック業界に激震が走った。ChatGPTを開発・提供する世界的AI企業であるOpenAI社のサム・アルトマンCEOがその役職から解任されたのだ。本稿はこの突然の解任劇の経緯と背景、そして解任後の急展開から考えられることについて記していく。

「生きているあいだに自分の弔辞」を読むような体験

 アメリカ現地の日付で2023年11月17日の夜(日本では2023年11月18日早朝)、OpenAIはサム・アルトマンCEOの解任と新たな暫定CEOの任命を発表した。その発表によると、同氏の解任理由は「理事会とのコミュニケーションにおいて一貫して率直さを欠き、理事会の責任遂行を妨げている」ので、理事会は「同氏が引き続きOpenAIを率いる能力をもはや信頼していない」ため、と手厳しい調子で述べている。後任の暫定CEOには同社で最高技術責任者(CTO)を務めていたミラ・ムラーティ(Mira Murati)氏が就任する。さらに同社の共同創業者兼社長のグレッグ・ブロックマン(Greg Brockman)氏も退任することになった(※1)。

 この発表は、解任されたアルトマン氏と退任したブロックマン氏にとって突然のものであった。解任の経緯を明らかにしたブロックマン氏がXに投稿した内容によると、アルトマン氏はアメリカ現地時間11月16日晩にチーフ・サイエンティスト兼理事であるイリヤ・サツキーパー(Ilya Sutskever)氏から17日正午にオンラインミーティングがあるという連絡を受け、そのミーティングで解任を告げられた。17日午後12時19分にはブロックマン氏にも連絡があり、ミーティングに参加したところ解任を知ったのだった。こうした経緯から一連の解任劇はある種のクーデターの様相を呈しており、さながら”OpenAI事変”とも言えよう。

 以上の解任当日、アルトマン氏は自身の思いをXにポストした。そのポストには今回の解任劇は「奇妙な体験」であったが、「生きているあいだに自分の弔辞」を読むようなものでもあった、と綴られている。このポストからは同氏の動揺と同時に、同氏を気遣う言葉が数多く寄せられたことが伝わってくる。

 今回の一件に関してOpenAIを資金援助しているMicrosoftは、アルトマン氏解任発表の1分前に知った、と海外メディアAxiosは11月18日に報じている。この報道にもとづけば、解任の意思決定にMicrosoftは一切関与していないことになる。もっとも、解任発表同日に、Microsoftのサティア・ナデラ会長兼CEOはOpenAIとのパートナーシップは継続する旨の声明を発表している(※2、※3)。

超越的な位置にあった理事会による解任劇

 今回の”OpenAI事変”は突然の出来事であったのだが、OpenAIのような世界的企業のCEOが株主総会のような手続きを踏まずに解任されるという事態は、にわかには考えがたい。このような事態が起こってしまった背景には、非営利と営利を両立させる同社の独特な運営構造が指摘できる。

 2023年6月28日に公開されたOpenAIの運営構造を解説したウェブページ「わが社の構造」によると、2015年に創業された同社は、”AGIによる人類全体の幸福の実現”を目標に掲げた非営利団体であった。しかし、AIの研究開発には多額の費用と優秀な人材が必要なことから、後に非営利団体が管理する営利団体の子会社「OpenAI Global, LLC」を設立した。この子会社に対して投資家が投資し、Microsoftも資金援助することとなった(※4)。

 以上の子会社は、あくまで非営利団体としてのOpenAIの管理下にあり、その管理を担っていたのがアルトマン氏も名を連ねていた理事会である。この理事会は、投資家や株主から直接的な影響を受けないポジションに位置付けられている。こうしたある種の超越的な位置にあるからこそ、理事会は目先の利益に惑わされずに意思決定ができるのだ。

 

 今回の解任劇は、OpenAIの理事会で生じた何らかの対立に端を発していると推測される。そして、優越的な位置にある理事会で起きた出来事であったがために、Microsoftや投資家にその動きを悟られることなくアルトマン氏らを解任できたのだろう。

OpenAIエコシステム夜明け後の激震

 OpenAI理事会で生じたと考えられる対立の内実を考察するには、OpenAI事変が起こったタイミングがヒントとなるかも知れない。この事件が起こる少し前の2023年11月6日、同社初の開発者会議「OpenAI DevDay」が開催された。この会議ではGPT-4の新機能に加えて、コーディングの知識なしでChatGPTをカスタマイズできるシステム「GPTs」と自作したChatGPTカスタムアプリを販売できる「GPT Store」構想が発表された(※5)。

 GPTsとGPT Storeの登場によって、ChatGPTをベースとした無数のアプリが開発されるようになる。そして、GPTアプリが結節点となって開発者とユーザが交流する巨大なエコシステム(経済圏)が誕生するだろう。このエコシステムの誕生はApp StoreやGoogle Playの登場に匹敵する出来事であり、GPTアプリ配信に伴う利益を得るOpenAIには巨大な富がもたらされると予想できる。

 こうしたなか、OpenAI事変が起こった直後、開発者がコーディングによってGPTアプリを開発する場合に利用するOpenAI API(※6)に関する料金改定の告知が届いた、との内容がXに多数ポストされた。

 GPT Storeの立ち上げ、アルトマン氏のCEO解任、そしてAPI料金改定と重要イベントを時系列に並べると、OpenAIの収益構造に関して理事会で何らかの対立が生じたのではないか、という憶測が成り立つ。そして、もしかしたらアルトマン氏はAPI料金改定に消極的だったのではないか、と推測できるかも知れない。

一方、早くも元鞘に収まる動きも

 もっとも、OpenAI事変は3日天下におわるかも知れない。テック系メディアThe Vergeが2023年11月19日に報じたところによると、OpenAI新理事会は解任したアルトマン氏とブロックマン氏の復職について話し合っているとのことである。しかしながら、アルトマン氏は復職に二の足を踏んでおり、理事会に同社ガバナンスの変更を求めている(※7)。

 OpenAI新理事会が手のひらを返すかのようにアルトマン氏らの復職を求めているのは、今回の解任が引き金となって多数のシニアリサーチャー(上級研究員)が辞任していることが影響している。つまり、同氏解任に端を発する人材離反の連鎖を止めようとしているのだ。

 もしアルトマン氏がCEOに復帰したとしても、同社のブランドイメージがまったくの無傷というわけにはいかないだろう。社内的には混乱が沈静化するまでしばしの時間を要し、OpenAI製品に関わる開発者やそれを使っているユーザは混乱が収まるまで一抹の不安を抱えることになるかもしれない。そして、もしアルトマン氏が復職を拒んで新たなAI企業を立ち上げた場合、その企業は間違いなくテック業界の”台風の目”になるのではないだろうか。

※1:OpenAI Blog「OpenAI announces leadership transition」
※2:Axios「Microsoft is a key investor in OpenAI. It was blindsided by Sam Altman's exit.」
※3:Offixial Micorosoft Blog「A statement from Microsoft Chairman and CEO Satya Nadella」
※4:OpenAI「Our structure」
※5:出典:OpenAI Blog「Introducing GPTs」
※6:APIとは「アプリケーション・プログラミング・インターフェース(Application Programming Interface)」の略称で、さまざまなソフトウェアやプログラムをつなぐ言わば情報の出入り口となるインターフェースを指す
※7:The Verge「OpenAI board in discussions with Sam Altman to return as CEO」

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