キズナアイから現在まで、バーチャルYouTuberを支える影の立役者 cort氏とライブカートゥーン社のこれまでとこれから
ライブカートゥーン社の現在とこれから 「現実的なコストでK点を越える」「タレントとスタジオは対等に支え合えたらいい」
ーー創立から現在まで、ライブカートゥーン社はさまざまなバーチャルYouTuberの活動に協力しています。現在のおもな事業内容を教えてください。
cort:メインはスタジオ事業ですね。バーチャルYouTuberの方々のコンテンツ制作のお手伝いがいまも昔も変わらずこの事業がメインです。
もうひとつのかたちとしては自社プロデュースのバーチャルYouTuber。個人から所属になる方もいますし、「Charact」所属のバーチャルYouTuberもいれば、「Charact」でなくライブカートゥーン所属でいるバーチャルYouTuberもいます。
うちはあまり事務所感がないんですが、それはアーティストとスタジオは対等であった方がいいと思っているからで。表現としては「相談相手」、「活動のサポートをしている」くらいのイメージです。あとはバーチャルYouTuber以外にゲームのモーションキャプチャとかもしていますし、3DCGのクリエイター紹介を依頼されることも多いですね。
また、メイン事業ではありませんが、ぼくがMMD制作をおこなえるので「MVを作ってほしい」という依頼をいただくこともあります。MV全編をぼく一人が作るのは、現状のリソース的にしんどいので、最近は映像クリエイターとコンビを組んで、ぼくがMMDを使って動きまで仕上げて、それに演出を入れてもらうかたちでMV制作をお請けしています。
ーー現在モーションキャプチャに使用している機材は『OptiTrack』ですか?
cort:はい。今は『OptiTrack』です。『OptiTrack』だと指全部のキャプチャが取れないので、指のキャプチャは『Neuron Studio Gloves』を使っています。『Perception Neuron』はもう何年も使ってないですね。
ーーライブカートゥーン社はバーチャルTuberのモーションキャプチャスタジオとしては老舗で知られていますね。2020年に安価なスタジオパックサービスを始めたときは大きな話題になりました。現在でも、個人のバーチャルYouTuberの3Dお披露目などで使われているのをよく拝見します。
cort:スタジオはお金をかけようと思えば青天井の世界です。お金が1000万あれば1000万のスタジオを使えばいい。そこへきて、我々が意識してるのは、「現実的なコストでK点を越えること」。
ものすごいクオリティを求めるなら、しかるべきスタジオ・会社に依頼するべきで、ライブカートゥーンはその領域にはいかないだろうと思っています。いまの事業規模では大手の会社には太刀打ちできないという事情もあるにはありますが、現実的なコスト感で一定のクオリティを出す意識は大切にしています。個人の方でも比較的利用しやすく、それでいてクオリティはしっかり維持できるので、選んでもらいやすいという利点もあります。
ーー“ライブカートゥーンならでは”という売りはありますか?
cort:当社は音楽系ライブが得意なだけでなく、バラエティなども含めてオールマイティに対応できます。事業の経験が長く、他のスタジオさんがこれからつまずく所はだいたいうちはもう攻略済みで、得意なことは多いので、具体的に相談してもらえれば「それはできますね」「〇年前に似た事例をやりましたよ」と対応できると思います。また、小規模なスタジオだとステージに立てる人数に制限があることが多いのですが、我々のスタジオは最近設備を増強し、人数制限のキャップを外しました。
ーー他社はビジネスとしては競合にあたりますが、個人間でつながりなどはありますか?
cort:「きまっしスタジオ」のノリさんとはオークションサイトに出品されていた機材を共同購入して調達したことがありますね。それ以前に入札でめちゃくちゃ争った相手がノリさんだと分かって、あるとき「必ずまた争うから」とノリさんから提案を受けて、2人でお金を出し合って購入しました。ほかのスタジオともそういうことがあり、モーションキャプチャのノウハウだったり、中国の「アリババ」で売ってるこのレンズはこの機材のレンズと合う、みたいな情報交換もしています。モーションキャプチャで使用する専用スーツが足りなくて、Ninnin Studioさんから借りて送ってもらったこともありますよ。
ーーバーチャルYouTuberの事務所としては、個人で活動していたタレントが所属する場合にIPの権利を保有しないのが特徴的に感じます。
cort:もともと個人の子が入ってくる場合、権利はその子が持ってるので、わざわざそこを押さえるのは僕が逆の立場だと嫌です。ぼくはバーチャルYouTuberを芸能人だと思って接しているので、たとえば芸能人が事務所を移籍したらそれ以前の名前や顔が使えなくなるのはおかしいなと。こうしているのは自分が他社さんのやり方を知らないというのもありますが。
ーー他社ですとグッズ販売などのキャラクタービジネスの比重も大きいため、スタジオ事業が本業のライブカートゥーン社と異なる点も多いのかもしれませんね。たとえば他社でバーチャルYouTuberの新衣装や3Dモデルの制作に予算を出しているのは企業がIPを保有しているからこそでしょうし、タレントにとってもそれぞれメリット・デメリットがあるように思います。
cort:そこの部分はまだ解が見いだせず、お金を出したら出した分の権利が生まれてしまうものだから、今の所は「自分で権利を持ちたいものへは資金援助はできないよ」としています。
ぼくが目指してるのは芸能事務所といっても”組合的”な付き合い方です。会社というよりも、声優とマネージャーだけの「俳協」(東京俳優生活協同組合)のように、タレントとスタジオが対等に支え合えたらいいなと思っています。
ーーつづいて音楽ライブ『Planet Station(プラステ)』についてもお聞かせください。「Charact」所属の柚子花さんが主催ですが、立ち上げにはcortさんが関わり、柚子花さんと二人三脚で実施しているとブログに書かれていました。
cort:『プラステ』はもともと、柚子花の活躍の場を増やしたいと考えて企画したんです。うちは自社にモーションキャプチャの設備があって、たくさんのバーチャルYouTuberさんの活動を支えてきたノウハウがある。このスタジオとアイドルシンガーの柚子花を組み合わせれば、難しく考えないでイベントができると。
ーー柚子花さんがよく、うちの事務所はスタジオ使い放題だよ、とX(Twitter)に書かれていますね(笑)。
ちなみにこれは恒常オーディション!
他にはなかなかない契約内容です。
3Dスタジオを使い倒したい個人VTuberさんまで届けー!
仲間、増えろー!LiveCartoon、VTuberブランド「Charact」の新規メンバーを募集 既存VTuberのIPの権利は本人帰属のまま https://t.co/qbIfzUK6Xe
— 柚子花(ゆずは) (@Yuzuha_Virtual) May 9, 2023
cort:はい。自由にさせています。この間も、フルトラッキング環境で企画も何もない、本当に“ただ雑談をするだけ”の配信をしていました(笑)。
『プラステ』は自分たちのリソースを使って1度きりのお祭りではなく定期公演とすることで、柚子花の露出を増やせないだろうかという思い、また加えて、年中ライブをやっていればスタッフの練度向上にもつながるだろうという狙いがあり、2年間に年6回ペースで開催していて、9月9日に9回目、11月4日には10回目を迎えるまでになりました。正直、自分でもまさかこんなに開催することになるとは思わなかったです(笑)。
ーー複数のバーチャルYouTuberが出演する定期ライブでありながら、外部のスポンサーや事務所主導でなくバーチャルYouTuberの柚子花さん本人の主催という点でも『プラステ』は珍しいイベントだと思います。
cort:「柚子花主催」とイベントの看板に名前を入れて、アーティストとしての露出にしたいというのが狙いのひとつですね。
それから、これはぼくがバンドやっていたのもあって、その文化を踏襲した形式でもあります。ライブハウスって、ライブハウス主催のイベントだけでなくアーティスト主催のイベントが結構あるんですよ。ライブハウスを貸し切って、ブッキングからタイムテーブル組みまでアーティストが自らおこなって、対バンイベントをまわすんです。そういう意味では、ほかのバーチャルYouTuberのライブイベントはどちらかというとライブハウス主催のブッキングイベント的なものが多いですよね。
そこで、柚子花主催と銘打って「柚子花、お前が旗を振ってイベント回してみてよ、裏方とかは手伝うから」と声をかけてスタートしているので、他にない珍しいかたちになったんですね。
ーーまだ3D化したばかりの方や、イベント経験の少ないバーチャルYouTuberが『プラステ』に出演することも多いですが、フルトラッキングの3Dライブでしっかり実力が見られる場ですし、その後ほかのイベントに出演しているのもよく見かけますし、ある種登竜門的な存在になっている面もあるのではないでしょうか。
cort:登竜門的なポジションとして捉えていただけるのであれば、それはすごく嬉しいですね。『プラステ』はパフォーマンスの映像をダイジェストや1曲分に限って自身のYouTubeチャンネルにアップロードしていい、ということにしています。パフォーマンスのPR動画にしてくださいと。そこからライブイベントのお声がかかるかもしれませんから。
実際、『プラステ』に出演された方が、その後別のイベントに参加しているのはぼくもよく見かけますし、もしかしたら他のイベンターさんも『プラステ』でベンチマークを取っているのかもしれないですね。ライブカートゥーンとしても、この実績でライブ制作などの依頼が来ることもありますので、体感としてもいろんな方から見ていただけてるなと感じています。そうやって関心を持っていただけてるなら嬉しいですね。
ファンの方からも、一組のアーティストに対して持ち時間がしっかりあるのが嬉しいとか、柚子花がひょっこり現れてコラボするのが「ちゃんと同じイベントに出ているんだ」と感じられて嬉しいとか、好意的な反応をたくさんいただいていますよ。
ーーそんな『プラステ』の第10回は、オンラインはもちろん「秋葉原エンタス」でのリアル開催も発表となりました。非常に楽しみですが、エンタスでのバーチャルYouTuberのライブイベントとしてはかつてない規模になりそうでキャパシティが心配ですね。
cort:ちょっと会場選びに失敗したな、と思っています(笑)。なので、チケットの売り方はいろいろと考えています。ただ、エンタスでやるのは柚子花が「エンタスがいい」と言ったからなので、いいんです。エンタスは柚子花も思い出があるみたいですし、ライブカートゥーンでも過去に星乃めあ(MaiR)さんや朝ノ瑠璃さん、星街すいせいさんなどに出演いただいた『Vカラオフ!』を主催していました。
ーーcortさんが「キズナアイ」の立ち上げにたずさわっていたころと比べ、バーチャルYouTuberの主流な活動スタイルはだいぶ変化していますよね。たとえば2018年のはじめ頃はキズナアイさんのように3Dモデル・動画投稿が中心のバーチャルYouTuberが多かったのに対して、現在はLive2Dでライブ配信をおこなうバーチャルYouTuberが増えました。
cort:そうですね。ただ一方で、配信から動画中心になった月ノ美兎さん、現在も動画を中心に投稿する甲賀流忍者ぽんぽこさんやおめがシスターズさんのような方もいます。
最近はバーチャルYouTuberのクラウドファンディングが増えていて、個人でも3Dモデルを作る方が増えていますが、そうして3Dお披露目して、着実にファンを増やしていった方も、一部は動画投稿中心になりそうだと思っています。というのも、普段の配信で3Dは活かしにくいんですよ。たとえばうちの所属タレントたちは「フルトラッキング3Dの感動が薄まってしまう」という理由からスタジオ以外での3D配信を基本的にしていません。同じように、「3Dは特別なときに使う用にとっておこう」と考える方は多いんじゃないでしょうか。
生配信の方が手軽にコンテンツを作っていけるので、今後も大きく変わらないと思います。ただ、動画投稿中心になっていくバーチャルYouTuberも少なくないんじゃないかと思っています。『mocopi』(※9)などいいものも出てきていますし、月ノ美兎さんたちを見てるとそういうことも考えますね。
【※9 『mocopi』…… ソニーが2023年から発売しているモーションキャプチャデバイス。簡単にフルトラッキング3Dが行え、場所を選ばず野外でも使用できることからバーチャルYouTuberの利用も多い。】
ーーほかにこれまでに関わったバーチャルYouTuberの企画・配信で印象的だったものはありますか?
cort:のりプロの方々は印象的なものが多いですね。とくに白雪みしろさんの3周年は物語調で進んでいく構成がすごく印象的でした。ミュージカル調の曲から始まって、柚原いづみさん、風見くくさんとはお菓子のステージで、東雲めぐさんとは海の中と、ステージを変えながら可愛く踊って歌って。台本をもらったとき、思わず「うちもコレやりたい!」と思いましたね(笑)。
それから、犬山たまきくんの生誕祭も印象的でした。「イケボホストクラブ」の面々など、ゲストの人数の多さ、ステージセットの多さなど、やりごたえを感じましたね。クリエイターとしては「これは絶対にファンに喜ばれるな」と思えるものほどテンションが上がるので、それで印象に残っているのもあります。
直近でいうと、周防パトラさんのお誕生日コンサートも楽しかったです。パトラさんに「いままでやったどのライブよりも演出が良かったです」と言われたのはとても嬉しかったですね。「偉大なる悪魔は実は大天使パトラちゃん様なのだ!」という曲で「地球が逆回転したんじゃない?!」の歌詞に合わせてカメラを回す演出など、カメラワークはめちゃくちゃリハーサルしていて。それが1曲目だったので、「これでファンのハートはわしづかみできただろう」とコントロールルームでニヤリとしてました(笑)。「イニシエノウタ」でパトラさんが分身するところも、安直にフタ絵をはさむのではなく、シームレスにやったこともこだわりでした。
ーーcortさんは直接バーチャルYouTuberの方と接する機会も多いと思いますが、昔と今の新人の子を比べたときに、違いは感じますか?
cort:昔と今のバーチャルYouTuberに違いがあるかというと答えにくいですが、バーチャルYouTuber参入を検討している企業から相談を受けた際、昔は事務所やプロダクションを通して、声優や劇団員のような「芸能のレッスンを受けている方」を探すようアドバイスしていました。今は「ライブ配信アプリ等でオーディションを実施して、まだ事務所に入ってない人たちから見つけた方がいい」とアドバイスするようにはなりましたね。
在野から才能を発掘する方が大変ではあるんですけど、その分飛びぬけた個性を持つ人が埋まっていると感じるようになりました。
ーーありがとうございます。大変興味深かったです。最後に、ライブカートゥーン社の今後について伺えますか。
cort:音楽系のイベントは『プラステ』や『V-TIPS』でやらせてもらっているので、今後はバラエティ路線、たとえばMonsterZ MATEが投稿しているシュークリーム動画とかホロライブのお正月企画のような、バラエティ企画でも3Dのモーションキャプチャを活かせたらいいなと思っています。
ただ、それにはスタジオが狭いので近いうちに引っ越す予定です。それを見据えて、すでに大幅な設備増強もしています。ちなみに、その設備増強のきっかけは、柚子花が「複数人同時に一斉に並んで歌いたいから人数制限のキャップを外して」と言ってきたことです(笑)。「すごいお金がかかるよ……?」と話をしつつ、結局ぼくらもそれに乗っかる形で大金をつっこみました。それまでは同時に3人までしかキャプチャできないライセンスで、制限を外すこと自体は前々から検討はしていたんですが……思い切ったきっかけは柚子花でしたね。
そして、制限を外すのと同時にカメラなどの備品も増やしました。「Perseption Neuron」を販売しているNOITOMの日本支社が、研究用に持っていた『OptiTrack』の機材を売りたいという話があり、買うから全部売ってくれと(笑)。こちらは偶然だったんですが、そうしたタレントからの後押しと重なり、とんとん拍子に設備が揃いました。
ーー柚子花さんらしい(笑)。タレントの言葉をきっかけにスタジオが新たなステージに歩み出すこと、Neuron以来の関係性が関わることなど、VTuber業界を長く支えながらタレントと対等に支え合うことを目指すライブカートゥーン社らしいエピソードだと思います。キズナアイ以来の老舗の経験値に、スタジオ設備の拡充と、今後のライブカートゥーン社のお仕事に期待ですね。ありがとうございました。
■ライブ情報
『柚子花主催ライブ Planet Station STAGE.10』
日時:11月4日(土)15:00 - 11月11日(土)23:59
会場:秋葉原エンタス(東京都千代田区外神田1丁目2−7 秋葉原本館ビル5F エンタス オノデンビル)
出演者:柚子花/朝ノ瑠璃/epeler/エルセとさめのぽき/獅子神レオナ/Tacitly/花雲くゆり/Marpril/結月ゆかり
オンライン配信:11月4日(土)17:00 - 21:00
オンライン配信アーカイブ終了日時(最大):12月4日(月)23:59
イベント公式サイト:https://info6318449.wixsite.com/planet-station