機内食トレーから見て取れる、オランダ独自のテクノロジーと哲学(オランダメディアレポート第1弾)

オランダメディアレポート第1弾

 オランダのスキポール空港へ向かうKLMオランダ航空の飛行機の中で、筆者はベトベトのトレーを前に戸惑っていた。機内食のドレッシングの小袋がトレーにくっついて剥がれにくいのだ。

[KML航空の特殊な機内食トレー]

 だが、すぐに気づいた。何かが溢れて汚れたからではない。乱気流対策だ。食事の最中に揺れても皿が動かない。飲み物を慌てて抑える必要がない。客室乗務員がサービングするのも安心だ。
 数ある航空会社を利用してきた筆者だが、こんなトレーに出会ったのは初めてだった。KLMはなぜこのトレーを採用したのだろう。「聞く力」があるからじゃないか。スタッフの意見を聞き、問題解決に動ける会社なんじゃないか。そして、この心遣いをオランダを訪れる外国人に体験させることでプロモーションできると考えたのだろう。
 筆者は、今回のオランダ王国企業庁主催のメディアツアーに参加するまで、オランダを「マリファナが合法の国」程度にしか認知していなかった(それと、ゴアホラー映画『ホステル』のきっかけになった国)。しかも、実際のところは“マリファナは違法だが許容されている”だけなので、それすら間違っていた。
 ところが、一度オランダ・マインドに触れると、瞬く間に魅了されてしまった。それだけでない、“移住候補地”にすらなったのだ。

「オランダはいい国だと思う」

オランダを象徴するアイテムが加工された機内食の食器カバー

 今回のメディアツアーの目的は、2025年に開催される大阪万博を前に(比較的認知度の低い)オランダという国を多くの方に知ってもらうことだという。オランダ政府関係者が思うオランダの魅力や強み、今後の展望を日本のメディアを通してアピールし、大阪万博のオランダ館を大いに盛り上げたいわけだ。つまり、いい面しか見せられない可能性が高い。
 そこで、まずはKLMの客室乗務員2人に先ほどのトレーの話題をフックに「自国をどう思っているのか」と質問をぶつけてみた。

 すると「帰国するたびにオランダがいい国だと感じる。オランダ人への福祉も充実していてホームレスさえ生活のサポートを受けられるから自らホームレスになる選択をする人もいる」という。

 トレーは、客室乗務員の声を反映して開発チームが試行錯誤を繰り返して作ったものらしい。ベタベタトレーは、以前はベタベタ紙だった。しかし満足した結果が得られなかったためにトレーになったのだという。筆者があまりにも感動したので、客室乗務員は「私たちの魅力を伝えてくれるのならあげる」と言ってベタベタトレーとベタベタ紙を譲ってくれた。

左:トレー 右:ボツになったベトベト紙

 筆者は、住み易さとは働き易さの同意語だと思っている。そこで、就労環境を聞くと「良い」と答えた。かつては、女性が働きにくい国だったが、徐々に女性の雇用も増え、また、報酬や給与増額について声を上げられる環境になってきたため、働きやすいと感じていると言う。

 客室乗務員の次は、滞在先のホテルのコンシェルジュにも同様の質問をぶつけてみた。答えは同じで「オランダが好き」だった。「もちろん長期的に住むことで不満は出てくるがそれはどこも同じだろう」と話す。時間的制約のために不満の部分を掘り下げて話してもらえなかったのが残念だが、3人の「好き」は強く印象に残った。
 筆者は日本にやってきた観光客に「あなたはあなたの国が好きですか」と聞かれて「好き」と言えるだろうか。ほぼ間違いなく、政治や行政への不満、そして未来への不安が先に口をついて出てくるだろう。

“オランダ人はケチ”の世評

 オランダ人はケチだと言われている。“go Dutch”とは“割り勘をする”という意味だし、ツアーの最中にも「we are cheap(私たちはケチだから)※」という自虐的なセリフをオランダ人から幾度となく聞いた。だが、それは『クリスマス・キャロル』のスクルージおじさんのようにケチなのではなく、金の価値をわかっているからこその「ケチ」なのだ。(※go Dutchを失礼だと感じる人もいるので“割り勘”ならsplit the billというのが好ましい)
 たとえば、滞在したホテルはどれもシンプルで過剰なもてなしはなかった。部屋のアメニティは最小限で、足りないものがあればコンシェルジュに問い合わせればいい。レストランも地元の人々の生活をすぐそばに感じられる、だが少し特別感があって記念日などで使いたい背伸びした場所が選ばれていた。

 あれは2日目のディナーでのこと。筆者の隣に座った、オランダ企業庁でツアーをアレンジしたプロジェクト・マネージャーがこんなことを言った。
 「このツアーは海外のメディアをもてなすには豪華ではないかもしれない。でも考えてもみて欲しい。行政のイベントの予算は全て税金なのだ。このイベントが記事になりオランダの人々が目にしたときに納得してもらえるものでなくてはならない」
 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。というのも、筆者は政府主催のツアーは豪華でも当然だと考えていたからだ。普段、自分が払っている税金が日本に住む人たちのために正しく使われているのか、その不透明さに不満を持っているにもかかわらず。それは矛盾であり、筆者は間違いを正してもらった気がした。
 もちろん、それぞれの国に異なる考えがあり、海外に向けて広めたいイメージがある。裕福な国はその裕福さをアピールするのが正解と言えよう。だが、そうでなければ格好つけすぎる必要はない。オランダ人は実直で、オブラートに包んだ物言いを嫌うストレートな性格の国民性だと聞く。実際にツアーの最初にそう説明され、「遠慮せず質問をぶつけて欲しい」と念押しされた。実際にどんな聞きにくい質問をしても精一杯答えようとしてくれたし、ストレートな単語が使われていた。
 もちろん、オランダがユートピアだと言うつもりは毛頭ない。行政によるAIスキャンダルが発生し、国民の不満も高まっていると聞く。だが「税金で豪遊するなんて国民に顔向できない」と断言する人が行政で働いているのを目の当たりにして、いまの日本に少なからず不満を持っている筆者は、猛烈に羨ましくなった。できることなら数年間だけでも住んでみたいとすら思ったのだ。
 ここまで色々と褒めたが、連載2回目では、オランダにおけるAIとスキャンダル、解決のための課題、オランダ人が考えるAIと日本人の相性について書いていく。

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