『NieR』の音楽が紡いできた“美しくも複雑な一貫性” 『NieR Chill Mix SQUARE ENIX MUSIC Mixed by DJ KRO』から考える

 2020年に10周年を迎えた「NieR」シリーズ。世界観や物語に繋がりがある『ドラッグ オン ドラグーン』から数えれば、今年の9月で20周年だ。間欠的に発表されるスピンオフ企画やイベントのために、同シリーズに関するコンテンツは枚挙にいとまがない。2017年の4月23日から東京と大阪で全5回にわたって開催された『NieR Music Concert 人形達ノ記憶』は、全公演チケットがソールドアウト。『FINAL FANTASY XIV』とのクロスオーバーコンテンツ「YoRHa: Dark Apocalypse」は2019年10月に第1弾がスタートすると、そこから2年にわたって展開され、広く話題を集めた。今年の1月からは、アニメ企画『NieR:Automata Ver1.1a』も放送されている(新型コロナウイルスの影響により第9話以降の放送および配信が一時中断。7月23日に9〜12話を一挙放送予定)。

 同シリーズの中核となる作品が、『NieR Gestalt & Replicant』(および同作のバージョンアップ作品にあたる『NieR Replicant ver.1.22474487139... 』)、『NieR:Automata』である。2010年に前者(バージョンアップ版は2021年4月)が、2017年2月に後者がそれぞれリリースされた。

NieR Replicant ver.1.22474487139.../ニーア レプリカント ver.1.22474487139...: アトラクトムービー Ver. "NieR Replicant"

 3部作あった『ドラッグ オン ドラグーン』は複数のエンディングが用意されていたのだが、『ドラッグ オン ドラグーン2』を除いて、ひとつの(あるいは複合的な)結末が『NieR:Automata』まで繋がっている。すべての元凶である「大災厄(作中の西暦856年)」からAutomataの舞台である西暦11945年まで、1万年以上。その途方もないタイムスケールで描かれるのは、「選択」や「自我」、「記憶」や「生命」といった、長大な時間を重ねても風化しない普遍的なテーマである。

 そして2021年2月、ストーリーにおける同シリーズとの具体的な繋がりは示されていないものの、「NieR」の名を冠したスマホ用ゲームアプリ『NieR Re[in]carnation』がリリースされた。

NieR Re[in]carnation (ニーア リィンカーネーション): Opening Movie「始めましょう、輪廻の旅を」

 そして、「NieR」シリーズを語る上で欠かせないのが、岡部啓一率いる「MONACA」チームが制作した音楽だ。とくに『NieR:Automata』は、ゲーム全体として評価の高い作品だが、サウンド面の素晴らしさも各所から絶賛されている。2017年、日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス『CEDEC AWARDS』ではサウンド部門で最優秀賞を受賞。同年、世界最大級のゲーム表彰式典『The Game Awards』においても「Best Score/Music」に輝いている。

 しかし、その素晴らしさは前作の『NieR Gestalt & Replicant』からも継承されており、たとえば同作に収録されている「カイネ/救済」や「イニシエノウタ/デボル(ポポル)」、「エミール/犠牲」などはゲーム音楽におけるアンセムとして知られている。各々のサブスクリプションサービスの再生回数も数百万にのぼり、広くファンに愛されていることが分かる。

 どこの国の言語なのか判別ができない“カオスな”歌詞は、荒廃し、壮大なタイムスパンによって攪拌された世界観を端的に表現している。『NieR Gestalt & Replicant』において複数の楽曲にヴォーカルを吹き込んだエミ・エヴァンスいわく、「イニシエノウタ」は、ドイツ語、ハンガリー語、ウェールズ語、日本語、フランス語、ラテン語に加え、自分で考えた音を組み合わせて歌詞を書いたという(参考: 『NieR Replicant』エミ・エヴァンス氏に特別インタビュー! 音楽や造語の歌詞など、「NieR」シリーズ制作秘話を公開!)。

『NieR Gestalt & Replicant』サントラ

 この方法論はのちの『NieR:Automata』、そして『NieR Re[in]carnation』に引き継がれ、「遺サレタ場所」や「Inori - 祈リ」でも実践されている。

 『NieR:Automata』については、舞台がオープンワールドかつSci-Fi作品ということもあり、言語のカオス化に加え、前作と比較してオーケストレーションがスケールアップしていることも特徴として挙げられる。とりわけ、その傾向は本作で岡部の右腕的役割を果たした帆足圭吾による「美シキ歌」や「エミール/絶望」で顕著にみることができる。

 他方で『NieR Re[in]carnation』の音楽は、『NieR:Automata』とは対照的にミニマルな音像が実装されている。もっと厳密に言えば、楽曲によって強弱がより鮮明になった。先の「Inori - 祈リ」や「Tōriame - 通リ雨」はポストロック~エレクトロニカ、いわゆる“音響系”と解釈できそうなプロダクションだ。対して「Ikō - 威光」や「Shinpan - 審判」などは、音響系の手触りはそのままに、よりスケール感がある。

 ここでひとつ余談として書いておきたいのは、『NieR』シリーズは過去に『NieR Gestalt & Replicant 15 Nightmares & Arrange Tracks(2010年10月)』でプログレッシブハウスやゴシックトランスなどのクラブミュージックに、『NieR Tribute Album -echo-(2011年9月)』ではまさしく“音響系”に接近している。

『NieR:Automata』サントラ

チルなニュアンスのNieR楽曲を楽しめる『NieR Chill Mix SQUARE ENIX MUSIC Mixed by DJ KRO』

 そんな岡部啓一のNieR制作秘話を含め、スクエニのゲーム音楽に関するコンテンツが公開されているチャンネルがある。それが、2022年3月にYouTube上に開設された「SQUARE ENIX MUSIC」だ。同名のレーベルを発端として立ち上がったチャンネルだが、実にユニークな運営方針をとっているのが特徴だ。

 先ごろ、同チャンネルにレーベル〈Chilly Source〉に所属するDJ KROによる『NieR Chill Mix SQUARE ENIX MUSIC Mixed by DJ KRO』がアップされた。先述した『NieR』シリーズの歴代オリジナル・サウンドトラックから最新のアレンジアルバムまで、チルなニュアンスで同シリーズの楽曲を楽しめる。

1 Hour of Game Music 🌿 NieR Chill Mix - SQUARE ENIX MUSIC Mixed by DJ KRO

 先ほど余談として述べたが、このミックスでは『NieR』が派生作品も含めて培ってきた音楽観を、“ありそうでなかった視点”から総ざらいしている。クラブミュージックや音響系に接近しながら、彼らはついにチルアウトなビートを基調としたミックス音源をリリースした。

 国内都市部のレコードショップ、たとえば渋谷のTSUTAYA(とりわけ2010年代)では、ポストロックやエレクトロニカがクラブミュージックのすぐ側に置かれていた。LAビートやWarp Recordsの横にテクノやハウスが鎮座し、あまつさえ同じ棚に「matryoshka」や「world's end girlfriend」の音源が並んでいたのである。すなわち、雑多に見える『NieR』のアプローチは、そういった都市部のレコードショップの棚に育てられた価値観からは極めてまっとうな文脈に感じられるのだ。

 筆者はまさしくその手の人間なので、このミックスを聴いたときに大いに納得し、DJ KROを含め企画者とかたい握手を交わしたくなった。そのうえ、サムネイルには各シリーズの主人公が描かれている。大満足だ。

 この満足感を少しでも伝えるために、ミックス音源から一部の楽曲をピックアップしてみよう。もちろん、ミックス音源なので頭から通して聴いていただきたい。

穏ヤカナ眠リ

 『NieR』のメインコンポーザーにして「MONACA」の総帥である、岡部啓一。打ち込みから生楽器まで、実にさまざまなニュアンスを操る彼の楽曲からは、「穏ヤカナ眠リ」がセレクトされた。この曲は、『NieR:Automata』におけるレジスタンス・キャンプ、すなわち憩いの場所で流れる。物語に向ける「できればこうなってほしい」という希望的観測がことごとく外れる本作において、数少ない癒しの場面だ。そのようなニュアンスの音像は、このミックスにおいても“癒し”として機能している。「澱ンダ祈リ/星空」と「イニシエノウタ/虚ロナ夢 (ver.1.22474487139...)」といった、作中でも指折りの柔和な楽曲に囲まれ、文字通り穏やかな時間を形成している。

NieR Replicant ver.1.22474487139.../ニーア レプリカント ver.1.22474487139...: TGS トレーラー #NieR #ニーア #ニーアレプリカント

 「カイネ/予感」は『NieR Replicant ver.1.22474487139... 』がバージョンアップされる際、新たに追加された楽曲。上のPVで使われているのが原曲で、今回のミックスにもそのまま使用された。アンセム「カイネ/救済」とヴォーカルの主旋律は同じだが、こちらの「カイネ/予感」はアカペラの多重録音によって構成されている。なお、前者は岡部、後者は帆足によって編曲された。「カイネ/予感」は讃美歌のような雰囲気を持ち、より神秘的なニュアンスに仕上がっている。ミックスの序盤で「カイネ/救済」も使われているが、そちらはビートメイカー・FKDによるMellow Minstrel Mix Versionなのが小粋だ。

Weight of the World (Mellow Minstrel Mix Version)

 原曲である「Weight of the World」は、『NieR:Automata』の主題歌である。ミックスの幕開けに使われた「Mellow Minstrel Mix Version」は、現在クアラルンプールを拠点とする作曲家/音楽プロデューサーのMr. Shirai(アーティスト名義: Taiyo Ky)によって提供された。エンディングで使われた楽曲のアレンジを、オープニングに持ってくる胆力と遊び心には目を見張る。原曲は壮大でまさに大団円という内容だが、Mr. Shiraiによるメロウなビートは我々の孤独に寄り添ってくれるような手触りだ。なお、先に言及したFKDの「カイネ/救済 (Mellow Minstrel Mix Version)」と同じく、このアレンジバージョンは『Mellow Minstrel Mix Vol.2』に収録されている。

Inori - 祈リ Arranged by ermhoi

 『NieR』の楽曲のアレンジャーとしてermhoiより最適な人物を探すのは難しい。彼女自身も映画のサウンドトラックに複数関わっている上に、2021年にリリースされたアルバム『DREAM LAND』では作家として「言語」に向き合っているからだ。同作で彼女は英語と日本語を随所で使い分けているのだが、そのニュアンスが実に無国籍なのである。そもそものスタイルからして『NieR』的な彼女が紡ぐ「Inori - 祈リ」のアレンジは、限りなく高い純度でリスナーの耳に入ってくる。瑞々しいフィールドレコーディング的な感触の水の音と、その奥で鳴っている不穏な低音。原曲にあるグリッチ感とは別のベクトルで、『NieR Re[in]carnation』における“鈍色の陽光”が表現されているように感じる。

「NieR Re[in]carnation Chill Out Arrangement Tracks」PV

 このミックスには、「祈リ Arranged by ermhoi」のほかにも『NieR Re[in]carnation Chill Out Arrangement Tracks』に収録されている楽曲の中から複数がセレクトされている。いずれの楽曲も、先に述べたような“広義のダンスミュージック”の中で揺れ動くスリルを持っている。ミックスの14:54から始まる「Shinpan - 審判 Arranged by 石若駿」ではLAビート以降の現行ジャズが立ち現れ、23:34からの「Sabigoe - 寂声」のアレンジではSapphire SlowsがBuchlaのシンセサイザーを使用してノンビートのサウンドスケープを実現している。果てはカナダからディープハウス界のベテラン・Fred Everythingまで名を連ねているのだから、このプロジェクトの射程の広さが窺えよう。

 最後に「エミール」の曲が立て続けに紡がれて幕を引くあたり、DJ KROは相当『NieR』の世界観を理解していると感じる。思えば、彼も活躍の場をヒップホップのみに限定していないDJだ。バンドが出るフェスにも出演するし、今年の5月にはハウスデュオ・CHAOS IN THE CBDをヘッドライナーに迎えた「MODERN DISCO」にもクレジットされていた。企画の段階でどこまで見通していたのか推測の域を出ないが、筆者はかなり計画性の高いプロジェクトであったと考えている。

 見境なく様々な音楽ジャンルに手を出してきたようにも見える『NieR』シリーズだが、雑多な中にも一本の線で繋げそうな、美しいロジックがある。それはまさに、『NieR』が『ドラッグ オン ドラグーン』から紡いできた複雑かつ美しい物語のように。

© SQUARE ENIX

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