連載:エンタメトップランナーの楽屋(第六回)

「アイドル」大ヒットの鍵や、アーティストの活動に寄り添うための"意思統一”の重要性 FIREBUG 佐藤詳悟×YOASOBI プロデューサー屋代陽平対談

意識しているのは「1人でやらない」ということ

佐藤:YOASOBIチームの中でなにか意思統一していることはありますか?

屋代:チームとしては、マネジメントとレーベルの役割を担う各メンバーがいるわけですけど、なにかをやって意識統一をするというよりも、阿吽の呼吸で動くことが多いですね。ただ、大テーマとして「YOASOBIを大きくしていくことで、最終的にAyaseと幾田りら(ikura)の長いアーティスト人生が良いものになったらいいね」というのをずっと掲げていて。その軸はぶらさないようにしています。

佐藤:アーティストの思想を大切にすることは、追々チームとっても大きな意味を持ってきますよね。

屋代:はい。思想を持つことは非常に重要だなと思います。物事を決めるときでも、本当はやりたくないこともあるじゃないですか。そういうときでも「やりたくない気持ちもわかるけど、こういう風な理由があって、この先につながりそうだから、結論やった方がいいんじゃない」という話が、思想を持っていればできる。ぶれないものがあると、アーティスト自身も考えて「だったらやりますよ」という話になったりするので。

 また、人が変わっても「ぶれない思想」や「目指す方向性」をちゃんと言語化しておくのも大事ですね。 たとえば僕らが言うのと、新しく加わったスタッフが言うことは違うかもしれない。でも、最終的に僕がいなくなったとしても、新しい人たちが同じことを言って「いい空気感を作れるか」だと思うんですよね。

ーーYOASOBIのスタッフからいなくなるという意識はあるんですか?

屋代:本質的な話ですけど、極論言えばレーベル本体の人間はいない方がいいと思うんですよ。本来の意思決定に対して、本人たちが間違わなければ、それに越したことはないので。属人的にならなくても済みますし。なので、そもそもそこにずっといない前提で自分は考えていて、僕らがアーティストについていくというより、僕らがいなくてもいい存在であるのを意識しています。

佐藤:そういう時代になっていますもんね。僕の周りのアーティストでも小さなチームがひとつの会社になる事例も出てきていて、自分たちが頑張ったぶんだけ収入が入ってくる。アーティストがクリエイティブに専念できる良い形だなと感じています。逆に言うと、自分たちがいなくても回っていくような仕組みを作ろうとしていますか?

屋代:そうなったらいいなとは思っているので、新しい人を増やしていくという中で、仕組み化していくのも念頭に置きながら取り組んではいますね。もちろん、数字とか経営的なものは、自分があくまでレーベルという組織にいるサラリーマンなので、いわゆる経営的な脳みそとは違いますけど。

 独立してやっているアーティストは、自分の活動が収入に直結しているから、その部分は明快でいいと思うんですよ。ただ、そうじゃない人たちにとっては、調子がいいときはおそらくどんな形でもいいんですけど、問題は調子が悪いときですね。

 「会社として存続するための取り組み」と「アーティストとして存続するための取り組み」の方向がずれてくる瞬間は絶対あると思っていて。会社を存続させるためにアーティストが無理をするような構図になると、極めて危険だなと個人的には考えています。

佐藤:ビジネスをちゃんと考えて、クリエイティブのこともわかるのは、めちゃくちゃ大事ですよね。

ーーアーティストというより、一人の起業家として見るような感じですね。屋代さんの先ほどの話のなかで、チームを組んでYOASOBIを支えているというのがありました。それで言うと、YOASOBI以外にもいろんなアーティストをチームとして抱えているわけですが、軌道に乗っているアーティストが1組いるだけで、チームにもポジティブな影響を与えるものなのでしょうか?

屋代:そうですね。やはり絶対に好不調の波はあるし、新人は会社でやる以上、普通にやっていたら利益が出ないわけです。謎の力が働いて、莫大な予算をかけると、なんか突然ブレイクするみたいなこともあるじゃないですか。そんなとき、変に全体の利益に吸われて、一つひとつの予算に配分されるくらいだったら、フォーカスしたいところにまとめる仕組みはあった方がいいなと思っていたので、会社に伝えて今のような組織体制にしてもらいました。

ーーYOASOBIのヒットを好例にして、クリエイティブのこと、チーム作りや話し方、チームとして守るべきものを決めておくとか、新人アーティストにYOASOBIの「型」をインストールするなどはやっていますか。

屋代:アーティストはそれぞれなので、同じように型にはめることは基本していないんですけど、自分なりに意識しているのは「1人でやらない」ということです。

 最初から役割を明確にするわけではありませんが、「自分も含めてこういう役割の人がいる」というのをアーティストに伝え、向き合うようにしています。また、思想の共有の話も初期の頃からするようにしています。アーティストによって目指すビジョンが異なるので、「まずどうなりたいか」をヒアリングしていくんです。

 どんなアクションをしていくのか。会社としてやったことがない取り組みは、一緒に学びながらやっていくなど、お互いの合意を取って、骨格のようなものを最初の段階である程度作ってから、走り始めていくというのを大事にしていますね。

YOASOBIを生み出したいくつかの偶然

佐藤:YOASOBIがアーティストとして成長してきたのもそうですが、2人が出会えていること自体が奇跡に近いなと思うんです。ちなみに、YOASOBIの2人はどうやって出会ったんでしたっけ。

屋代:小説のサイトから音楽を作る企画をやろうというのが前提にあって、そこで曲を作る人としてAyaseと、歌を歌う幾田りらに声をかけてYOASOBIを結成しました。Ayaseはニコニコ動画で見つけて声をかけたのと、幾田りらに関してはソニーミュージックの新人育成部門にいたことから存在は知っていて、Ayaseがメンバーに決まった後に彼と相談して声をかけたんです。

佐藤:たぶん、いろんな人に出会っているし、いろんな曲や歌声も聞いているわけだけど、YOASOBIの2人を引き合わせたのがすごく不思議に思っています。2人の出会いはまさにセレンディピティじゃないかと感じているんですよね。

※セレンディピティとは、有益なものを偶然発見して手に入れる「幸福な偶然を引き寄せる力」を意味する言葉。

屋代:YOASOBIの場合、そういうのは全くなくて。ただ、小説を音楽にするユニットを立ち上げた背景を話すと、2017年に小説投稿サイト「monogatary.com」をリリースし、Ayaseと幾田りらに出会ったのは2019年の春先なんです。その間の2年間は地道に小説投稿サイトを運用していたんですけど、まあ一向に活路を見出せていなくて。正直やばいなと感じていました。

 3年ぐらい新規事業をやってみて、鳴かず飛ばずだったら終わりかなと。そう思いながら臨んだ3年目だったわけです。それでどうしようかなと考えていたところに、「音楽の会社として、音楽のことをやっておかないと後悔する」と思いまして。

 そこで初めて小説を募集し、それを音楽にするという企画をやってみようと決めたんですよ。それまで漫画や本、映像、朗読など、それこそ思いつくことは全部やり尽くして、それでも結果が出ずにうだつの上がらない状態でした。

ーーあえて音楽を後回しにしていたのは何か理由があったんですか?

 ソニーミュージックという音楽が得意な会社だからこそ、自分は新規事業担当として、音楽からは遠いことからやっていこうという意識が強かったんですよ。最終的にはアニメーション制作を手がけるアニプレックスもグループ傘下にある会社だから、アニメや映画になってヒットすればいいなと考えていたので、音楽ではない領域からスタートしていたんです。

 「そういえば、音楽にはまだチャレンジしていない」という感じで、とりあえずYOASOBIを結成してみたはいいけれど、最初は本当にお試しというテンションでした。本人たちにも「これはお試しの企画で、とりあえず2曲作って、それでなんかいい感じだったら続けるし、全然ダメなら終わりにしよう」と伝えていました。

 そう思うと、今のような大人気アーティストにYOASOBIがなるなんて、想像すらつかなかったですね。

ーーAyaseさんも、「ラストリゾート」という楽曲を「これがダメだったら、もう音楽活動をやめよう」と思って投稿したあとに、屋代さんたちから声がかかったんですよね。そう思うと、Ayaseさんもすごく運を引き寄せたなと感じています。

屋代:たしかに「ラストリゾート」はいまもいい曲だと私も思うし、当時もそう思ったんですけど、全部いっぱい見ていたら、それこそほかにもいい曲はあったと思うんです。でも、Ayaseをずっと見ていたわけではなくて、2〜3週間だけ楽曲を見ているなかで、ひときわ輝いて見えたのが「ラストリゾート」だったんです。

 あとは山本秀哉というレーベルでアーティストに携わっていた同期とYOASOBIを見ているんですが、あるとき、僕がおすすめする楽曲を彼に送るという場面があって。でも、ちょっとダサいのは送りたくないじゃないですか。自分の選んだ楽曲が「これってダサくない?」と言われたらちょっと悔しいなと思ったので、「一旦、山本秀哉にいいって言わせてやろう」という考えになったんです。そのワンハードルがあったからこそ、Ayaseの楽曲に目が留まったのかもしれません。

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