『ヘブンバーンズレッド』 を2章と言わず、4章までやってくれ

 2022年2月、『アナザーエデン』を開発・運営するWFSと麻枝准を擁するKeyによって『ヘブンバーンズレッド』(以下、『ヘブバン』)がリリースされた。iOS/Android向けのゲームとして登場した本作。同年8月にはPC版が発表され、1年を通して堅調な売り上げをキープした。さまざまなデータ・分析環境の提供をおこなう企業「Sensor Tower」の調査によると、2022年2月~2023年1月の間に本作が上げた収益は2億ドルを超えるという。1年でWFSの収益の85%を占めるキラーコンテンツに成長した本作は、台湾・香港のApp Storeで売上ランキング1位を獲得。「Google Play ベスト オブ 2022」においては、「ベストゲーム 2022」を受賞し、ゲーム部門のユーザー投票で大賞に輝いている。控えめに言っても、本作が昨年のゲームシーンで“覇権”を握っていたのは間違いない。

 本作は、「キャンサー」と呼ばれる宇宙生命体によって侵略された地球を舞台に、主人公・茅森月歌(かやもり るか)をはじめとする「セラフ部隊」が人類の存亡をかけて戦う物語だ。「最上の、切なさを。」というキャッチコピーが示すように、シナリオの序盤から心を抉るような描写が随所に見られる。これまでのKey作品同様、各々の人間関係を克明に描きながら容赦なく「死」の匂いを漂わせ、この1年であまたのプレイヤーの度肝を抜いてきた。

 だが、『ヘブバン』の本質や、本作を“Key作品”たらしめているものが見えてきたのは、つい最近のことのように思われる。すなわち、昨年前編が、そして去る4月28日に後編が配信されたメインストーリーの4章からだ。昨年12月にはマヂカルラブリーの野田クリスタルが「『ヘブバン』やってみろ!2章まで!」とCMで喧伝していたが、いまとなっては2章ですら“物語の核心に触れるまでの前触れ”に過ぎなかったと振り返ることが出来よう。

ヘブンバーンズレッド1st Anniversary記念ムービー

 4章の素晴らしさを語る前に、前置き程度にKey作品を数作ほど概観する。不良主人公と病弱なヒロインが仲間たちと演劇部再建を目指す「学園編」と、高校卒業後に結婚した2人を描く「AFTER STORY編」による二部構成の『CLANNAD』。恋愛や友情、家族愛をテーマにしながら死別に対する葛藤や苦しみを痛烈に描写した本作は、“CLANNADは人生”というフレーズを生み出した。

 舞台を現世ではなく、この世でもあの世でもない煉獄のような空間に選んだ『Angel Beats!』。生前に何かしらの未練を残して死んでしまった魂が、煉獄の学園生活を通して瑞々しくも切ない群像劇を展開する。登場人物(魂)たちは各々、その心残りが解消されると成仏してしまう。なお、『ヘブバン』の1周年を記念する際、本作とのコラボイベントが実装された。重要なギミックとして登場するバンドの存在や異質な学園生活は、両者の作風を考える上で大きな親和性がある。それについては、今年の2月5日に行われた『ヘブバン1st Anniversary Party!』において、WFSプロデューサー・柿沼洋平も認めている。

『ヘブバン1st Anniversary Party!』Angel Beats!コラボ情報【切り抜き】

 そして、思春期の少年少女のほんの一部に“特殊能力”が発現する世界を舞台にした『Charlotte』。人格が破綻した主人公は「略奪」の能力を持っており、とある事情から世界中の能力者のスキルを奪う旅に出る。しかし略奪の弊害として、主人公は他者から得た能力と引き換えに自身の記憶をどんどん失ってゆく。旅の目的を達成した頃には、以前の記憶をすべて失っていた。2015年の6月23日に電撃オンラインに掲載されたインタビュー記事において、アニプレックスのプロデューサーである鳥羽洋典は同作に対しこう述べている。

 『Charlotte』は『Angel Beats!』とチームは一緒ですが、同じものを作るというより前作の経験を積んで新たなチャレンジしている感じがありますね。麻枝さんの今回の「テーマ」だったり、作り方や描き方がブラッシュアップされている気がします。

(引用:“Charlotte & Angel Beats! presents スタッフトークイベント in 大阪”ニコ生まとめリポート

 また、同インタビューでは『Charlotte』が『Angel Beats!』で“できなかった”ことを実現しようと試みた作品であるとも明かされている。筆者の推察だが、この不足していた点とは“成仏したあと”の描写ではないだろうか。この推察に至った理由は、先の『ヘブバン』と『Angel Beats!』のコラボイベントにおいて、ゲストとして登場したキャラクター・入江みゆきが、ラストシーンで「次の生」を示唆する部分にある。つまり、『Angel Beats!』におけるゴールは依然として「成仏すること」だったのだ。翻って『Charlotte』は、その結末においてアイデンティティの大半を失った主人公の帰還とヒロインとの再会を描いており、さながら“転生後の物語”を想起させるものとなっている。

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