「素人集団を面白くするなら長回し」 『有隣堂しか知らない世界』プロデューサーが語る“企業チャンネル戦略”

『有隣堂しか知らない世界』のチャンネル戦略

素人集団を面白く見せるには「長回し」がベストだった

――ブッコローがゲストや商品に対して、素直な感想を言ってくれるのが観ていて面白いです。やはりブッコローのキャラクターもマツコさんに影響を受けているのでしょうか?

ハヤシ:そうですね。素直に良いものは良い、悪いものは悪いと言ってもらうようにしています。よくコメントでブッコローくんが「辛口」と言われていますが、本当に思ったことを口にしているだけなんです。だから、台本も一応作ってはいますが、A4用紙1〜2枚程度のとても簡素なものにしています。

―― YouTubeの台本としては少ないですね。

ハヤシ:台本には、間違えてほしくない固有名詞が書いてあるくらいで、後はどうぞご自由にお喋りくださいといった感じにしています。その代わり、登場する社員の方や、最近では外部の方も出てくださるんですけど、出演者側の打ち合わせはがっつりやっています。ただ、新鮮なリアクションを引き出すためにブッコローくんの耳には一切情報を入れていません。時には、情報を伏せるために、出演者とブッコローくんの台本を分けて用意することもありますね。

――徹底していますね。また、登場する社員のみなさんも個性的で素敵な人ばかりですが、出演者は企画にあわせて選んでいるのでしょうか?

ハヤシ:やはり自分の担当する商品に偏愛がある人の話を聞くほうが面白いと思うので、基本的にこちらから「このネタをやりたいから、それに合う人を探してきてほしい」と指示するようなことはしていません。

――では、まず人ありきなんですね。

ハヤシ:そうですね、それが最低条件です。もちろん物もありますけど、やっぱり人が面白くないとキツいじゃないですか。幸い有隣堂の社員には、“私しか知らない知識”や“私しか知らない使い方”を持っている方が多いので、今のような形になりました。

――一般の方がカメラの前で喋るのは、難しい点も多いのではないでしょうか?

ハヤシ:難しいと思います。ブッコローくんも普段はただの会社員なので、全員素人集団なんですよ。その素人集団をどう面白く見せるかは、いろいろな手法があると思うんですけど、僕ができるのは“長回し”ですね。1時間撮って、そこから面白いところを切って集めて、かろうじて10分の動画にするというやり方です。逆にそれをすれば、世の中のどんな人も面白くなるんじゃないかなと思います。

――「有隣堂しか知らない世界」の第1弾の動画では、キムワイプを特集していましたが、のちに有隣堂ではキムワイプを扱っていないことが判明していました(※動画公開当時)。ほかにも、競合の書店をゲストに呼んで、敵に塩を送るような企画も多いですが、YouTubeのゴールはどこに設定されているのでしょうか?

ハヤシ:目的は、「面白い動画を作って、有隣堂のファンを増やすこと」なので、面白い動画であるか否かが全てなんです。なので、そのためには手段を選んでいられないところがあります。たしかにキムワイプが実際に売っていなかった事件は、僕も衝撃でしたが(笑)、最近では「これって有隣堂で売ってるんだっけ?」という確認すらしなくなりました。面白い動画を作るためには、ほかの余計なことはどうでもいいんです。もう少し補足すると、これは有隣堂の社長や広報チームが言っていたことですが、本って差別化がしづらい商品なんですよ。店によって値段を変えることがルールで禁じられているので、消費者からしたら、蔦屋書店だろうが、ブックファーストだろうが、紀伊國屋書店で買おうが変わらない中で、「どうせ買うんだったら、あの面白い動画を作っている有隣堂に行こう」と思ってくれるかもしれない。我々が目指しているのはその程度です。新刊を一冊でも多く売ろうとか、新サービスを1人でも多くの人に使ってもらおうとか、そういう気持ちは全くなくて、面白い動画で好きになってくれればいいや、くらいに考えています。

――面白さを追求した結果、今の形になったんですね。

ハヤシ:企業が作る動画コンテンツって、誰向けかというと、実は社内の人に向けた動画がほとんどなんですよ。僕も依頼されて何本か動画を作ってきましたけど、社内への忖度の結果、コンテンツとしての質が下がってしまって、喜ぶのは当人たちだけになっているケースが多いんです。そんな中、有隣堂は松信さんが「好きにしていい。何でもやっていい。その代わり何かあったら責任は俺が取るから」と言ってくれて、本当にすごくいい経営者だと思います(笑)。「有隣堂しか知らない世界」を始めてからいままで、松信さんから文句を言われたことは一度もないんですよ。「ハヤシさん、もうちょっとこうしてよ」とか「新しい万年筆が出るから、取り上げてくれないかな」とかもなくて、僕もブッコローくんものびのびできる環境を与えられているのが、実は一番すごいことだと思います。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる