『グランツーリスモ7』山内一典氏が明かす、PSVR2で“圧倒的なクオリティ”を実現できた理由 「VRの歴史50年、レースゲームの歴史40年における目標のひとつを達成した」 

なぜ人はVRで酔うのか? その原因と「レースゲーム×VR」の高い親和性

ーーVR酔いに関してお伺いしたいんですが、なぜVR酔いが発生するのか、ということに関して『PSVR2』や『GT7』の開発、研究を通してわかったことがあれば教えてください。

山内:VR酔いが発生するメカニズムについて、僕の理解でのご説明になりますが……。人間の脳というのは、常にだいたい0.2秒とか、0.4秒先のことを予想しながら動いています。つまり、僕らが今感じている“現在”という瞬間は、脳が予想した現実なんですよね。だからこそ、僕らは普段の生活を支障なく送ることができるわけです。

 人間の神経というのは、実は信号の伝達スピードがすごく遅いので、目から入った情報を脳で処理して、それを身体にまた伝える、という一連の流れを真面目に計測してみると、0.4秒とかかかっているんですよ。けれど、実際には僕らはその遅れを感じずに済んでいる。ということは、脳が未来を予測しているということなんです。無意識下で脳が指令を出しているから、僕らはほぼ同時にステアリングを切ったりしている感覚になるわけです。

 では、なぜ酔いが起こるのかといえば、その「脳の未来予測」と「実際に起きた結果」のズレが生じたときに発生します。なので、脳が予測していることをいかに再現してフィードバックしてあげるか、ということが重要なんですね。その点についてはすごく気を遣っています。

 レースゲームというのは、基本的に視点が前にしか進まないので酔いにくい、という特徴を持っています。反対に、左右に視点をふったり、傾いたりする動きはすごく酔いやすいです。人間がそれを自分の意思でやる分には何も問題が無いんです。なぜなら、それはすでに脳が想定している動きだからです。未来を予測しているからですね。

 けれど、それが突然ガッと視界だけが動いてしまうと、もうその瞬間にパッと、0.5秒とかで酔っちゃうんですよ。なので、いかにそういう動きを避けるか、というのがVRでのゲームを開発するうえで必要なことになります。なので、レースゲームはすごくVRに合っているんですよ。

 周りがインテリアに囲まれていて、ある種の基準がそこに見える。それから、外側の景色が見えていて、かつ車がいきなりくるっと回ったりはしなくて、基本前に進みながら、プレイヤーの意思で右に曲がったり、左に曲がったりしますよね。ですから、人間の脳が想像することと、ずれが生じることというのがすごく少ないんです。

 ただ、それでもパーフェクトだとは思っていなくて、人間の脳が要求するさまざまなフィードバックには個人差があるんですよ。例えば、斜めにせり上がるハイバンクのコースを走った時に、頭の位置はどこにあるべきか、という認識が人によって異なります。ものすごくハイバンクな場所で、たとえば頭の位置をちゃんと路面に合わせて傾ければ、視界としては平らな路面を走っているように見えますよね。逆に、頭を普通の道に合わせるように立てて走れば地面が斜めに傾いて見えてくるわけです。

 こういう認識の差は、実は好みの問題だったりもするし、人間がどうするかっていうのは、その人それぞれで違ってきます。ブレーキングして、車体がつんのめるような形でノーズダイブした時にどれくらい頭が動くのかとか、あるいはそもそも頭が動くと脳が期待するのかとかも、個人によって全然違う。レーシングドライバーと、普通の一般的なドライバーでは違うし、一般的なドライバーと車の運転経験が無い人でももちろん変わってくるわけです。

 なので、それを踏まえたうえで、なるべく中央値に近づける、誰にとっても酔いにくいように作ったつもりではあります。

ーー現状の『GT7』のリプレイモードは、なぜ視点が道ばたからのもののみに限られているんでしょうか?

山内:VRリプレイに関しては、僕らがサーキットに行ったときの観客の気分になれるモード、というのがまず最優先で開発されたんですね。たとえばニュルブルクリンクに行ったとしましょう。森の中をかき分けて、ガードレールが見えて、コースが見えるわけですよね。そこから金網のところに近付いて車を見ている……というような、そういう体験をしてもらいたかったんです。

 もちろん、車のルーフの上にカメラを着けちゃうというも可能なんです。けれども、それはもはやレースゲームではないし、そうなったとして、カメラがレース中にウォールに激突したり、看板に激突したりすることがあるわけです。VRは使い方を間違えるとものすごく簡単に酔ってしまうし、すごく怖いものなので、そういったモードを不用意に用意することは、いまのVRではできないですね。

ーー逆に、ドライバー側で酔わないようにする方法やコツみたいなものがあればアドバイスをお願いします。

山内:それは実はすごくシンプルで、“真面目にドライビングをする”というのがコツです。真面目にドライビングするとどうなるかというと、視線は必ず消失点、つまり車が向かう方向に向かいます。その部分の描画というのは、結構安定しているんですよ。よく言う「ちゃんと遠くを見ろ」ということですね。

 VRってついつい色んなところを見ちゃいますよね。でも、実際に車を運転するとき、そんなことしないじゃないですか。時速200kmで走行しながら、内装をじっくり見たりしないでしょう(笑)。なので、まずはきちんと、運転に集中していただくことです。「あそこでブレーキングだ、ブレーキングポイントを過ぎて、次はあそこがエイペックスだ」という風にして走っていれば、酔いづらいですよ。

ーー視線トラッキングによるフォービエイテッド・レンダリング(※1)も影響していますか?

山内:それはあまり関係がなかったりします。というのも、フォービエイテッド・レンダリングに関しては人間の特性に基づいた技術なので、周辺視野の解像度が下がったとしても、基本的にそれを知覚できないんです。僕らの普段の生活のなかでもそうです。実際にそれは起きていることなので。

(※1「フォービエイテッド・レンダリング」=人間の視野角の中心を高解像度で表現し、視野角の解像度を意図的に下げることで、パフォーマンスを向上させる技術。眼の動きをトラッキングすることで、画面上のどこを見てもピントが合っている部分は常に高解像度で表現される)

ーープレイヤーの間からは「VRで見ると、車の内装が実物よりも小さく感じられた」「自分が巨大化して車に乗ったような感覚を覚えたので、スケール感の調整が欲しい」というような意見もありました。その点はいかがでしょう。

山内:『GT7』はスケール感に関してもかなり正確に作っているタイトルだとは思います。ハードウェア側で両眼の距離調整ができるのですが、それによって立体視による立体感やスケール感が変わってくるんですね。なので、もしかしたらそうした部分の調整で改善されるかもしれません。

ーーリリースしてからしばらくが経ちますが、どういった反響を得ているかという部分を教えてください。

山内:実は、このインタビューの前にもアメリカやヨーロッパのメディアのインタビューを受けました。みなさんおっしゃるのは、「最高のVR体験だ」だと。そういう風に言ってくださっていますね。YouTubeなどを見ても、プレイヤーのみなさんが素直に「ワオ!」って驚いてくれているので、そこは本当に良かったと思います。

 VRへの対応って、ものすごく地道な作業なんですよ。とにかくコツコツと軽いデータを作って、高速なレンダリングをして、そこにVR酔いの対策を積み上げていく、みたいな……すごく地味で膨大な作業なんですね。なので、実際にリリースする時というのは、「どうだ!すごいのができたぞ!」という感じではなく、「すごい頑張りました……」みたいな感じなんです(笑)。

 ただ、結果的にそれがすごく報われたというか、「きちんとVRに対応するというのはこういうことだ」というのがプレイヤーの皆さんに伝わったのは、すごくよかったと思いますね。

ーー『GT7』が『PSVR2』に対応したことでできたユニークなコースや、今後の展開についても教えてください。

山内:『GT7』にはファンタジーなコースと、リアルなコースの2種類が収録されていまして、リアルなコースは実際にそのコースを走ったことがある人がプレイすると楽しさが激増するんです。

 なぜかといえば、やはり「現実のコースで体験したこととまったく一緒」みたいなことが起きるからなんですね。たとえば、曇り空のつくばサーキットとかを走ると、まるで過去に体験した曇りの日の走行会がそのまま再現されているような気分になるわけです。

 ファンタジーなコースにも新しい世界を体験する面白さがありますし、今後も『GT7』にはファンタジーなコース、あるいはリアルなコースがさまざま収録されていくでしょうから、そちらもお楽しみにいただければと思います。

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