「ポケモン」が最新作で“睡眠”をテーマにした理由 狙いは「ゲーム市場における過当競争からの脱却」か

「ポケモン」新作、"睡眠"がテーマの理由

 2月27日、「ポケットモンスター」(以下、「ポケモン」)シリーズ関連の最新情報を届ける番組「Pokémon Presents(ポケモンプレゼンツ)」が配信された。

 同番組では、シリーズの新作モバイルゲーム『Pokémon Sleep(ポケモンスリープ)』の概要やリリース日が発表に。「睡眠時間でゲームをプレイする」という新しい発想が話題を集めた。

 いったいなぜ、株式会社ポケモンは睡眠に焦点をあてたのだろうか。話題性に隠された、『Pokémon Sleep』の裏のコンセプトを考える。

睡眠時間を活用し、ポケモンたちと触れ合えるモバイルゲーム『Pokémon Sleep』

【公式】『Pokémon Sleep(ポケモンスリープ)』コンセプト映像「いい睡眠リズムを、つかまえよう!」

 『Pokémon Sleep』は、睡眠がポケモンたちとの接点になるモバイルゲームだ。同アプリでは、スマートフォンを介してユーザーの睡眠状態を計測・記録。そのデータを3つのタイプに分類することで、それぞれに対応したポケモンたちがゲーム内に登場する。ユーザーは、毎朝アプリを立ち上げるたびに「どのようなポケモンに出会えるか」というワクワク感を味わえる。各ポケモンには複数の寝顔が存在するため、それらの収集もひとつのゲーム性となっていくようだ。

 『Pokémon Sleep』は2019年5月、株式会社ポケモンの事業戦略発表会にて存在が明らかとなっていた。当初は2020年内リリース予定とされていたが、以降、一切の続報がない状態に。そうした経過から制作中止も噂されるなか、今回ついに発表となった。

 同社・石原恒和社長は当時、「ポケモンGOによって、歩くことに(時間を)費やすようになりました。歩くという人間の基本動作がエンターテインメントになると世界に発信してきた。その次に注目したのが睡眠のエンターテインメント化で、次のポケモンのチャレンジです」「朝起きるのが楽しみになるゲーム」と説明している。計画どおりの船出とはいかなかったが、開発発表時のコンセプトは変わらず受け継がれていることになる。

 すでに公開されている情報によると、運営を株式会社ポケモンが、開発を株式会社SELECT BUTTONが担当する。リリース時期は2023年夏を予定。AndroidとiOSに対応しており、基本プレイは無料(アイテム課金制)となる。

『Pokémon Sleep』に隠されたコンセプト。株式会社ポケモンが日常行動のゲーム化に注力する理由とは

 「ポケモンIPによる睡眠のゲーム化」と聞き、思い至るのはやはり、石原恒和社長の言葉にもある『Pokémon GO』の存在だ。2016年、『Ingress』などの位置情報ゲームで知られるディベロッパー・Niantic社との共同開発作品としてリリースされた同アプリは、歩くことでゲームが進行するという新たな体験を武器に爆発的に流行。世界レベルで社会現象となり、一躍、時代を代表する作品となった。サービス開始から7年目となった現在もなお、多くのプレイヤーに受け入れられている。シリーズにとってナンバリングタイトルに勝るとも劣らないほどの主力コンテンツだ。

 『Pokémon GO』と『Pokémon Sleep』のあいだには、日常的な行動をゲーム化しているという大きな共通項がある。ゲームカルチャーのメインターゲットではない層も熱心にプレイしていることを考えると、それは「日常行動をゲームに応用した」というよりも、「ライフスタイルアプリにゲーミフィケーションの概念を取り入れた」とさえ言えるのかもしれない。

 なぜ株式会社ポケモンは、日常行動のゲーム化に力を入れるのか。背景には、ゲーム市場内における過当競争からの脱却があると考える。

 現代は、世にあるあらゆるコンテンツがユーザーの可処分時間の取り合いをしている時代だ。SNSやYouTube、音楽、映像など、その例は枚挙にいとまがない。ユーザーは24時間という限られた時間のなかで、生きていくうえで必要最低限とされる活動を外した一部分をあらゆるレジャーに充てている。

 もちろんゲームもそのうちのひとつだ。コロナ禍での市場拡大を分岐点に、ゲームコンテンツはそれまで以上に飽和しつつある。家庭用プラットフォームでは毎月のように注目作が発売されている。日常的に取捨選択を迫られているフリークは少なくないだろう。特に基本プレイ無料・アイテム課金型のモバイルゲームには、毎日消化しなければならないデイリーミッションのようなものが組み込まれているケースが珍しくない。そのため、複数のアプリの同時進行が難しく、特定のタイトルに没頭するためには、どれに心血を注ぐのかという選択も迫られることになる。

 より多くのコンテンツを摂取するにはどうすればよいのか。多くの人が行き着く先は、「生きていくうえで必要最低限とされる活動」に対する侵食だ。その筆頭が睡眠時間の短縮である。もちろんなかには、短縮までには至らずとも、翌日のために渋々寝ることを選んでいる人もいるだろう。現代人にとって睡眠時間の短縮は、可処分時間を擬似的に増やすための最後の砦なのである。

 その視点に立つと、睡眠時間は可処分時間の考え方におけるユートピアだったとも言える。従来であれば、労働(学業)・睡眠・余暇で24時間を3等分した8時間ほどの一部しかゲームには配分がなかったが、別のひとつである「睡眠」に手を伸ばせば、多くの企業が手つかずだった新しい8時間が手に入る。『Pokémon Sleep』の開発・リリースには、そうしたコンセプトがあるのではないだろうか。

 近年では、寝落ちのための音声コンテンツにも注目が集まる。その一例であるオーディオブック市場は右肩上がりに拡大を続けている。

 『Pokémon Sleep』は、ゲームコンテンツにとっての新たなテリトリーを開拓できるか。一定の成功はもはや約束されていると言えるのかもしれない。

『ポケモン』新作は睡眠をエンタメ化し、生活の全てに干渉する? 『ポケモンSleeP』の可能性を探る

5月29日、ポケモン事業戦略発表会が東京都内で行われたが、その目玉となったのが新たなゲーム『ポケモンSleeP』だ。株式会社ポケ…

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる