連載「音楽機材とテクノロジー」第11回:starRo
starRoが語る、最小限の機材でアウトプットを最大化する“二元的創作論”
ーーstarRoさんのプロデュースワークの原体験は学生時代のデモテープ制作だそうですが、それについて改めて教えていただきたいです。
starRo:カセットレコーダーでA側で再生したものをB側でコピーする際にマイクから入力すると一緒に混ぜられるんですよ。それを繰り返して音を重ねる、いわゆる「ピンポン録音」。音遊びみたいなものです。小学5年生くらいの時に同じクラスにもうひとり同じ趣味の友達がいて、ふたりで遊んでいました。自分でドラムっぽい音や鍵盤を入れて、曲っぽいものにするのが僕の原点ですね。
中学ではBOØWYのコピーバンドをやっていましたが、高校生の時は、カシオのキーボードに入っているドラムやベースの音を、4トラックのヤマハのカセットMTRで録音していました。その時期は中期~後期のThe Beatlesに影響を受けたんですよ。特にフィル・スぺクターなどのプロデューサーが音をデザインしているのが衝撃で、自分もそういう風に音楽を作ってみたかったんです。
ーー当時の音源、気になります。もう残っていないんですか。
starRo:ないですね。その方法で作った9曲入りのアルバムもあったのですが、同じ高校の友達5人くらいに見せて終わりました。1曲目は「UFO」というUFOについての曲で、友だちが家でかけたら母親に「うるさいから止めて」と言われたと(笑)。高校の時はバンドブームだったので楽器を弾く人はいましたが、音を作る人は珍しかったと思います。
当時、自分のアイデンティティはギタリストでしたね。もともとは鍵盤弾きですが「鍵盤の入っているバンドはダサい」という空気で、ギターしか生き残る道がなかったんです。初めて買ったギターは今でも、自分のプロジェクト・POPS研究会でも使ったりしますよ。
永遠のテーマとして、誰かと一緒にやることに関して「上手くいかないな」という気持ちがあるんです。バンドもあまり続かないですし。だから自分ひとりで作るのは、自由にクリエイトできることよりも「他者と関わりたくない」という気持ちでしたね。
ーー大学に入っても、バンドとプロデュース作業を並行させていった?
starRo:そのころやっとPCが安価になって、ハードディスクが20MBくらいの「Macintosh LC III」を買いました。記録媒体はフロッピーディスク(笑)。オーディオは使えないので、もちろんMIDI。DAWは「Digital Performer」を使っていました。
ローランドのRoland SC-88(?)の音色を使って、ORIGINAL LOVE「接吻」などの好きな音楽を再現していましたね。音楽がどのようにできているのかを探るのが好きで、ホーンセクションをどう打ち込むかとか色々と考えた記憶があります。何でもひとりで作れるようになったのは、これが始まりだったかもしれません。
ーーその後は一度就職されていますね。
starRo:大学卒業後に就職しましたが、シンガポールに転勤になったんですよ。その時も先ほど紹介したMacなどを置いていきました。機材は常に手放して増えての繰り返しなんです。例外として、シンガポール時代に唯一買った『Nord nord electro2』は、お宝みたいな感じで日本、アメリカに持っていきました。
アメリカに行った時は引っ越しで使い果たし、まったくお金がなかったです。最初の3年は楽器もPCもなくて。それから徐々に増えますが、NordをMIDI鍵盤として、DAWのなかで音楽を作っていました。
ーー「シンセ×ラップトップ」という組み合わせは今と同じですね。
starRo:そのスタイルは変わらないんですよ。僕は鍵盤がベースにあるので、ドラムも鍵盤で叩きます。あとTimbalandやThe Neptunesとか、00年代のヒップホップで急にサンプリングじゃなくて鍵盤の音が上ネタとして使われだしたのは大きかった。ロックもソフトになって鍵盤もアリになって。
90年代のヒップホップはサンプリングしてナンボ、ロックだと「鍵盤はヤワい」という雰囲気だったのに、突然「え、鍵盤OKなんですか?」みたいな(笑)。そんな流れに乗って、鍵盤を触る機会が増えたんです。
ーーその後、starRoさんはSoundCloudに投稿した、90年代R&Bのリミックスで世の中に知られていきます。当時の雰囲気や考えていたことも教えてください。
starRo:90年代の曲はサンプリング主体でしたよね。ただループだとハーモニーやリズム、音色が固定されてしまうじゃないですか。だから「自分の好きだった90sのR&Bを違うビートにして、新しい世界を広げたい」というアイデアが常にありました。
それをようやくサンクラ(SoundCloud)が出始めた2010年代にできるようになったんですよ。サンプリングで制限されていた表現の拡張性をもたらす喜びがあって、作りまくりましたね。それをみんながいいねと言ってくれて。
ーーなるほど。
starRo:アカペラトラックはいまでこそ簡単に入手できますが、当時はなかったし、ボーカルだけ抜く技術もなかったので、歌の抽出にプロデューサーそれぞれの流儀がありました。僕の場合はまずEQ。ローエンドを切って、少しハイを削り、パンも使って拾いたい部分を集めるんですよ。
でも、その手法で抜いたボーカルトラックはペラペラだし、歌に絡んだコード感やグルーヴも完全には消せないので、元ネタを音楽的に理解していないと扱えませんでした。だからサンプルのキーやスケール、コード、音楽的な展開に沿いつつ、自分のアイデアをはめるように努めて。それが調和するようにリミックスしていくのが、実は一番難しいんです。
ーーその考え方による制作が一番ハマったなと感じる曲はどれでしょう。
starRo:最初に作ったアリシア・キーズ「Fallin'」ですかね。あとは正式にリリースしてないのですが、フランク・オーシャンが自分のウェブサイトに載せたアイズリー・ブラザーズ「At Your Best (You Are Love)」のカバーのリミックスが今まで一番バズりました。数週間で300万再生。もうBANされてしまったのですが、あれは自分にしかできないリミックスだったと思います。フランク・オーシャンのファンにも認めてもらえる出来だったかなと。
(「At Your Best (You Are Love)の」アリーヤverをリミックスしたもの)