連載「Studio Bump presented by SMP」(第一回)

丸谷マナブ × ArmySlickが語りあう、音楽作家としての“流儀” 「定期的に自分の耳に客観性を持たせるようにしている」

「リファレンスをサブウーファーだけで聴く」という独特な手法を取る理由

ーーありがとうございます。機材についてもお伺いしていきたいのですが、丸谷さんが気になったものはありますか?

丸谷:モニタースピーカーはATCの『SCM 25A PRO』を使っているんですね。あまり個人のプライベートスタジオに置いている方は見ないかもしれません。傾向はどういった感じなんですか?

ArmySlick:すごくレンジが広くて、上から下まですごく鳴ります。あと解像度がすごく高くて。モニタースピーカーを買うときにいくつか候補があって、リファレンスの音源を聴いて決めるんですが、音が悪い音源も持って行くんです。それがリッチに鳴るか正直に鳴るかで判断してるんですよ。リッチに聞こえるのは仕事としてはまずいじゃないですか。これはすごい正直で。ちゃんと作られたものはすごい音が良くてきちんと鳴るんだけど、作りこまないと全然鳴らない。なのでバランスとしてはエンジニアが使ってもクリエイターが使ってもいいものだと思いますね。

左のスピーカーがAURATONE『5CSuperSound Cube Pair Black』。右のスピーカーがATC『SCM 25A PRO』

丸谷:ウーファーも置いてるんですね。

ArmySlick:そうなんです。足元にありまして。

丸谷:ウーファーはずっと使います?

ArmySlick:鳴らしっぱなしじゃないですけど、鳴らす局面があって。結局ウーファーを鳴らすのってキックとベースなので、その音色を選ぶところでオンにするんです。『SCM 25A PRO』でも低音は出るんですけど、キックのリリースをウーファーで鳴らすと「思ったより長いな」といったことが分かるんですよ。なので、音の長さを調節するときにも使います。

 あと、仕事のなかで”リファレンス音源”を教えてもらうじゃないですか。それを聴くときにもオンにしますね。ローエンドの使い方って、その時代の音楽性とかジャンル感が結構出ると思うんです。リファレンスの音源がどのくらい現代的でローエンドがどういう使い方されているのかは、サブウーファーだけで聴いたりしてどの鳴り方をしているのかをチェックしていますね。

――リファレンスをサブウーファーだけで聴く、というのはあまり聴いたことのない話ですね。面白いです。

ArmySlick:俺も他の人がやってるかは知らないけど、やってみたらこの使い方はありかなと。作家的な聴き方だと、そういう特殊な使い方をしていますね。

丸谷:サブウーファーを導入する敷居って高くないですか?

ArmySlick:でも、オススメですよ。爆音で鳴らすわけでもないですし、ある程度音を出せる状況であれば、賃貸のマンションでもありかもしれません。

丸谷:長時間鳴らすわけじゃないなら尚更ですよね。

ArmySlick:「サブウーファー使うと、音量を出さなくなるからやりやすい」という人もいるくらいですし。サブウーファーで低音が鳴っているから、わざわざ全体の音量を出す必要がなくなるという。テンションが上がるかどうかは別ですけど……。

丸谷:なるほど。サブウーファーは気になってても、ウチの家だとな……と思ってる人がめちゃくちゃ多いので、導入する理由が明確に分かりました。同じメーカーで3点セットで買わないといけないのかなと思っていたんですが、そうじゃないんですね。

ArmySlick:ATCのウーファーは、結構なお値段がするんですよね……。以前に見たときは120万円で、「本体より高いじゃん!」と思ってページを閉じた記憶があります(笑)。

丸谷:そうなんですね(笑)。センターに置いてあるスピーカー(AURATONE『5CSuperSound Cube Pair Black』)は、レンジが狭くて中域寄りのものですよね?

ArmySlick:そうですね。エンジニアさんとかもみんなやるんですが、いろんなタイプのスピーカーで聴いた時に印象が変わらないように作るために使っています。あとは音楽の要素って中域に集中しているんですよ。なのでそのメインのエリアで過不足なく鳴ってるかっていう。音色を選ぶときにも使っていて、キックとベースが大きいスピーカーじゃないと聴こえない、というのも困るじゃないですか。なのでこの小さいスピーカーで聴いたときにも、それが感じられるかチェックするために使っています。

丸谷:なるほど。ウーファーやスピーカーを切り替えるときに使っていたマシンはなんですか?

ArmySlick:これはモニターコントローラーと言って、手元でスピーカーを選んだり、その音量をいじったりできるものです。Dangerous Musicという、STERLING SOUNDのメンテナンスエンジニア(編注:クリス・ムース)が独立して作った会社です。なので、マスタリング用というか……いい意味で色づけがない設計になっているんですよ。

ArmySlickのラック周辺

丸谷:ブースもあるんですよね。キャビネットに立ってるマイクはなにを使ってるんですか?

ArmySlick:TELEFUNKENの『M80』とaudio technicaの『ATM25』です。前者がギターらしいジャリっとしたサウンドで、後者が低域というか、モケっとしたところが録れるので、Logicの中で混ぜて音作りしています。歌もここで録るんですが、それはMANLEYのチューブマイクである『REFERENCE CARDIOID』を使っています。

丸谷:僕も同じマイクを使ってます! 日本人に合ってる気がしますよね。好きなプラグインとかはあります?

ArmySlick:ありますね。リミッターだとFabFilterの『Pro-L2』とか。ナチュラルに音圧だけ上がるのがいいですよね。操作性もいいし。

丸谷:僕も使ってます。いいですよね。

ArmySlick:あとはShadowHillsの『Mastering Compressor』。

丸谷:僕もです。古い方がシンプルで使いやすいですよね。

ArmySlick:そうなんです。同じ設定にして聴き比べたんですけど、どうも古い方が個人的には音が好きで。あとリバーブですごく好きなのは2CAudioの『Breeze 2』ですね。すごく濃密できめ細かくて綺麗なリバーブなんです。

丸谷:リバーブはデモで試すといいなあと思って買うんですけど、大抵使わなくなるんですよね。いまは一周まわって、普通の『Renaissance Reverb』を使っています。ArmySlickさんはベーシストでもあるわけですが、竿ものへのこだわりや使っているものについてはどうですか?

ArmySlick:一番使う頻度が高いのはFenderのジャズベースですね。それを買うまではアクティブの5弦とかを使っていたんですけど、なんとなくFenderのジャズベは通ってなかったなと思って買ったんです。1960年代のものだと200万円くらいするのですが、これは1975年製で27万とお手ごろで、弾いた感触が良かったので1本買ってみたんですが、そこから手に馴染みすぎて、いまは9割この音を使っています。ギターはメインの楽器じゃないのですが、シングルコイル、ハムバッカー、ガット、スチールと7弦が各1本あります。丸谷さんはギターがメインの楽器なんですか?

丸谷:僕、メインらしいメインの楽器がないんですよね。強いて言うならピアノをいじってる時間が長いと思います。ギターは1小節ずつ録るタイプなので。

ArmySlick:同じくです。でも、生じゃないとその感じは出ないですよね。特にギターは打ち込みだと難しい。いくらモデリングとかシミュレーションしてもなかなか。

丸谷:ギターは“音楽じゃない要素”が多すぎるんでしょうね。弦の錆び方からピックの角度から、誰が弾いているかもによっても違いますし。話は変わるんですが、曲を作っていたら“ゾーン”に入る瞬間ってあるじゃないですか。ArmySlickさんにとって「これをやればスイッチが入る」というきっかけはありますか?

ArmySlick:そもそもゾーンに入るっていうのがあんまりなくて。基本的に集中力が全然ないんですよ。ちょっとやっては休んで、の繰り返しで。気付いたらご飯を食べるのを忘れて6時間が経っていた、みたいなことは生まれてから1回もなくて。

丸谷:一回もですか?

ArmySlick:そうなんです。丸谷さんはスイッチが入ったら一気に作り上げるタイプですか?

丸谷:一気にでもないですけど、すごく集中してる時間が訪れないまま曲作りが終わると、大体普通の曲になっているように感じます。なにかを突破した曲は1曲に対して何回もゾーンに入っているのが積み重なって、わずかな正解を見出した気がするので。だからすぐゾーンに入りたいんですよ。

ArmySlick:めちゃめちゃいい話ですね。それ聞いたらゾーンに入りたくなってきた(笑)。

丸谷:基本はいまお話しているようなテンション感で曲を作る感じですか?

ArmySlick:そうですね。ずっとこのテンションです。

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