いま、ゲームクリエイターが“創作”について語る意義とは。世界中で大反響の小島秀夫『ブレスト』から考える

 『メタルギアソリッド』(以下、MGS)シリーズや、最新作『DEATH STRANDING』など様々な名作ゲームを手掛け、「世界でもっともフォロワー数が多いゲームクリエイター」としてのギネス世界記録(TM)も持っている小島秀夫。そんな彼がパーソナリティを務めるSpotifyオリジナルポッドキャスト『Hideo Kojima Presents Brain Structure』が、2022年9月8日から配信されているのをご存知だろうか。

 脳内構造(Brain Structure)という名前の通り、小島秀夫がどのような経験、知識そして思考をもとに創作しているのかについて、大胆に迫るこの番組。そのテーマはゲームのみならず、小島自身も愛好する映画や文学、さらに創作そのものにまで及び、小島ファンはもちろんのこと、フィクションに興味がある人にとって聴きごたえ抜群となっている。

 今回はこの番組の魅力を一部抜粋しながら、第一線のゲームディレクターである小島が創作について語る意義、個人的な語りと対談のメリハリ、そしてグローバルに配信することで生まれた変化を論じたい。

世界一有名で、世界一トークもうまいゲームディレクター

 世界で最も有名なゲームクリエイターのひとりである小島秀夫について、いまさら説明の必要はあまりないだろうが、念のため、小島秀夫の経歴を説明しよう。

 小島秀夫は1963年、東京都世田谷区生まれ。1986年にコナミに入社し、そこでファミコンなどと比べて一部性能の劣るハード、MSX2上でのゲーム開発をいきなり任された小島は、映画『大脱走』の「戦わず逃げることで”勝利する”」シナリオを思い出し、「登場する敵が少なければ、低い性能のMSX2でも安定して動かせる」「敵を倒すのでなく”隠れる”ゲームなら、登場する敵が少なくても問題ない」と逆転の発想で、世界初のステルス(かくれんぼ)ゲームとして『メタルギア』を開発。

 さらに1998年には、このアイディアをより発展させ、さらにMSXよりも性能に優れたPS1という環境で小島が幼少期から愛した映画の様々な演出、演技、脚本も応用し、『メタルギアソリッド』を発売。本作は600万本を超える世界的なヒットとなり、小島の名を確たるものとしていく。

 そこから『ZONE OF THE ENDERS』シリーズ、『ボクらの太陽』シリーズなどの作品も手掛けつつも、特に『MGS』シリーズでは『2』、『3』、『4』、『V』、またPSPでの派生作品を含め壮大なサーガを描いた小島は、日本を代表するゲームディレクターの一人となった。さらにKONAMIから独立した後に製作した『DEATH STRANDING』は、独自の死生観に支配された世界に「配達」を組み込んだ独自のゲームデザインが評価され、文科省から文部科学大臣賞が贈呈されている。

 かくして国内外、ゲーム業界内外から圧倒的な支持を集め、事実上世界で最も有名なゲームディレクターの1人となった小島秀夫。一方で意外と知られていないのは、同時に彼はトークも得意なゲームディレクターでもあるということだ。まだ「ゲームクリエイターは黒子に徹するべき」という風潮が強かった時代から、「小島監督」として積極的にメディアに出演し、気さくに関西弁で話している。

 なかでも2005年に始まり、通算191回続いたウェブラジオ『HIDECHAN! ラジオ』(通称:ヒデラジ)は、レギュラーである菊池由美を中心に、大塚明夫(声優)、桜井政博(ゲームディレクター)、塚本晋也(映画監督)など豪華ゲストを中心に、小島がトークを繰り広げるというもの。貴重な創作秘話を含め、小島の大らかなパーソナリティも相まって、リスナーは多かった。

 残念ながら『ヒデラジ』は2009年に一旦終わってしまい、その後に始まったAudibleの『HIDEO KOJIMA'S RADIOVERSE』の更新もしばらく途絶えてしまった現在、Spotifyオリジナルポッドキャスト番組として小島秀夫のトークが再び聴けると知った時は、とてもワクワクした。特にコナミから独立し、自分のスタジオを0から作り、その上で『DEATH STRANDING』を成功させた監督が、一体どんなことを話すのか楽しみでならなかったのだ。

各エピソードの魅力を少しだけ紹介

 さっそく小島秀夫×Spotifyの『Hideo Kojima Presents Brain Structure』(以下、ブレスト)を聴き続けてみたが、結論から言えば想像以上に面白かった。『ヒデラジ』の時点で既に小島の豊富な知識やパーソナリティで聴き応え十分だったが、あれからキャリアを重ね、さらに独立して発言の自由度も上がり、そのうえでSpotifyが提供する新たな環境が、ドンピシャであっているのだ。

 『ブレスト』は10月11日現在、7回分配信されている。まだ聴いていない人はとりあえず第1回から順に聴いていくことをオススメしたいが、1本あたり30分〜1時間、まとめて約4時間とかなりのボリュームになっているので、各エピソードがどのような内容なのか改めて振り返りつつ、今から視聴する際の参考にしていただければ幸いだ。

 記念すべき第1回は「小島秀夫監督の脳内にDIVE」と題し、番組パートナーの落合隼亮と共に『メタルギア』、『ボクらの太陽』などの小島作品を振り返るというもの。率直に言えば、小島自身も「いままで言ってますけど」と話すように、Spotifyから入った新しいリスナーに向けたイントロダクションの趣が強く、小島のファンであれば既知の話が多いだろうが、ゲーム業界外の人間である落合とのやり取りなど、『ブレスト』ならではの新鮮味は十分にある。

 そして第2回は「小島秀夫監督と映画”NOPE”」。元々小島は『僕の体の70%は映画でできている―小島秀夫を創った映画群』を著するなど、根っからの“シネフィル”であるためか、第2回にして完全に“リミッターが外れた”小島節が炸裂している。

 今回評論の対象となる『NOPE/ノープ』はジョーダン・ピール監督の最新作にして、突如空からやって来た「飛行物体」を撮影しようとするスリラー作品。小島は「NOPEどころか、僕はYESですよ!」と絶賛し、「ネタバレは厳禁なんですけど」と前置きしつつ、大胆なネタバレをしそうになりながら、心底楽しそうに作品を語る「映画青年・小島」の姿は聴いているだけで面白くなる。

 映画を絶賛しているうちに、次第にトークは『NOPE』のテーマでもあるUFOへ。元より『メタルギアソリッド2』の「大佐トーク」などで自分のUFO・UMA愛を作品に盛り込んでいた監督だが、落合の「(宇宙人は)いるとも、いないとも確定できないですよね」という振りに対して「いや、(宇宙人は)おるからね」と食い気味に答えながら

「リアルに言うと、宇宙生物はいるけど会えないんですよ。離れすぎていて。(中略)ただいるにしても、ETみたいなもんもおもんないですよね。エイリアンみたいに(攻撃的な生物が)いいですよね(理不尽)」

 と語る監督。創作者ではなく、鑑賞者として熱量をもって語れるのも小島の魅力だ。

 そして第3回から4回にかけては、『機動警察パトレイバー』、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などの監督、押井守との対談なのだが……、小島自身も「対談というより、バトル!」と言うように、創作への独自のこだわりを無数に持つ2人が同時に話すことでヒートアップし、こちらも聴きごたえがある内容となっている。

 具体的には、小島が押井のアニメのファンであることを明らかにしつつ、2人が同じく映画青年でありながらも、それぞれ映画ではなくビデオゲームとアニメーションという道を志したことで生じたギャップについて振り返ったり、上層部と部下たちの間で板挟みになりながらも自分の創作を貫くことの困難について議論する。中でも興味深いのは以下のエピソードだ。

小島「押井さんには『ポリスノーツ』を作っていたころに初めて出会ったんですが、ちょうど次に『メタルギア』を作っている時に『小島さん、あんなの作ったらダメですよ』って言われて(笑)」

押井「いや作っていいんだけどさ、このまま大成功しちゃうと次が大変だなって。実際、『メタルギア』はそうなったわけだよね。更なる成功を……って倍々ゲームに付き合う羽目になる」

小島「そう、抜けられないんですよ、もう」

押井「僕もパトレイバーは1のあと、予算を倍にして2をやったんだけどさ、動員数があまり変わらなかったの。攻殻機動隊も続編の『イノセンス』が4~5倍増えたのかな。でも大して変わらなかった(笑)。だから僕の映画ってまぁまぁ期待されて、こちらもまぁまぁな約束しかしないということなんだけど。そうするとすごく楽なのよ、プレッシャーがないし、違ったことにも挑戦できるから。だから大成功って結構な鬼門なんですよ」

小島「僕もメタルギアというゲームをずっと作ってきて、自分が作りたいという気持ちもあったけど、やっぱりファンに期待されて作ってきた面もある。アスリートみたいになるんですよ、優勝するとファンがついて、ファンの応援があるから負けられないし、辞められない。幸か不幸か、コナミから独立して作らなくなったので、環境が変わるしかなかったんですよね」

 押井の続編に対する考えは、彼の著作『続編映画の秘密』などでも語られてはいたが、それに対して『MGS』が「売れすぎる」と小島に注意し、実際にそうなったこと、さらに小島自身もそうした続編の「呪縛」のような経験を認めることはビデオゲームを論ずる上でも興味深い。実際、押井が指摘するようにビデオゲームのクリエイターたちは現在進行形でこの「売れすぎた続編」の「倍々ゲーム」に頭を悩ませているからだ。

 さらに第5、6回目は第2回で取り上げた映画『NOPE』の映画監督、ジョーダン・ピール監督との対談が(さっそく)実現。まずジョーダンが小島作品から受けた様々なインスピレーションについて振り返りつつ、なかでも感銘を受けたとする『MGS2』のキャラクター「フォーチュン」の背景に迫るのが興味深い。

 2人はいかに創作を重ねるかという話にも踏み込む。小島の「右脳と左脳」のエピソード、さらにジョーダンの「コラボ」のエピソードが披露された。ほかにもテクノロジーと創作のシナジー、現代エンタメにおける緩急(ペース)の付け方など、創作に関する豊かな対談は続いた。

ゲームクリエイターが創作について語る意義とは

 ここまで抜粋を交えながら紹介したように、小島秀夫の『ブレスト』は、つい笑ってしまうような監督のユーモアも交えつつ、創作に関する気になる情報、知りたい知識、学ぶべき経験に満ちている。創作に関心のある人間やそこに携わるものであれば、必聴というべきエピソードばかりだ。

 実際、まだ6エピソードしか配信されていないものの、筆者は日々この6エピソードを何周もループするほど聴き込んでいる。それはもちろん自身が小島作品のファンであるのもそうだが、なにより、創作や虚構についてこれほど充実したラジオは希少だからである。とても1周ではすべてを理解できないぐらい内容が濃い。

 なかでも興味深いのは、この番組は現状、パートナーである落合を聞き手として小島が自身の(創作に関する)価値観を個人的に論ずるエピソードと、小島が他のクリエイターと対談するエピソードが混在している点である。

 前者であれば、小島の関西弁の混じった饒舌なトークを聴くことができる。まさに「脳内構造」のタイトル通りに小島の創作のエッセンスを学べるし、合間には彼らしい冗談も交えており、思わず笑ってしまう。一方、後者において小島は聞き手に回っており、ゲストの語りがメインになる。つまり、小島のみならずゲストの「脳内構造」までもが明らかにされ、小島のそれとぶつかり合うのだ。

 筆者自身、何名かのクリエイターにインタビューした経験から、ゲストと対談する小島の「聞き手」たる能力には感銘を受けずにいられない。もちろん小島が稀有なディレクターであるからこそ、ゲストが安心して自身の創作への思いや悩みについて明らかにできるのもあるだろうが、それ以上に、小島が時に雄弁に語り、時に沈黙を守ることで、本来彼らが心に秘め続けているはずの「脳内構造」までもが明らかとなる。

 これは言うまでもなく、小島自身、「監督」として数々の大きなプロジェクトを率い、膨大な数のクリエイターと共に創作へと赴いてきた、彼個人のカリスマ性であり交渉術なのだろう。事実、押井守、ジョーダン・ピールらとの対談でも、いかに部下と自分のビジョンを共有することが難しいかが語られているが、実際に35年その困難に向かい続けてきた小島だからこそ、これほど面白い対談を続けられるのだと思う。

関連記事