「やりがい搾取」から「やりがい再分配」へ? 『DEATH STRANDING』が示す、郵政再公営化とポストクリティーク的批評の可能性

『デススト』が示す“郵政再公営化”とは

郵政再公営化構想としての『デススト』、国道建設にみるポストクリティーク的批評

 宮崎駿監督による1989年のアニメ映画『魔女の宅急便』は、ヤマト運輸に商標使用料を払って制作された「郵政民営化の物語」であった。アメリカ文学研究者の三浦玲一は、『村上春樹とポストモダン・ジャパン──グローバル化の文化と文学』の中でそのように述べた。

 『魔女の宅急便』のヒロインであるキキが宅急便の仕事を始めるのは、自立のための現金収入が必要だからであり、さらに、優れた配達人になることがキキの自己実現として描かれるという意味において、この場合の配達は公的なものではありえず、私的な創意工夫によって行われなくてはならない。そして、彼女の配達はやりたいことをやっているのだから、過酷でも低賃金でも仕方ないという新自由主義的なやりがい搾取のレトリックと結びついていると三浦は指摘する(『村上春樹とポストモダン・ジャパン──グローバル化の文化と文学』 p88-90)。

 そのような「郵政民営化の物語」に対して、「郵政再国営化の物語」と呼べそうな作品が2019年に登場した。コジマプロダクションがPS4用ゲームとして発表したビデオゲーム『DEATH STRANDING』である。このゲームのプレイヤーたちは、配達人サム・ポーター・ブリッジズを操作し、「デス・ストランディング」という謎めいた大災害によって分断された北米大陸を横断し、孤立した都市や住人たちに荷物を配達しながら、かつてのアメリカ合衆国に代わる新たなアメリカ都市連合(United Cities of America; UCA)の再建を目指す。このときサムは、配達にとりつかれて他人の荷物や資源を奪うようになってしまった「ミュール」という集団から自分の荷物を守ったり、ときに彼らに略奪されていた荷物を取り戻したりしながら、旧国道を再建しつつ任務をこなしていく。つまり、彼はアメリカを再建するのみならず、私的な配送業者たちの横暴を食いとめ、国が管理する配送システムを再建する役割をも担っているのである。

 民営化された事業が再公営化される流れは、世界各国で発生している21世紀的な問題である。岸本聡子は、電力・地域交通・ごみ回収・教育・健康福祉サービス・自治体サービスの分野を対象とした2017年の調査において、世界33か国における835件の再公営化事例を報告している(『安易な民営化のつけはどこに──先進国に広がる再公営化の動き』p33)。民営化された事業が再公営化される理由として、効率化を名目とした人員削減によるサービスや品質の低下、設備投資不足、不適切な料金設定、財務状況の不透明性などが挙げられるが(『水道、再び公営化!──欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』p31-32)、『DEATH STRANDING』のプレイヤーたちは、当然のことながら、そのような問題に対処するために国営の郵便システムを復旧させるのではない。

 言及に値するのは、『DEATH STRANDING』のプレイヤーたちは、ゲームのストーリーを進展させるためという以上に、ただ面白くてハマってしまうからという理由で、暴走した民間配送業者くずれの集団から資源を奪い、その資源を(主に)国道の復旧に用立てる、ということである。

 『DEATH STRANDING』は、ストーリーそっちのけでゲーム内世界のインフラを整備させる可能性を持つゲームだ。プレイヤーは、カイラル通信と呼ばれる便利な通信システムを使用できない状態でサムを操作して困難な道のりを踏破し、目的地に到達した段階でその通信システムは使用可能になる。すると、それまでの道のりや周辺地域の様相がガラリと変わり、他のプレイヤーたちが制作した橋や乗り物が使用可能になり、苦労したはずの移動が簡単になることにプレイヤーは大きな爽快感を覚える。そして、ガラリと様相を変えたその地域に留まって周辺の配達業務をこなしたり、さらにスムーズに移動や配達業務を行えるように橋や道をつくりたくなるような気持ちが湧いてくる。

 とりわけ、国道とジップラインが建設可能になる段階で、ストーリーよりも道づくりを優先したいというプレイヤーの欲求は高まる。国道とジップラインがゲーム内世界の移動難易度を変化させる度合は大変著しく、配達業務に関わる拠点どうしをそれらでつないだときの爽快感は、『DEATH STRANDING』がプレイヤーにもたらす爽快感の中でも最高のものであるように思われる。実際に、『DEATH STRANDING』発売記念の対談相手を務めたゲーム実況者ユニット「2BRO.」に所属するおついちのように、国道建設が可能になった段階でそれにのめり込み、「国道男」を自称し(『DEATH STRANDING』スペシャル対談: Talk Stranding vol.2 “クリエイターとプレイヤー” 2BRO. – YouTube)、自身のゲーム実況チャンネルでは、国道建設作業をメインに据えてライブ動画を制作した例もある(#1【国道】おついちの「Death Stranding」【Live】 – YouTube)。

 『DEATH STRANDING』において、ときにストーリークリアよりも魅力的になりうる国道建設とジップライン建設。このうちで特に注目に値するのは、より多くの資源を必要とする国道建設だ。国道を建設するためには、3つの素材(金属・セラミック・カイラル結晶)が必要で、そのうち、金属とセラミックの必要量は膨大であるため、プレイヤーはその調達方法を模索することになる。低難度でプレイしている場合は、各拠点における配送業務をこなすことで必要な資源を確保することも可能だが、ミュールと呼ばれる集団から資源を略奪するのが効率的だ。

 ミュールとは、元は普通の荷物配達人であったが、次第に荷物に異常に執着するようになり、他人の荷物を略奪して拠点に貯め込むようになった集団のことである。プレイヤーは、ミュールから金属やセラミックを奪うとき、(個人差はあれ)さほど良心の呵責を感じることはない。というのも、ミュールが所持している物資は、他の誰かの所持品や、誰かに配達されるべき荷物を略奪したものであり、元々ミュールの持ち物ではないからである。つまり、ミュールの拠点に保管されている物資は、「略奪による蓄積」の結果である。

 ミュールの活動を「略奪による蓄積」と理解する場合、思い起こされるのはマルクス主義地理学者デイヴィッド・ハーヴェイによる「略奪による蓄積」の議論である。ハーヴェイによれば、新自由主義経済とは「略奪による蓄積」のプロセスであり(Harvey, Rebel Cities p56)、資本家たちは法に縛られているとはいえその中で最大限の個人的利益を追求し、付き合いのある人間以外には何の責任も負おうとしない(Spaces of Neoliberalization p82)。(これに対して齋藤幸平は、ハーヴェイが略奪行為を新自由主義に限定していることを批判したが(『人新世の「資本論」』p249)、この場合においてさえ、新自由主義経済における資本家の活動が「略奪による蓄積」であるという点に異論を唱えているわけではない)『DEATH STRANDING』のミュールに、新自由主義経済において「略奪による蓄積」に邁進する資本家の要素を見ることは可能である。

 もう一つ、ミュールを理解するうえで参考になるのは、ジョニー・カレン (Johnny Cullen) がミュールをAmazon労働者と比較した論考である(“Death Stranding.” Play Diaries)。これまでに、AmazonはEUから独占禁止法違反で提訴されたことを代表例として(EUがAmazonを独占禁止法違反で提訴 – GIGAZINE)、その独占的かつ排他的な運営方針についてウォール・ストリート・ジャーナルがレポートを公開し、世界各国で独占禁止法の調査対象になっている(独占禁止法違反の疑い?Amazonの市場支配する方法まとめたレポート公開 – ライブドアニュース(livedoor.com))。また、2021年7月には、Amazon創設者のジェフ・ベゾスが巨万の富を活用して宇宙旅行を敢行したが、彼の宇宙旅行に対しては批判が殺到し、ベゾスが地球に帰ってこないように要求する署名が19万筆以上集まった(地球帰還のベゾス氏、空気を読まない発言に怒りが集中「アマゾン顧客と従業員、君たちが代金を払った」|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp))。ベゾスが巨額を注ぎ込んで宇宙旅行を楽しむ一方で、Amazonの労働者たちは劣悪な環境で搾取されており、年間の離職率は150%に達している(地球帰還のベゾス氏、空気を読まない発言に怒りが集中「アマゾン顧客と従業員、君たちが代金を払った」|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp))。かつて国家プロジェクトであった宇宙旅行はいまや脱税と不平等の象徴であり、ロケットは搾取と格差を推力にして飛ぶ。ベゾスの宇宙旅行の批判者たちは、リソースが適正に分配されず、超富裕層の悪趣味な見世物に費やされていることを問題視している。

 このように、独占禁止法違反で提訴され、世の配送システムを牛耳って上層部が私腹を肥やすAmazonは、『DEATH STRANDING』におけるミュールと(また、後に議論するように、Amazon労働者=配達人としてのサムと)重なる部分が多い。新潮社から出された、野島一人による『DEATH STRANDING』小説版では、世界のリソースが必要なところに配分されないときに生まれるいびつな存在がミュールであるという記述があり、『DEATH STRANDING』は明確に、リソース分配の不均衡を問題視している。

昔もいまも、この世界が抱える難問は、リソースの分配、配送の不均衡だ / いいか、サム。燃料や食料のような、われわれの生存のために必要なリソースが、この世界から消えてしまったわけではない。それは充分とは言い切れないが、いまの人間の総量に見合うくらいは現存している。それらが、必要とされているところに配分されないことが問題なんだ。リソースの最適化。つまりそれは配送の問題なんだ(『デス・ストランディング (上)』p110)

 上司とも呼べる人物、ダイハードマンからこのようなセリフを受けたサムは、「だから、ミュールのようないびつな存在も生まれてしまう」と返答する。ここで重要なのは、ミュールはリソースが最適に配分されないことの結果として生まれた存在であって、その原因ではないということだ。ミュールが諸悪の根源となって世界のリソース事情を悪化させているというよりも、リソースが適切に分配されないことによる危機意識や不安が先にあり、ミュールはその被害者でもあるのだ。ここにおいて、『DEATH STRANDING』のサムに課せられた重要な使命の一つは、世界のリソースを適切に再分配する国営の配送システムを回復させ、配送の独占を目論む配達依存症に侵されたミュールのような者たちが生まれる根本の原因を解消することである。

 世界のリソースを適切に再分配する国営システムをつくり、配送システムを独占しようとする配達依存症を解消すること。そのためにプレイヤーが「ミュールから資源を奪って国道を建設する」行為の意味を考えてみよう。ミュールとは、国の福祉制度や再分配システムが機能していないことからくる危機感や不安から、「略奪による蓄積」を経て資源と配送システムの独占を目指す集団である。この意味で、ミュールは現実世界における新自由主義下の資本家たちやAmazonの上層部と重なる部分が多い。そのようなミュールからサムが資源を奪って国道建設に用立てることは、現実世界で言えば、超富裕層の資本家やAmazonから資源を略奪して、国営の再分配システムを通してリソースの適切な配分を目指す行為に似ているといえる。

 このような、ミュールからの略奪を通した国営再分配システムの構築において特筆すべきなのは、それがリソースを再分配して格差を是正せねばならないといった高尚な使命感ではなく、プレイヤーの快楽にもとづいて行われる点である。ここで『魔女の宅急便』における「やりがい搾取」に関する三浦玲一の議論に立ち戻ろう。そこでは、「やりがい」というプラスの情動が「搾取」というマイナスの行為と結びつくことに対して批評家や研究者は批判意識を抱くことが伺える。フィクション作品を無邪気に楽しんでいては、世界が悪い方向に傾いてしまうと指摘するのが批評家の役割であるかのようだ。



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