ミステリー作家とQuizKnock、2つの目線から考える「謎解きの面白さ」 似鳥鶏×河村拓哉対談

文化祭の体験ブースでクイズ研に興味を持つように

ーーQuizKnock編集部では、知的メディアを標榜してさまざまなコンテンツを世に発信されていますが、河村さんがクイズ研に入ったのは大学生の頃ですか?

河村:僕は大学からですね。高校の頃は何もやっておらず、大学に進学してクイズ研に入ったのもなんとなく興味があるレベルでした。それにしては当たりを引いたというか。そう感じていますね。

ーーそれは誰かからの誘いを受けて?

河村:高3のときにオープンキャンパスの流れで東大の文化祭に行ったんですが、クイズ研の体験ブースがあって、ふらっと参加したのがきっかけです。楽しかったのもそうですが、「自分でもいけそうだな」と感じたのが大きかったですね。なので、大学受かった後に新歓に参加して正式に入部したという形です。僕がいた頃の東大クイズ研は、好き勝手やっている人間が多くいた印象で。すごいクイズなんだけど、半分ギャグみたいなのを持ってくるとか、最近知った誰もわからないものを持ってきたり。本当に好きなことをやって、面白がっているような環境がありましたね。

ーーみんなで知恵比べして遊んでいるイメージですかね。

河村:そうですね。珍しいことがあったらやってみよう精神があったし、早押しボタン形式のクイズなのに特段こだわらなかったり、クイズの中に突然パズルが入っていたり。思いついたらやってみよう、解いてみよう。という雰囲気がクイズ研には存在していました。

似鳥:その空間を書きたいと思ってしまうくらい、めちゃめちゃ楽しそうですね(笑)。

河村:すごい覚えているエピソードがあって。普通の早押しクイズで正解したら1点もらえるんですが、間違えたら早押しを休んでもらう、もしくは出題者が持ってきた蚕のさなぎを食べてもらうというルールがあったんですよ。2問目間違えたら、蚕のさなぎを2個食べてくださいという謎のルールでしたが、全然ボタンを押せない人とノーダメージの人に二極化しまして。これは今でも覚えている思い出ですね。

ーー似鳥さんの場合は、クイズとはあまり関わりがなかったのでしょうか?

似鳥:競技クイズを知ったのは『ナナマル サンバツ』からですかね。ただ、父が昔にクイズ・パズル系の本を買ってきてくれて、それを僕の兄と一緒に問題を解きながら楽しんでいました。

ーー複数人で取り組んだり、一緒に頑張る人が身近にいるというのは、何かを突き詰めていく上では重要ですよね。

似鳥:入り口の段階で、同じようなものを好きな友達がもうひとりいてくれると、ハマってのめり込むことができる。そして、ある程度ハマると自分ひとりでも走っていけるんですよ。そうなるまでに、そういう友達がいるかどうかが分かれ道になるのかもしれません。講談社から

『金田一少年の事件簿』のコミックが出ていた頃は、兄と二人で推理していましたね。結構、謎を解いていたのを覚えています。

ーー実際のところ、ミステリー作家さんは謎解きが好きな方が多いんでしょうか?

似鳥:ただ、意外なことに本格的なミステリー作家でも他人のミステリーを読んでいるときに「本気で解こう」と思っている人は、そんなにいないんじゃないかと考えています。どちらかといえば、作家のアイデアを見て「このネタいいな」と思っている場合の方が多い気がします。

 でもやっぱり、その手のものが出されると、皆さんつい食いついちゃうと思います。例えば、ミステリー作家10人集め、パズル1個置いて、オーディエンスを呼べば絶対引かないですね(笑)。頭の勝負で負けるのが嫌で仕方なく、負けず嫌いな性格の方が多いので。

河村:それだけでYouTubeの企画になりそうですね。実際に見てみたいなと思いました。

ーーQuizKnockも同じように頭の勝負で負けるのが嫌な方が集っているような印象を受けますが、その辺りはいかがでしょうか?

河村:そう言われるとそうかもしれません。たぶん、本格ミステリーに比べて1個あたりのクイズを作るコストが少ないのもあって、思いついたものはそこら辺に書かれていたりしますね。

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ーー対談も終盤を迎えましたが、お二人の間でお聞きしたいことはありますか?

似鳥:クイズの問題を作る上で一番大事なことは何なのか、というのが気になっていて、河村さんにぜひお聞きできればと思います。

河村:実はその質問に関してはいろいろ聞かれる機会があって、自分の中でも考え続けていることなので、聞かれたときによって答えが変わってしまいますが、一番大事なのは「目的意識」だと思っています。クイズを出す時点で、どうしてそれを出したいかが明確になっていないと、出すものがずれてしまう。動画用のクイズを出す場合の最終的な目的は「面白い動画を作る」こと。目的が曖昧だと難問それ自体がすごいと思わせるのか、あるいは「この問題解けたらすごい」と解答者に思わせるかなどにわかれてきてしまうので、面白い動画を作るという目的を出発点に考えるように意識しています。

似鳥:河村さんの考えを聞いて、ミステリーにも通ずるところがあると思って嬉しくなりました。「なんのためのトリックか」というのがすごく大事で、特によく言われるのが叙述トリックで、ただ読者に「意外だ」と思わせるために用いても大概失敗するんです。叙述トリックを使って真相が見えたときに、そこに見える景色でどういうドラマを作り、何を訴えたいかがないと、ただ驚かせるためだけの叙述トリックはすごく嫌われるんです。これは叙述トリック以外のトリックも一緒で、「なんのためにトリックを仕掛け、それが解けたときに読者へどんな感情を与えたいか」を考えることがとても大切になってきます。なんのためのアイデアなのか。どういう風に話を持っていきたいかまで見据えることこそ、プロの仕事だと思っています。

河村:アイデアがあったとして、小説という枠組みでは文章に落としていくことが求められますが、文章化するときのこだわりって、何かあるんですか?

似鳥:基本的にはアイデアから話を膨らませるようにしています。私の場合は、アイデアが「従」で物語の方が「主」なので、もし書きたい物語とアイデアが合わない場合は、無理やりアイデアを入れ込まないように意識していますね。アイデアを膨らませていって、合わなくなったら物語から外し、また別のものを考えるようなプロセスを踏んでいます。

河村:ミステリー的な要素と文章の要素はわけて考えているんでしょうか。

似鳥:そうですね。それはミステリー作家にとって永遠のテーマなんですよ(笑)。ミステリーを書く上では非常に人工的に用意されたやりとりを作者が行わなければなりません。

 ミステリーをやるには現実の人間がしないようなやりとりが大量に必要になりますので、ミステリーとしての純度を突き詰めるほど文章的にはおかしくなっていく。いわばトレードオフの関係のなかで、いかに両立できるかが非常に悩みどころであり、難しいところなんです。結果として、物語と小説の文章を崩したくないから、こんなやりとりはさせたくないと思い、ネタの方を出さずに諦めることは結構ありますね。

 なので、コツとして一番必要なのは、ネタを捨てられる勇気です。物語や文章に合わないネタにはこだわらず、別のネタを探すことが求められますが、その反面すごく大変なことでもあるんですよ。アイデア・文章・物語が噛み合わないのは、どのミステリー作家も悩んでいることだと思います。

ーーお話を聞いていると、お2人のお仕事は、謎と物語性の比重の違いで抽象化できるものだと感じます。

似鳥:純粋に美味しいイチゴを作る人と、そのイチゴを使ってショートケーキを作る人のような感じかもしれませんね。ショートケーキの場合は、最悪イチゴが合わなければマンゴーを乗せてもいいわけですけど、もっと純粋にイチゴの美味しさを突き詰めていくと、余計なものは削ぎ落としていくことで、クイズになっていくと思うんですよ。ミステリー作家の場合でも、クイズのような作品を出している人もいれば、謎解き要素のない作品もあったりする。そのバランスのさじ加減がミステリー作家の悩むところだと感じています。

河村:ありがとうございます。ミステリー作家のことについて、いろいろと知れてよかったです。

似鳥:最後になりますが、QuizKnockさんの動画の中で「知識が広がっていくと、それから演繹して解ける問題が増えていく」という言葉を見かけました。実はこれって、名探偵ができる過程と一緒なんですよ。知識と知性は対極のように言われていますが、実は関連していて、いろんなところに知識があると、すぐ解決方法が見つかるんです。つまり、既知の情報から類推して正解に辿りつくルートが増えるので、閃きまでの距離も近くなるんですよ。

 名探偵というのはまさにそういう存在だと思っていて、謎にいっぱい触れてトリックのパターンを蓄積していくことで、そこからの類推で閃きが訪れやすくなっていく。名探偵はすごい閃きが一人だけできるのではなく、たくさん知識や知性を知っていて、閃きやすい条件が揃っているからこそ、最短ルートで解答にたどり着けるんだと思います。こうした過程と同じようなことを、QuizKnockさんの動画で言及されていたので、すごいなと思いました。たぶん、QuizKnockさんが小説の世界に入れば全員名探偵になれるなと。現実世界の名探偵を見た気がしましたね(笑)。

■書誌情報
『夏休みの空欄探し』
似鳥鶏 著
価格:1760円
出版社:ポプラ社

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