声優・森川智之、音だけの世界『The Sandman』で思い出した声優の原点を語る

森川智之が語る声優の原点

視覚情報のない作品で、きちんと表現できてこそ一人前

ーーこれまで数々の作品で幅広いキャラクターを演じてきた森川さんですが、声だけでキャラクターや世界観を作り上げた今作と、アニメや映画でキャラクターに声を当てることへの違いはありましたか?

森川:声優の仕事には、アニメや洋画の吹き替えやナレーションなど様々なものがありますが、元々はラジオドラマから始まったんですよね。まだテレビがなかった時代、ラジオ放送がスタートして、そこからラジオドラマがブームとなり、真っ白なところから物語を作ることが、現在声優と呼ばれる職業の人たちの原点だったりもするんです。だからこそ、何もないところに物語とキャラクターを作ることは1番大切なことだと考えています。そういう意味では、今回のお仕事は声優の起源に近く、1番我々が大切にしているものを最新の技術でやっているのかなと感じました。

ーー新しいことをやっているように見えて、実は原点回帰したと。

森川:そうですね。昔はモノラルで音だけが電波に乗ってくるものでしたが、今はテクノロジーも発達し、それに載せた表現や演出ができるようにもなったと思います。だから、こういう作品を上手く演じられる声優になっていかないとまずいんだろうなと考えさせられましたね。アニメやゲームなどにはない音だけの世界は、心許ないように思う声優もいるかもしれませんが、書いてあるセリフだけでキャラクターを作るのが1番大切なとこだなと。若手のころ、先輩に言われたことを思い出しました。

ーーどのようなことを言われたのでしょう?

森川:「アニメやゲームなどの絵に助けられて、やってる気になってはダメだよ。声だけで聴いている人を納得させるぐらいの演技力をつけないと、本物じゃないよ」と言われたんです。今回の作品を通して「視覚情報のない作品をきちんとできるようにならないと一人前にはなれない」と先輩がよく言っていたのは、こういうことかと実感しました。

音声コンテンツの楽しさは“余白”にあり

ーー実際に完成した『The Sandman』を聞いた感想を教えてください。

森川:『The Sandman』を楽しむ時、僕自身は部屋を真っ暗にして、ちょっと瞑想しながら夜に聴くことが多いのですが、10人いれば10通りの楽しみ方があるのだろうなと思いました。実際、それは収録の時も大切にしていて、あえて100%ではなく80%のモルフェウスを演じているんです。そうすることで残りの20%は聴いてくださるみなさんに作り上げてもらえたらいいなと思っているので。だから、どんな色がする、どんな匂いがする、どんな世界だったかということを想像したり、友だち同士で「あのセリフどう思った?」と話したりしながら楽しんでもらえたら嬉しいですね。オーディブルの作品は頭を使う贅沢なコンテンツが多いから、自分の中で世界を作り上げながら、じっくりと味わって楽しんでほしいです。

ーー今作に限らず、森川さんがお気に入りの音声コンテンツがあれば教えてください。

森川:子どものころ、海外ドラマの音だけを録音して聴いていたことがありました。少し変わった趣味ですが、音だけでドラマを捉えると、その時シーンなどが鮮明に思い出せる気がして、想像して楽しむのが好きだったんですよね。それから僕は車が好きなので、自分の車の音を聴くのがすごく好きです。

ーー人の声ではなく、音なのは意外でした。

森川:人の声はね、もう36年この仕事をしていることもあって、もう十分です(笑)。そうでなくても、これからもずっと付き合っていきますからね。でも、もちろん好きではありますよ。最近だと『The Sandman』でナレーターを担当している今井翼さんの声が大好きで、ずっと聴いていられるなと思いました。低音で艶もあって、いわゆる枯れ感もあって、深みがある、それなのに遠くに感じない距離の近さ。何だかワインみたいだなと。ぜひ僕の事務所に入ってほしいな、と思いました(笑)。

ーー最後に、今後オーディオドラマで演じてみたい役や作品があれば教えてください。

森川:今回は壮大な大河ドラマのようなダークファンタジーをやらせてもらったので、次はもう少し身近なシチュエーションのドラマをやってみたいなと思います。恋愛モノだったり、サラリーマンものだったり……。もう少し世の中が落ち着いて複数人で収録できる状況になったら、セリフを掛け合えるような作品を演じてみたいですね。

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