VTuberをめぐる法律トラブルの難しさとは VTuber法務の専門チームを立ち上げた弁護士に聞く

弁護士に聞く「VTuberの法律トラブル」

 2022年3月、弁護士法人モノリス法律事務所は、VTuber法務の専門チームを発足した。同事務所はもともと、YouTuberのみならず、いくつかのVTuber運営もクライアントに名を連ねており、また2020年にはマスコットVTuberが出演する日本初の法律相談YouTubeチャンネルを開設するなど、VTuberとの距離が近い法律事務所の一つだ。

 そんなモノリス法律事務所が今回、専門チームを発足した経緯とはどのようなものなのか。そして、VTuberをめぐる法律トラブルとは、どのようなものがあるのか。代表弁護士の河瀬季氏に話をうかがった。(浅田カズラ)

「VTuber業界には構造的に歪みがある」――急成長分野だからこそ生まれるトラブルとは

モノリス法律事務所・代表弁護士の河瀬季氏
モノリス法律事務所・代表弁護士の河瀬季氏

――今回、VTuber事務所や個人VTuber向けの専門チームを発足した経緯についてお聞かせください。

河瀬:私たちは2017年ごろから、VTuber関係の案件を担当していました。2016年の年末ごろに、「VTuberという仕事をやろうと思うのだけど、いろいろ契約まわりを設計してほしい」という相談を受けたのがきっかけだったかと思います。当時は「バーチャルYouTuber」と呼ばれていましたね。

 もともと、ITベンチャーの顧問弁護士のような仕事を中心に担当していたので、ある程度先端技術については知っていたものの、それでも当時は「モーションキャプチャー付きでリアルタイムで動く初音ミク」と言われてやっとイメージがつくところからのスタートです。

 それからいろいろと長くやっていく中で、特に最近VTuber関係の相談が増えてきたので、これを機に専門チームを発足しようと思い至りました。表に出ていないものもありますが、トラブルは少し増えてきたなという印象はあります。

――VTuberをめぐる法律的なトラブルというのは、どのようなものが多いのでしょうか?

河瀬:YouTuberやVTuberには大きくプレイヤーが3種類存在すると思います。ひとつは、いわゆる事務所と呼ばれるところ。自分自身は配信などを行わないが、配信者を束ねて、プロデュースする立場です。そしてもう一つは、個人で運営しているパターンの人。そして最後に、事務所に属しているタレントです。我々が担当しているのは、基本的には個人運営の方と、事務所に相当するところになります。

 もともと、VTuber業界には構造的にもともと歪みがあります。2016年から2017年のVTuberは、言い方は悪いのですが学生サークル、学生ベンチャーのようなところから出発しているところが多いです。そこが新しくVTuberを始めるにあたって声優事務所に打診を行い、声優事務所からは仕事がアサインされていない新人さんがアテンドされる。アテンドされる声優も実績ができるので仕事を請ける。そうした体制で出発したところが多い。

 そして、VTuber業界は他の文化と比べると圧倒的なスピードで成長して、たった数年で億単位の話が出てくる業界になりました。そうすると、例えば最初は月額5万円や10万円で請けていた声優も、やがて月額30万円でも満足できなくなる。しかしベンチャーとしては、一切収益化されていない段階から投資し、リソースを当て込んでいき、ちゃんとブームに乗れたところでビジネスになるのですが……そこでどうしても構造的な「歪み」が顕在化していきます。

 個人同士で運営しているとか、すべて一人でやっているなら問題は起こりにくいのですが、演者とプロデュースの2人体制でも、最初は演じるほうがポジションとしては低いものの、段々と「声」を担当している人にファンがつくので、徐々に主役はそちらへスライドしがちです。すると、「なんであいつが半分も持っていくんだ」という不満が生まれて、トラブルになりがちですね。

――事案そのものは、もう少し大きなものが既存の芸能界でも起こっていますね。

河瀬:ただ、VTuber固有の事情として、「VTuberの運営会社」と「VTuberの声優」という構造があります。既存の芸能、特にYouTubeの場合は、どんどんYouTuberが強くなって事務所が弱くなっていきます。しかしVTuberの場合は運営会社のほうが強いです。なぜなら、チャンネルを所持しているのは会社の方なので。アバターも同様ですね。

 VTuberの演者は「中の人」と呼ばれますが、ある意味では声優です。そして声優は「声」というパーツだけを担当している存在です。しかし同時に、「その声を提供する存在」であることが重要なので、そう簡単に替えが効かない。このあたりが非常にややこしい問題になります。

――感情的に見れば、声だけでなく動きやパーソナリティも提供しているように見えるのですが、効率的な分担という観点で見れば「声だけの担当」ということになってしまいますね。それはたしかに生身のYouTuberとは異なるところですが、具体的にどのようなトラブルが起こるのでしょうか?

河瀬:単純に、中の人とどういう契約を続けていくのか、というところが意外に揉めますね。

――それは契約を結び直すということでしょうか?

河瀬:早い話、「月額いくらに変更しましょう」というレベルです。あとは細かい契約関係などもありますし、極端な例ではYouTubeチャンネルを誰かに売却するというような場面ですね。YouTubeチャンネルを売却すると、VTuberの場合は何千万、あるいは数億の価格がつくものなので、その収益をどう分配するのか、という話になります。あとは、そこまでいかずとも、ある程度育ってきたタイミングで初めてグッズ化をする時に、同じような問題が生じますね。

――配信者だけでなく、もっとIPとして売っていくようなタイミングですね。

河瀬:VTuberをIP、財産として考え始めると、「誰が持っているんだっけ?」というのを考えざるを得ないんですよね。普段は仲良く運営している場合でも、IPやら財産やらと考えた瞬間、弁護士がいなくともVTuberを法律的に分析しなきゃ、という頭になります。そして、そうなったタイミングで「あれ? 声優ってなにも権利を持っていないんじゃ?」となることが多いようでして。

――改めてハッとする瞬間が訪れると。

河瀬:例えばVTuberのグッズとしてクリアファイルを作る場合、そのグッズは冷静に考えればキャラクターの絵だけ使っているので、声優は無関係なんですよね。声優の声を使う目覚まし時計、とかなら話は別ですが。そうなると、どれだけ売れても声優さんには「ボーナスで5000円」と言って渡しても十分なんじゃないか、という話になるわけです。

――そのようなケースになった場合、大体は「声が使用されていないので事務所の利益になる」というケースになることが多いのでしょうか?

河瀬:ベースの考え方はそうなりますね。声が入ってない以上、やっぱりキャラクターに関する様々な権利――キャラクターやイラストに関する権利は、やはりVTuberの運営主体である会社が持っているものなので。売れたからには多少なりともボーナスを出すという発想が、企業によってはあるようです。

――法律的な知見でもそう判断できるので、あとは会社の判断に任せますというような着地になると。

河瀬:ということになりますね。でもまあ、これも売り上げが100万円だったらそんなに問題ないと思うんですけど、金額が大きくなってくるので緊張感が強いですね。

――あとは会社の規模が大きければ大きいほど、収益構造的に会社に大きいお金が入ってこないと、会社を回していくこともできない……という事情も考えられそうですね。

河瀬:ここは考え方次第ですね。原則、私はこのようなケースではそんなに声優側に立たないんですよ。たしかにその瞬間には声優側がかわいそうに見えますが、それはたまたまVTuberがブームになり、当該VTuberもたまたま当たったからそう見えるだけで、そうではなかった未来もいくらでもあり得るんですよね。当たらなかった場合、声優にとってはいい勉強になり、VTuberを終えた後にゲームのオーディションなどに進むわけです。しかし、会社の側は事業としてリスクを負っている。なので、リスクを負った分だけ、うまくいった際にリターンを得るのは、そういうものだと思うんですよね。

――ビジネスの基本原則といいますか。

河瀬:そうですね。まあ、そうは言っても、それこそチャンネルを売ることになって2億円動いたのに、声優に一切ボーナスがないと流石にちょっと可哀そうなので、そこはちょっとうまくやりましょうというベースラインではあります。今後も気持ちよく働いてもらうために。結局、種を植えた側が実を持って行くという話なんです。そして本当に1人でやっている方は、自分自身がそのリスクを背負い続けていくので、同じ問題は当然発生しません。

――脱線するかもしれませんが、「IPとしてのVTuber」の権利を、当該のVTuberの演者が買収するというケースがあります。しかし、業界全体で4年くらい経っても、まだ事例としては少ないという印象なのですが、「IPの権利買収」は難しい話なのでしょうか?

河瀬:「チャンネルにどのくらいの価値があるのか」という話に帰結しますね。やはりYouTubeチャンネルはけっこう値段がつくんですよ。なぜなら実際にお金が回っているから、以後も続くとなれば立派に収益源になる。あまり儲かっていないベンチャー企業であっても普通に数億円は値がつきますが、規模こそ違えどそのくらいの感覚なんですよ。

 事例が少ないのは、単純に金額的な問題が大きいと思います。個人が小遣いで買えるような金額ではないんです。だから、やるならばクラウドファンディングで資金調達をするというのが手になると思いますね。リターンとしてイベントの優先チケットをあげるとか、その方が文化的にしっくりきますね。

――無断でやるとトラブルになりそうですが、双方同意の上でならあり得そうな話ですね。

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