『うっせぇわ』のヒットと『M-1』優勝で「社会人になった」 野田クリスタル × syudouが明かす、“ブレイク後の壁”

野田クリスタル × syudou「爆笑」対談(後編)

 日本の音楽シーンを牽引するプロデューサー/アーティストを多数輩出するボーカロイド文化の今を伝える祭典として、2020年の12月に第1回が開催された『The VOCALOID Collection』。その第4回『The VOCALOID Collection ~2022 Spring~』が、4月22日より開催されることを記念して実施されたマヂカルラブリーの野田クリスタルとsyudouの対談。

 前編となる【野田クリスタル × syudouが語り合う 「爆笑」とお笑い&音楽をめぐる二人の創作論】では、syudouがマヂカルラブリーをモチーフに作った「爆笑」に関する制作秘話を明かし、音楽とお笑いの共通点で盛り上がったが、後編では『M-1』優勝と「うっせぇわ」のヒットでブレイクした二人がぶつかった“ブレイク後の壁”と今後の目標などについて、存分に語ってもらった。(編集部)

『M-1』優勝とヒット曲でようやく“社会人”になった

野田クリスタル(左)とsyudou(右)
野田クリスタル(左)とsyudou(右)

――ちなみに、最近野田さんがこの人いいなと思った曲はなんでしょう?

野田:全然最近じゃないんですけど、「何でも言うことを聞いてくれるアカネチャン」(GYARI(ココアシガレットP))はずっとループして聴き続けているときがありますね。

何でも言うことを聞いてくれるアカネチャン

――syudouさんはどうでしょう? 現在のボカロPの隆盛を築き上げたトップランナーの一人として、ご自身の後に続くクリエイターをどうみているのか気になります。

syudou:「自分の後」なんておこがましいです……。元々ジャンルというよりは遊び場だと思うので、楽しくやるのが正義ですよ。僕自身、最初は音楽で食おうと考えていなくて、学生や社会人をやりながら、作っていたら恵まれてこうなった、というだけなので。ボーカロイドのシーンは、そういう楽しんで作っているクリエイターとガチガチのプロが同じフィールドに立つ、面白くて自由な場所なので、そこを守っていって欲しいな、とは思いますね。

野田:トップランナーのsyudouさんがこんなに礼儀正しいというのは、業界にとってすごく良いことだと思いますよ。「ここまでいかないとその態度はできないからな」と釘を刺せるというか。トップに立っている人がフラフラしていると、やっぱり図に乗ることが当たり前だったり、それが原因でトラブルになったりして、てっぺんが打ち止めになってしまうので。今日お話ししてみて、改めてこのシーンの未来は明るいのでは、と思いました。

syudou:自分自身はまったくトップだと思っていなくて、DECO*27さんやピノキオピーさんのように長く続けていて尊敬できる先輩方がいたり、Kanariaくんのように新しい10代のクリエイターも出てきていて、すごく健全なシーンに自分はいさせてもらっているなと感じることはあります。でも、目立つところだけが全てではなくて、ちゃんといい曲を作っている無名の人を評価するシステムがあると、さらに長く続いていく文化になると思っていて。『ボカコレ』はある意味、そういうボカロ界における『M-1』みたいなイベントになってくれるといいなと。

 『M-1』でいえばサンドウィッチマンさんやミルクボーイさんのように、お笑いファンと芸人さんは知ってるけど、世間的にバレてない人たちが有名な人たちの寝首を掻っ切って一夜で人生を変えるのって、やっぱりドラマティックで楽しいですから。

――実際に『ボカコレ』の総合ランキングやルーキーランキングを経由して、ブレイクするボカロPも続々と出てくるようになりました。

syudou:めちゃめちゃ盛り上がってますよね。しかもニコニコ動画の中だけじゃなくて、Twitterとかも含めて盛り上がっているのが本当に良い傾向だなと思います。

――野田さん自身もずっとランキングを観てた立場として、こういう『ボカコレ』の取り組みをどう感じますか?

野田:これは挑戦するボカロP側に立った話になるんですが、勝てなかったからといって道に迷わないでほしいです。『M-1』もそうなんですけど「出るのであれば勝ちに行く」「でも、負けたからといって迷子にならない」という二つは絶対に守ってほしい。芸人の中には、『M-1』に出てるのになぜか勝つ気がない奴らもいるんですね。それをなにかしらの理由で正当化している人たちが多くて。ただエントリー費を払ってるだけみたいになっている。そうじゃなくて、勝ちに行くからこそ、負けた時もまた面白いのになと。

syudou:たしかに、ランキングを目指すなら「全員ぶっちぎってやる!」くらいの熱量は必要かもしれませんね。

――普段は楽しんで作ってるけど『ボカコレ』には照準を合わせてすごいのを持っていこう、というのが大事なのかもしれませんね。普段の劇場や営業と賞レースの違い、みたいな。

野田:間違いなくどっちも大切ですからね。

syudou:僕は引き続きボーカロイドでの制作も行なっているので、そう遠くない時期に『ボカコレ』にも参加する予定です。いまはオンラインライブの準備でバタバタしているので、春には間に合わないかもしれませんが……。

ーーそれは楽しみです! あとはせっかくの機会なので、お互いに聞いてみたいことなどあれば。

syudou:マヂラブさんは『M-1』を獲って、昨年は『ANN0』も始まって『GQ MEN OF THE YEAR 2021』も受賞して、分かりやすく成功を掴んだと思うんです。そこまでいくと、自分は売れてないみたいに謙遜することはできなくなるじゃないですか。僕も「うっせぇわ」がヒットしてステージが変わったことで、「僕なんか」と言うことが、後に続く人たちにとってよくないことなのかもしれないと思い始めていて。そのあたりをどういうスタンスで臨まれているのかが気になります。

野田:うーん……。それでも、嫌なことは起こるじゃないですか。ステージが変わって、生活が変わっても、嫌なこともいいこともあるし「結局なにも変わってないな」とたまに思うんです。『M-1』も『R-1』も優勝したし、テレビにも出れてるのに、自分のなかの不安は消えなかったんです。「来年には仕事が全部なくなってるかもしれない」なんて考えちゃうんですよね。

 そうなってくると、もう自分はそういう人間なんだと思うしかない。ロンブー(ロンドンブーツ1号2号)の田村淳さんも「まだ不安」と言ってたことがあって、「もういいだろ!」って思ったんですけど。意外といろんな先輩方に話を聞くと、同じことを言う人が多いんですよ。テレビに出ているから不安になっているのか、不安になるような人が売れているのか、どっちなのかわからないんですけど。

syudou:「いまに見てろ」というハングリー精神を武器にしてきた人間として、一つ武器が奪われた感覚でもあったんです。でも、野田さんのお話を聞いて、決してなくなりはしないんだと思いました。

野田:syudouさんの言っていることはすごくわかります。僕も全く同じことを疑問に思ってたし。でも、誰も教えてくれないし、売れてる人たちはうやむやなことを言ったりするわけで(笑)。

syudou:もちろん先輩方はたくさんいるんですけど、それぞれ違う立場やキャラクターですからね。自分のことは自分で決めるしかないんですかね……。

野田:あと、『M-1』を獲ったことで新しく生まれたハングリー精神みたいなものもありましたよ。「M-1チャンピオン」自体を認めない勢から「どうせバラエティとかテレビとかに馴染めないだろ」みたいなことを言われて、「じゃあやってやるよ」とテレビの立ち振る舞いを考えて、結果それで1年乗り切ったので。こうして思い返したら、結局負の感情でやってるし、優勝前と後でやり方は特に変わってないな(笑)。

syudou:優勝する前から、ひな壇での立ち振る舞いを考えていたわけではないんですかね。

野田:売れる前からMC力を磨いてる人間を見て「ちゃんちゃらおかしいな」と思っている時期はありました。「そこに行くまでのことをなにもしてないじゃん」って。僕にとってはテレビに出ることはいわばウイニングランみたいな状態だから、そこを重視している人のことがあまり理解できなくて優勝したらテレビに出れなくても舞台で稼げるんだから、そういう立ち振る舞いを勉強している暇があったら優勝するための努力をしたほうがいいと思ってました。でも、優勝した直後に「振る舞いが下手」とか言われるもんだから、ウイニングランのつもりだったのに延長戦が始まっちゃった。

syudou:オードリーの若林(正恭)さんも「2008年の『M-1』決勝でようやく社会人になった」と言っていましたが、自分も似た感覚で「うっせぇわ」以降に社会人になった、という感覚なんですよね。それまでの創作はすべて楽しくやっていたことの延長線上であり、どこか青春のようだったというか。

野田:「青春」ね。めちゃくちゃわかります。

syudou:ただ、「爆笑」という曲を出すくらいのタイミングから、自分で歌うことも含めて、ここから先は自分のやってることに値段がついていくし、自分が価値を決めるのではないステージに上がってきたし、それが社会なんだなと。

野田:僕からも質問したいんですが、ここまでの話を聞いて、あらためてsyudouさんという人自体がなにを目指してどうなっていくのか気になりました。

syudou:曖昧な言い方になってしまうんですけど、どんどん“個人的”になっていきたいです。もっと“自分になりたい”し、そのうえで結果を出していきたい。

 包み隠さず話すと、同期にYOASOBIをやってるAyaseがいて。彼とは仲がいいんですが、Ayaseの方がボーカロイドを始めたのは遅くて。でも、あっという間に成功していったし、自分は会社をやめて音楽一本にして、まだ背中も見えないくらい距離を空けられているんです。なんなら大好きな『オールナイトニッポン』ファミリーにもなっていて、クリエイターとして嫉妬してしまっているんです。そんな嫉妬がある種「うっせぇわ」に繋がって、ヒットしたことで先の景色は色々見えたんですけど、『オールナイトニッポン』も武道館ライブも、アーティストとして〇〇をしたいという格好いい目標じゃなくて、「友達が成し遂げたことだから俺も成し遂げたい」みたいな感情なんですよね。そういう意味で、目標もどんどん個人的になっているので、その熱量を面白がってくれる人たちと一緒になにかを作っていって、なにかを演じるのではなく、より自分らしくいることで上のステージに行きたいんです。

野田:syudouさんの『オールナイトニッポン』が始まってほしいな。

syudou:単発で『ANNX』を一度やらせていただいたんですが、レギュラーを狙いたいです。本当は『YOASOBIのオールナイトニッポンX(クロス)』の後枠を奪いたかったんですけど……(笑)。そういう意味では、たしかにハングリー精神は消えてないですね。

野田:「syudouさんってどういう人なんだろう」と思っている人はすごく多いだろうし、ラジオ好きだからこそ話せることもあるような気がするんですよね。

syudou:いまは自分の部屋で一人ラジオをやっている状態なので、作家さんやディレクターさんと一緒に週一で番組ができたら本当に嬉しいですね。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる